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五十五、
しおりを挟む重ね合わせた唇は、
ふれた瞬間びくりと震え。
斎藤の内に残る戸惑いを、そのまま現したようなその様を前に、
沖田は、だが止めなかった。
「・・っ」
二度、三度。重ねゆくにつれ、合わす密度と強さを増してゆく沖田に、
斎藤が幾度かののち漸く、我に返ったかの勢いで体ごと後ずさった。
――否、
「いまさら避けても」
遅い
沖田が追わせた手は、
容易に斎藤の頬を捕らえ。
「沖・・」
その頬が。沖田の手の内で先の時のように震えても。
この己の芯に点った熱をどうしろと。沖田はそんな、唯ひとつの答えを明白に求める問いを、斎藤にぶつける。
言葉ではなく口づけの行為で、
斎藤が本気で拒むまでは最早。己から止める気は更々無いと。
「・・お・・き、・・ンッ・・・」
気づけば沖田は斎藤の頭を残る片腕に囲い、覆い被さっていた。その頬を手の内から逃さず。斎藤がやがて唇の離れた刹那に、
「も、う離・・っ」
そう小さく叫んで。
やっと。沖田は顔を上げた。
闇内に斎藤の瞳を見下ろし、そこにある意思を覗きこむ。
戸惑いと何かを湛えた眼差しが見上げてきたが、そこにやはり拒絶の意思は見えず。
だがそれなのに、
「だめ・・だ」
明らかな言葉だけが、続いた。
「だめ、だ」
繰り返し。
「だめだ」
憑りつかれたように、それだけを繰り返す斎藤を、
「わかったよ」
沖田は最後には、腕内にあやすように抱き締めるよりほか無かった。
『俺と総司の間に入ってくるな』
土方の、あの呪縛の言葉が。
不意に斎藤の鼓膜に蘇った時、
斎藤は咄嗟に叫んでいた。すぐに応えて顔を離した沖田を、斎藤は心に反する台詞で拒んだ。
だめだと、
他に思い浮かぶ台詞など無く。只、それだけ繰り返した。
それも、気を抜けば涙が出てきそうで、斎藤は己にそんな隙を与えぬよう無心に。
「わかったよ」
やがて沖田が闇内で諦めたようにふっと息を吐いた。
次の刹那に斎藤は、硬く太い腕に強い抱擁を受け、今度は一切の声を出せなくなって。
頬に当たる沖田の胸板は熱く分厚く。その力強さに、ぬくもりに、緊張より斎藤を覆ったものは安心感にも似た想いだった。
事実、斎藤の心はまもなく落ち着いて、
斎藤は却って緩んでこみ上げてきた涙を、止める機会も逃した。
斎藤を纏う気配の変化に、沖田は腕の力を解き、体を離し。
見下ろした先、斎藤の瞳から静かに零れ落ちた涙に。沖田は息を呑んだ。
「・・・斎藤」
御免
そう謝るのは違うだろう。沖田は咄嗟にかける言葉が見つからず、斎藤を両腕の下に留めたまま固まった。
第一なぜ泣いている。
あのとき覗き込んだ斎藤の瞳の内に、拒絶が無いと己は勝手に勘違いしただけだったのか。
本当は嫌だったのか。だが、斎藤はかよわい女ではない。嫌だと思えば、それ以前に初めからいくらでも抵抗してきたはずだ。
そうは言っても、先のひたすらな『だめだ』の台詞を解せないことも確かだった。確かに拒絶でなければ、何なのかと。
「どうして泣いてるんだ」
腹を括って聞いてしまうことにした沖田の、だが口にしてから少々直接的過ぎたかと僅かな反省を追わせたその問いは。斎藤の涙に濡れた瞳を瞠目させた。
「・・なんでもない」
ふいと顔を背けた斎藤の返事に、当然、沖田はますます困ったが深追いするのも憚られ。
沖田は完全に諦め、斎藤の上から身を起こし、枕元に胡坐をかいて座り直した。
「今夜おまえにした事を謝るつもりはない」
それだけは言っておくべきだと。
斎藤が向こうへ顔を背けたまま、微かに頷いたように見えた。
沖田は一寸のち立ち上がった。
「おやすみ」
明日の朝になれば、忘れていよう
互いがそう願っているかどうかは、
互いに確かめ合うすべも無いままで。
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