二人静

幻夜

文字の大きさ
上 下
54 / 61

五十一、

しおりを挟む





 二人、返り血ひとつ浴びてなくとも。
 どちらともなく、部屋へ戻るなり着替えを手に、風呂へと向かった。
 
 今時分、風呂場には二人だけな、貸し切り状態の中。
 斎藤は掛湯桶から汲んだ湯で体を流すたびに、ほっと安堵に息をつく。
 
 隣では沖田が、珍しく無口のまま体を洗っている。
 いや、体を洗っている時ぐらい黙っていてもおかしくもないのだが、何故か斎藤はそれだけではない沖田のしじまに、やがて内心、首を傾げた。
 
 このところやはり時々、沖田が変だと。斎藤は思うも、ただでさえ何を考えているか分からぬこの男が、変になっている理由など、余計に判るはずも無く。
 
 
 やがて掛湯を終えた沖田が尚も無言のまま、新しい湯を張った風呂桶へ向かうのを、斎藤はおもわず横に見上げて遂に小さく溜息をついた。
 
 困惑を胸内に押し込め、斎藤もまもなく風呂桶へと向かえば、やってくる斎藤を一瞥するなり沖田が、ざっと立ち上がり。
 「もう出るのか」
 おもわず斎藤が問うてしまったのも当然だった。今しがた沖田は、入ったばかりなのだから。
 
 「ああ」
 素気なく沖田は答え、この男の常で前を隠しもせず、風呂桶を跨ぎ出てくる。
 斎藤のほうが目を逸らし、横を通り過ぎる沖田を感じながら、しかたなく風呂桶へと入れ違うが如く進んだ。
 
 
 
 避けられている。そんな感がしたのは、この時からだろう。
 
 それから斎藤が出るのを待たず、沖田がさっさと脱衣所で着替え、部屋へ帰ってしまった事自体、どこか不自然だった。
 
 
 いや、考えてみれば、今まで、共に風呂へ行った時の全てで、たまたま沖田と風呂を上がる時間も重なっていただけなのか、
 
 元々丁寧に時間をかけて風呂に入る斎藤よりか、風呂に要する時間が短いはずの沖田が、
 これまでは確かに斎藤に合わせてくれていたからこそ、一緒に部屋へ戻っていたのか。最早わからなくなってきた。



 部屋へ戻ると、沖田が例によって寝そべって黄表紙を開いていた。
 
 
 ここで普段なら、おかえりと声を掛けられていたはずだと。
 今も斎藤は押し入れへ向かいながら、やはり沖田の態度の何かが違うと、感じてしまうことを否めず。
 
 
 
 
 斎藤は、雨のすっかり止んだ縁側へと出た。
 部屋の中に居ては、やはり息が詰まりそうで。後ろ手に障子を閉め、縁側へ正座をする。
 夜の帳をぼんやり眺め。今一度こぼれた溜息に、これ以上はもう考えまいと斎藤は思考を止めた。
 
 
 
 
 
 
 
 斎藤が縁側へ出るのを沖田は横目に追いながら、やがて閉ざされた障子に、ほっと息をつき。そのまま黄表紙を投げ出した。
 
 
 風呂へ共に行き、隣で斎藤が服を脱ぎ出すにしたがい、
 これまで散々みてきたはずの、その光景に対し、
 
 今夜、己の内で確かに疼き騒ぎだす情を、やはり認識せざるをえなかった沖田は。
 
 困惑ののち。
 生まれた妙な納得感と。
 
 認識した直後にまるで素直に湧き出してきた、真っすぐの欲情に、
 驚いた。
 
 土方に対してはおろか、女に対してすら懐いたことの無い類いのその感情は、そして再び沖田を激しい困惑の内に突き落とした。
 
 
 (溜まってんのか俺は)
 一瞬、そっちも疑ったものの。今朝、土方を抱いたばかりだと想い出し。
 
 
 斎藤には悪いが、暫く接触を避けたほうが良さそうだと。それだけは出せた答えに従い。沖田は、初めて斎藤を待たずに先に風呂を出た。
 
 
 
 
 障子の向こうの斎藤の気配を感じながら、沖田は溜息をつく。

 きっとこの感情は一時的な気の迷いだろう。あの酒席で見た、斎藤の艶っぽさが、記憶に新しいからであり。
 
 (じきに忘れる)
 
 いや、忘れなくては困る。
 
 
 少なくとも今宵まだこの心境のまま、むかえるであろう多少なりの葛藤を。今から思えば、苦笑せざるをえないが。
 
 沖田は、それでも一方で、どうにかなるだろうと、どこか気楽に考えてもいた。
       
  



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

組長と俺の話

性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話 え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある? ( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい 1日1話かけたらいいな〜(他人事) 面白かったら、是非コメントをお願いします!

処理中です...