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五十一、
しおりを挟む二人、返り血ひとつ浴びてなくとも。
どちらともなく、部屋へ戻るなり着替えを手に、風呂へと向かった。
今時分、風呂場には二人だけな、貸し切り状態の中。
斎藤は掛湯桶から汲んだ湯で体を流すたびに、ほっと安堵に息をつく。
隣では沖田が、珍しく無口のまま体を洗っている。
いや、体を洗っている時ぐらい黙っていてもおかしくもないのだが、何故か斎藤はそれだけではない沖田のしじまに、やがて内心、首を傾げた。
このところやはり時々、沖田が変だと。斎藤は思うも、ただでさえ何を考えているか分からぬこの男が、変になっている理由など、余計に判るはずも無く。
やがて掛湯を終えた沖田が尚も無言のまま、新しい湯を張った風呂桶へ向かうのを、斎藤はおもわず横に見上げて遂に小さく溜息をついた。
困惑を胸内に押し込め、斎藤もまもなく風呂桶へと向かえば、やってくる斎藤を一瞥するなり沖田が、ざっと立ち上がり。
「もう出るのか」
おもわず斎藤が問うてしまったのも当然だった。今しがた沖田は、入ったばかりなのだから。
「ああ」
素気なく沖田は答え、この男の常で前を隠しもせず、風呂桶を跨ぎ出てくる。
斎藤のほうが目を逸らし、横を通り過ぎる沖田を感じながら、しかたなく風呂桶へと入れ違うが如く進んだ。
避けられている。そんな感がしたのは、この時からだろう。
それから斎藤が出るのを待たず、沖田がさっさと脱衣所で着替え、部屋へ帰ってしまった事自体、どこか不自然だった。
いや、考えてみれば、今まで、共に風呂へ行った時の全てで、たまたま沖田と風呂を上がる時間も重なっていただけなのか、
元々丁寧に時間をかけて風呂に入る斎藤よりか、風呂に要する時間が短いはずの沖田が、
これまでは確かに斎藤に合わせてくれていたからこそ、一緒に部屋へ戻っていたのか。最早わからなくなってきた。
部屋へ戻ると、沖田が例によって寝そべって黄表紙を開いていた。
ここで普段なら、おかえりと声を掛けられていたはずだと。
今も斎藤は押し入れへ向かいながら、やはり沖田の態度の何かが違うと、感じてしまうことを否めず。
斎藤は、雨のすっかり止んだ縁側へと出た。
部屋の中に居ては、やはり息が詰まりそうで。後ろ手に障子を閉め、縁側へ正座をする。
夜の帳をぼんやり眺め。今一度こぼれた溜息に、これ以上はもう考えまいと斎藤は思考を止めた。
斎藤が縁側へ出るのを沖田は横目に追いながら、やがて閉ざされた障子に、ほっと息をつき。そのまま黄表紙を投げ出した。
風呂へ共に行き、隣で斎藤が服を脱ぎ出すにしたがい、
これまで散々みてきたはずの、その光景に対し、
今夜、己の内で確かに疼き騒ぎだす情を、やはり認識せざるをえなかった沖田は。
困惑ののち。
生まれた妙な納得感と。
認識した直後にまるで素直に湧き出してきた、真っすぐの欲情に、
驚いた。
土方に対してはおろか、女に対してすら懐いたことの無い類いのその感情は、そして再び沖田を激しい困惑の内に突き落とした。
(溜まってんのか俺は)
一瞬、そっちも疑ったものの。今朝、土方を抱いたばかりだと想い出し。
斎藤には悪いが、暫く接触を避けたほうが良さそうだと。それだけは出せた答えに従い。沖田は、初めて斎藤を待たずに先に風呂を出た。
障子の向こうの斎藤の気配を感じながら、沖田は溜息をつく。
きっとこの感情は一時的な気の迷いだろう。あの酒席で見た、斎藤の艶っぽさが、記憶に新しいからであり。
(じきに忘れる)
いや、忘れなくては困る。
少なくとも今宵まだこの心境のまま、むかえるであろう多少なりの葛藤を。今から思えば、苦笑せざるをえないが。
沖田は、それでも一方で、どうにかなるだろうと、どこか気楽に考えてもいた。
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