二人静

幻夜

文字の大きさ
上 下
51 / 61

四十八、

しおりを挟む




 沖田の差し出す徳利へ、猪口を寄せた。
 
 いつのまにか雨が降りだしている。
 
 冷涼な風が差し込み。
 斎藤は、注がれた酒をそっと口に含ませながら、
 閑静に溶けこむ一定の雨音を耳に、目を瞑った。
 
 しとやかな水の音に、
 口内を潤す美酒の薫りが、ふわりと、一層際立つ。
 此の故に、梅雨は好きだ。
 
 
 
 ふと視線を感じ、斎藤は目を開けた。

 (・・え)
 己へまっすぐに向けられていた、沖田の穏やかな視線を目の当たりに。斎藤の動きは止まった。

 斎藤が瞠目したのを見止めたのか、

 「本当に旨そうに呑むよな、おまえは」
 
 そう微笑い沖田は、再び徳利を向けてくる。
 
 斎藤は。いましがた受けた視線を思い返さぬよう努めて、猪口を差し出した。
 
 
 (そういう眼は、好いた相手にだけ向けるものだろう・・)
 
 否。思い返さぬよう、努めようにも。

 なみなみと注がれ終えた酒から、つと沖田へ視線を寄越せば尚も、その眼が。斎藤を見返し。
 

 斎藤は最早、絡め捕られたように、
 逸らせなくなった。
 
 (沖田、あんた・・)
 
 
 息まで、獲られ。
 
 
 「・・ん?」
 
 斉藤が目を合わせたままであることを、何か話があるとでも思った様子で沖田のほうは促してきた、
 
 つまり、無自覚ということだと。斎藤は、今度こそ心奥から吃驚し。
 

 逸らした。
 
 
 「・・・」
 
 二人の間には、暫しの沈黙が落ちた。
 
 
 
 
 やがて間をもてずに、斎藤は再び猪口を口に寄せ、
 こくりと。喉を熱が流れて。
 
 もう、
 これ以上、この男に掻き乱されるのは御免だと。
 切に思っても、斎藤はどのようにこの場を切り抜けるべきかさえ、惑い。
 
 「・・・」
 
 諦め、視線を逸らしたままに酒を数度、口に含んでは。
 沖田の動きを待った。
 
 
 唯、何か。何でもいい。いつものように、戯言でもかまわないから、言ってほしい。
 
 沖田からの視線を痛いほど感じて。
 このまま沈黙を続けないでくれ。胸内に呟いた斎藤の願いは。
 
 
 「ちょいと厠」
 思いもせぬ形で、叶った。
 
 (は・・)
 

 急に立ち上がった沖田を、斎藤が唖然と見上げるなか。
 沖田がさっさと部屋を出て行った。  
  





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

組長と俺の話

性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話 え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある? ( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい 1日1話かけたらいいな〜(他人事) 面白かったら、是非コメントをお願いします!

処理中です...