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四十三、
しおりを挟む沖田が呼ばれて行った後、斎藤はひとり、部屋へと戻った。
胸奥の鈍痛はあいもかわらず。斎藤をちくちくと苛む。
いつか慣れる。
斎藤は、ぽつり胸内に呟いた。
沖田が帰ってきても、斎藤は心に小波一つ無いかのように己を欺き、手元の活字へ視線を奔らせ続けていた。
もっとも殆どその本の内容は頭に入っては来ず。
やがてついに諦めて、斎藤は本をしまって立ち上がった。
寝そべっていた沖田が顔を上げ、そんな斎藤を見やり。
「道場?」
聞いてくるのへ、斎藤は横に首を振った。
「厠だ」
「じゃあ俺も」
「・・・」
こういう時の沖田の動きが、斎藤は今も読めない。
「一緒に行く必要があるのか」
「何。嫌なの」
むしろ沖田が訝しげに返してくる。
「嫌ではない。・・・」
斎藤は小さく息をついて、半開きだった障子を大きく開けた。
これ以上のやりとりをしても詮無いことだ。
穏やかな晩春の柔風を頬に受け、斎藤はやや目を細めながら、澄み渡る空を仰ぐ。
隣の沖田から視線を感じたが、斎藤は遠く鳥がゆくのを眺め続けた。
・・・ただ隣に在るだけでいい。
隣にいれば胸が騒がしい、斎藤はそんな息苦しさから逃れたくなる一方で、
こうして、隣に在ることで静かに満たされている真逆の反面を認めないわけにはいかなかった。
(そうなのだ)
沖田が壮健なまま、こうして互いに隣に居られさえすれば。
きっと沖田の一番傍に居るのは己なのだから。これからは。
「おまえって、・・」
隣からなお続いた視線の後につと発された言葉に、斎藤はやっと沖田を見て返した。
「・・?」
だがその後に言葉が続いてこないのへ、斎藤は横に沖田を見上げたまま、沖田の後ろの日の光に片目を眇めて。
沖田が、どこか少し戸惑ったような顔になってから、斎藤の目線を避けるように前へ向き直った。
(なんだ?)
「離れに移ってから不便になったのは厠だよな」
続いたその脈絡のない台詞に、斎藤は一瞬面くらったが、
おまえって
その謎な呼びかけの続きを聞く勇気も出ず。
斎藤もまた前を向いて「ああ」と小さく返した。
音もない静かな風が、さらりと、二人を包み去っていった。
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