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三十七、
しおりを挟む用があると言い放ち廊下を奥へと進んできた以上、そのまま部屋へ戻っては不自然であり、
何より、沖田と顔を合わせる気分には到底ならず。
斎藤はどうしたものかと途方に暮れた。
苛立ちは、より増して。
このような事態に苛まれている己への嘲りを抱えて、斎藤は、玄関へと、足の向かう先を定め直した。
飲みに出るくらいしか、もはや選択肢は無い。
「出かけるのか」
だが一瞬のちに背後から追った声に、斎藤は吃驚して振り返った。
「沖田・・」
いつから己に追いついていたのか。
あいもかわらず気配を出さない存在が薄闇の中、ぼうっとその大きな影をこちらへ向け近づいてきて、
斎藤の胸内の苛立ちに拍車をかけた。
「あんた、いいかげんにしてくれ」
なにを
とは返さず、沖田は分かりきったように一瞥で受け流し。斎藤は目の前まで来たそんな沖田を睨み上げた。
「用があるなんて嘘だろ」
今の沖田の台詞に、諦めを含んで尚も睨む斎藤に、沖田が肩を竦める。
「もういいよ、わかった。おまえがそんなに、土方さんといま話したくないんなら無理強いはしないよ」
斎藤は応えなかった。
くるりと踵を返して、再び玄関をめざし。
「・・・」
後ろから当然のように沖田がついてくるのを
斎藤は今度も気配を感じぬまま、認知して。
「ついてくるな」
斎藤は振り返らぬまま吐き捨てた。
「いいだろ。どうせ飲みに行くんだろ」
つきあわせろ
と言わんばかりに沖田の声が続く。
斎藤は、立ち止まった。
土台、酒を浴びる気分ではなかった。行き場がないから選んだまで。沖田がどうせ傍らにいるなら、部屋にいても同じことだ。
斎藤は部屋へ戻ることにして、再びすぐ後ろまで迫っていた沖田に振り返った。
「どけ。戻る」
「ああ、そう」
予想でもしていたかのように、驚くふうもなく沖田が微笑って道を開けた。
二人、縦に並んだ状態で部屋まで戻ってきた後。斎藤はすっかり冷えた体を温めるべく、冬に使っていた掻巻を押し入れから取り出し着込んだ。
そろそろ梅雨がくるはずの晩春の夜のはずが、今夜はいやに気温が低い。
おもえば、このまま外に出ていたら、風邪でもひいていたのではないか。己がいかに常の冷静を欠いていたかを嫌でも思い知り、再び胸内に燻った憤りに一人息をついた。
そのまま斎藤は、部屋に入るなり例のごとく畳に寝そべっていた沖田を振り返った。
「あんたも着ろ」
すぐ側に畳んであった沖田の掻巻を手にした斎藤が、ぶっきらぼうに差し出す。
「いらない」
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「・・・」
確かに沖田の肉体は、この寒さなど気づかぬかのように、見るからに強靭な筋を覆わせて、平然としている。
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「・・ねんのためだ。風邪などひいたらどうする」
「大丈夫だって」
「いいから着ておけ」
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「これじゃほんとに姉さんだな」
「五月蠅い」
斎藤が掻巻を手渡しながら、フンと鼻を鳴らした。
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