二人静

幻夜

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二十四、

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 「伊東が?」

 昨夜の伊東の行動を。土方は斎藤から聞くなり、眉を顰め。
 「半時、厠で糞詰まりしてただけなんじゃねえのか」
 ・・眉を顰めたと思いきや、クッと哂って茶化したのへ、斎藤のほうは溜息をついた。
 「副長がべつにお気になさらないのでしたら、構いません。お耳に入れておいたほうがいいと判断してお伝えしたまで」
 「冗談だ、」
 土方は悪かった、と肩を竦めた。
 「これからも伊東の行動の全て、気がついた点は今のように伝えてくれ」
 斎藤は頷きながら、昨夜の伊東は一体どこへ行っていたのだろうかと沸き続ける疑問を胸中抱えた。
 そんな斎藤に、土方は。
 「悪く見れば、今回募った同士のうちの、何者かと密談していた・・てあたりかもしれねえ。そうでなきゃ・・・やはり糞詰まりって事にしておくか」
 と、言い置いて。斎藤から離れていった。
 「・・・・。」
 半時も糞詰まりしている伊東を想像して斎藤はおもわず押し黙りつつも。土方の反応のあっさりした様子には、少し拍子抜けした。
 伊東が何か企てようが、今日にはどうせ屯所へ帰るという想いが先立つのだろうか。もしくは屯所に戻ってから伊東が新隊士たちと何かを企てたところで、どうにでも扱えると思っているのかもしれない。
 (まあ、そうだろう)
 確かに土方同様に斎藤も、道中何事も起こらずに無事にここまで来たことに胸を撫で下ろしており。これからの事に多少楽観的になっているのは否めなかった。

 (長かった)
 斎藤は、草津を出てから何度目かになる溜息をつきながら、眼前に迫りだした京の山々に視線をやった。
 話を終え、元の距離を保って歩き始めた斜め前の土方も、胸に震える想いを同じようにおぼえていることだろう。

 もうすぐそこに。待ち望んだ京の地がある。

 胸躍らせる斎藤の背後からは四六時中わいわいと、新隊士たちの賑やかな会話が聞こえていた。
 「・・それはいいですね!ぜひ京についたら・・」
 やや離れた前方からは、藤堂たちの楽しげな会話が時折響いて。

 今回の旅の間じゅう、藤堂と伊東は道行を共にしている。
 ところかわって斎藤や土方は、数えるほどしか藤堂と話をしたおぼえがなく。それもごく必要最低限の会話で。

 (この仲違いが取り返しのつかないことにならなければいいが)

 『藤堂のことは・・いつか。伊東を葬ったその時に・・』
 土方の言葉が耳に蘇る。
 (本当に、どうするつもりなのだ)
 不安に思うたび、苦い悲しみが胸裏をかけて。終わるところを知らぬその痛みに耐えかねて、斎藤はそのつどいったん思考を止めなくてはならなかった。


 「これが京の地か・・!」
 四条大橋に立ち。
 初めて京に訪れた隊士たちが、わっと歓声をあげるなか。
 (ついに・・・戻ってきた・・・)
 斎藤も、また沸き出でる感動に包まれながら、残りの屯所への道を見据えた。
 (沖田)
 胸中に溢れる慕情が斎藤にその名を呼ばす。もう幾度も。
 逢いたいと願い続けた存在が、この道の向こうに居る。
 (あと少し)
 旅装の集団を驚いたように見やる京の人々の中を、斎藤はぬうように歩んでゆく。

 ふと、前方の土方の歩む足がとてつもなく速くなっていることに斎藤は気がついた。
 斎藤が目を凝らして見守るなか土方は、前を歩いていたはずの伊東たちの横へと、あっという間に並び。やがてついにはそのまま急かすように追い越してしまった。
 その意外な子供っぽい行動に斎藤は苦笑しつつも、己もまた、つられたのか足早になっているのを感じて。
 そうして西本願寺の大門が目の前に見え始めたのは、まもなくのことだった。  

 (沖田・・っ)
 一行帰京の知らせを受けてすでに門のところに居並ぶ隊士たちの、前に。
 焦がれたその姿を見とめた時、
 「そうじ・・!!」
 不意に斎藤の前を遮るように、土方の後ろ姿が。そのまま沖田の腕の中に飛び込むのではないかと思ったほどの勢いで駆けていった。
 「・・・」
 胸奥に走る慣れた痛みと、沖田の姿を見とめたそれだけの嬉しさがごっちゃになった感情に、斎藤は暫し、その場に立ち尽くした。
 「斎藤君!元気だったかね!」
 その横で、傍に居合わせた井上が嬉しそうに斎藤の肩を叩いて。
 「はい。井上先生はいかがお過ごしで」
 「わしか。わしゃあ、元気だったよ」
 年の割りに新選組ではほぼ長老扱いを受けている井上は、話し方まで板についてしまっている。
 斎藤は微笑み返しながら、

 つと。
 土方からどう離れたのか、沖田がこちらに向かってくるのを見とめて、息を呑んだ。

 かろうじて沖田から視線を外し土方を探してみれば、土方は近藤に捕まっているようだ。
 (沖田・・・)
 なんと声をかけたらいいのかと。
 斎藤は一瞬、戸惑った。
 (ただいま・・?)
 「沖・・」
 「おかえり。姉さんはどうしてた」

 (え)
 突然尋ねられたその言葉が一瞬にして斎藤の脳裏に、記憶を引き起こし。
 「・・姉は・・元気にしていた」

 斎藤は咄嗟に。返していた。

    




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