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二十三、
しおりを挟む土方はどこかぎすぎすした本陣に泊まるのは嫌だと、本陣が空いていれば好んでそちらを選ぶ伊東たちとは分かれて旅籠に泊まった。もっとも本当はそれは口実で、伊東と同部屋に居るのが嫌だから、というのが本音だった。
斎藤も、そのたびに土方に従って共に泊まった。
そうして二人きりで部屋に寝ていても、やはり斎藤は己の身に何ら疼くものをおぼえることがなかった。
気づいてしまったものは、あまりに斎藤を捕らえていて。
土方を隣に、かわりに想い起こすものは沖田の姿ばかり、
いつかに己自身を慰めた時に心奥で見つめたあの沖田の眼と、その時の熱で。身が浮かされることすらあった。
そんな夜を過ごしながら、やがて斎藤は草津までついに戻ってきたのだった。
「そういえば、こうして共部屋に居るのはお久しぶりですなあ」
皮肉ったように言う伊東に、土方が返事もせずに布団のなかへと潜り込む。
旅籠がどこもいっぱいで仕方なく本陣に泊まることにした斎藤たちは、そうして久々に伊東たちと連なる布団へ身を横たえた。
あと少し。
草津に近づいた頃から胸に襲来する期待が、斎藤を今も包んでいる。
海を見たあの夜から翳が深くなった土方の表情にも、漸く明るさが戻りだしていて。
隣でやがて寝息を立て始めた土方の、頬をあの夜から幾度も流れた涙が今日は零れないことに、斎藤は一抹の安堵すらおぼえた。
おぼえて。
(分からない・・)
斎藤は胸中、何度目かの言葉を呟いていた。
夜な夜な土方が心を痛めて泣くきっかけをつくったのは、あの日見た斎藤の矢立ではないか、と。どうしたって斎藤にはそうとしか思いつかないのだ。
矢立を見てしまったことで、それまで燻っていた土方の内の悋気がまるで火を灯した、それだけは確かだろう。
だがどうしても分からない。
斎藤からすれば羨ましいほど愛されている土方が、いったいなぜ斎藤の存在にそうも脅威を感じる必要があるのか。
(涙さえ流してあんな想い詰めた表情をして)
なぜ。
斎藤は首をまわして、今一度土方を見やった。
(何が、在るんだ・・?)
二人の間に、何が。
ぱさり、と。
不意に背後で、布団の捲られる音がした。
斎藤は土方のほうへ首を回したことを咄嗟に後悔した。
土方を壁側にして、斎藤、藤堂、伊東という順で並んでいる。斎藤は土方のほうへ向いたことで、伊東側の動きに目をやることができなくなっていた。
この音の距離では、伊東だろう。起き上がり、何かをしている様子だった。
斎藤は何かがあればすぐに、枕元の刀を掴めるよう慎重に構えながら、最大限の努力をもって背後の動きを掴もうとした。
だが斎藤の杞憂に終わり伊東はこちらへ来ることはなく。やがて布擦れの音とともに、足元の襖を開けて伊東は廊下へと出て行ってしまった。
襖の閉まると同時に、斎藤は半身を起こした。
「・・・」
どこへ?
一瞬そう訝しんだ己を斎藤は、だがすぐに自嘲した。
(単に厠へ行っただけだろうに・・)
少し経てば戻ってくることだろう。
斎藤はそう思い直すと、布団へと再び身を横たえた。
だが、伊東はそれから半時の間、戻ってくることはなかったのだ。
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