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二十一、
しおりを挟む「・・てわけなんですよ。驚きました」
「それはすごい。ですが藤堂君もさすがですな」
「そんな、とんでもないです。偶然の産物ですよ。それで、その後・・」
斎藤たちの数歩先を行く伊東の隣に。
日本橋を立ってこのかた、ずっと藤堂の姿があった。
楽しげに会話をする二人の背後には、土方と斎藤。そしてさらにその後ろには今回募った新隊士たちが列を成していた。
斎藤は斜め前の土方をちらりと見やった。
ずっと無言で歩み続ける背。彼が日野から戻ったのち今日に至るまで、
互いに、まるで何事もなかったかのように普通の会話をし、普通に寝泊りを続け、今日の出立を迎えた。
だが、斎藤の胸中に留まり続ける疑問も、
羨望も。薄く絡まるような嫉妬も対の同情もすべて。消えたわけではなく。
土方にしても、あの日斎藤に露わに見せた感情をその胸中から消し去ってはいないだろう。
「・・・」
重い心を引きずり。斎藤は空を仰いだ。
今はただ、一刻も早く帰京し沖田に会いたかった。
「どちらへ・・?」
最初の宿場について早々に各々の部屋に引き上げた土方たち一行は、当然、明日の朝まで自由であり。風呂に入るなり布団に入るなり、宿場を散策するなり・・・。
だが。
「そのへんを歩いてくるだけだ。心配するな」
「ついていきます」
土方に関しては、別だ。
「いい。大丈夫だ」
伊東と藤堂は今も宴会場にいる。この四人部屋に、畳まれたままの伊東たちの布団の横、斎藤の布団が敷かれ、土方の布団が敷かれていた。
「ついていかせてください」
道中、土方を守ると斎藤が約束したことを、当の土方は忘れたわけではあるまい。
「遠くにはいかない。ひとりで歩きてえんだよ」
「・・・」
すでに此処には伊東が募った新隊士たちが、大勢詰めている。
斎藤は今一度、首を振った。
「お願いです。貴方に万が一のことがあっては、」
「沖田に申し訳が立たない、か?」
「え」
遮って嘲笑うように言った土方を、斎藤は驚いて見つめた。
「俺を心配するのも、あいつが俺のことを頼んだからだろう。そうでなければ俺がいようがいまいが、おまえにはどうでもいいことだろうが」
(副長、)
なぜ貴方はそこまで・・・
「お言葉ですが。私には、古参の一隊士として副長の貴方が必要です。どうか同行させてください。煩わしいのでしたら私は貴方の目の届かない場所に居るようにします」
――――土方の言うように、本当は。
「・・・勝手にしろ」
己は沖田に頼まれたからこそ、今もこうして何としてでも同行しようとするのかもしれない。
だが全ての前に、土方は江戸からの長いつきあいで。彼に何かあってはと心配する想いは決して虚などではないはずで。
「有難うございます・・」
斎藤はほっと胸を撫で下ろし。部屋を出てゆく土方に続いた。
旅籠を出た土方はどこへゆくと決めている様子もなく。
懐手に出店を覘いたり飯盛女に袖を引かれたりして、それこそ本当に、少し後ろをゆく斎藤のことを忘れたかのようにぶらぶらと雑踏のなかを歩んでゆく。
歩むといえど、宿場がどこまでも続くわけがない。先ほど通過した関所が近くなった頃、土方はくるりと向けていた背を返した。
数十歩後ろの斎藤と目が合った土方は、一瞬、どこか苦笑ったような様子を見せ。
すぐに目を逸らして、だがこちらの方向へと歩んできた。
斎藤は道で立ち止まっているわけにもいかず、かといってひとりで居たいと告げてきた土方の、傍らまで行っていいものなのかも分からず。
困って道の端へとりあえず身を寄せるべく人波をぬった、
「きゃ」
その拍子に、背後から歩んできた女に腰の鞘が当たってしまった。
「申し訳ない、大丈夫でしたか」
「な、なにとぞお許しくださいませ」
慌てて声をかけた斎藤に、だが女のほうは縮こまって頭を下げ。
この人ごみで無理な方向転換をした斎藤のほうがどうみたって悪いのだが、女のほうは斎藤の刀に触れてしまったことに恐縮して懸命に謝りはじめた。
「いえ、悪いのは私のほうですから・・」
女の様子に斎藤のほうが恐縮してしまいながら、何度も何度も頭を下げる女に大丈夫だと言い聞かせて漸く女を去らせた頃には、道の向こうから来ていたはずの土方の姿はすでに遠くを歩んでおり。
思わず舌打ちしつつ、斎藤は急ぎ足で土方との距離を縮めるべく人ごみを進んだ。
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