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二十、
しおりを挟む「斎藤殿。貴方が遅れるとは、なにがあったのです」
待ち合わせた場所に四半刻遅れで辿りついた斎藤に、伊東が目を丸くして尋ねてきた。
「申し訳ありません。寝過ごしてしまいまして」
斎藤は、事実ではあるが一切の説明をつけぬままに返し。
「ほう?貴方でも寝過ごされることがあると?」
「申し訳ありません」
ぺこりと、遮るように。頭をさげ。
いろいろ聞きたそうな伊東へ、暗にこれ以上応えるつもりはない意思をみせるかのように斎藤は「すみません」とだけ、今一度繰り返した。
「ふむ」
伊東のほうも心得たもので、それ以上は踏み込まず。
「君は、意外に面白いお方ですな」
「・・は・・?」
唯ひとこと呟いて歩き出した伊東の背を、斎藤は驚いて見遣ったが。伊東はのんびりと歩を進ませて振り返ることはなかった。
伊東について道場を回りながら。
斎藤の脳裏にあるものは今も、昨晩の土方とのやりとりだった。
あの時の光景が浮かんでは、斎藤は苦しさに目を閉じる。
『おまえは俺を抱けるか』
土方の悲痛な声音が耳に深く残っている。
・・・その身を斎藤に抱かせることで斎藤の中の男を取り戻させようとした土方。
斎藤の中の、沖田への恋情を。
彼は奪おうとした。
そんな、己でさえ朧げな自覚であった沖田への恋情に。
土方のほうがむしろ正確に気づいていたということに、斎藤はいま土方に対し、深い痛みにも似た同情さえおぼえていた。
(皮肉にも。貴方が俺に気づかせた)
土方が、
昨晩ああして斎藤に選択を迫らなければ。
斎藤は今も、沖田への恋情がなんたるかを自覚してなどいなかっただろう。
あの時。土方が抱いてくれと言った時、
胸中に突如飛来したのは、土方と居るときの沖田の姿だった。
その姿を。斎藤の心が捉えた瞬間、ぐらりと斎藤の内で濁流のような渦が巻いて。
なにを己が沖田に求めていたのか。その答えが、瞬間どっと斎藤の胸へと押し寄せた。
押し寄せて。
(そして劣情のかけらも。貴方におぼえなかった)
気がついた時には己の肌を弄る土方の手を放り離し。
昔の自分ならきっと、土方のあの艶やかな誘惑に身が疼かないはずはなかっただろうに。
(おきた・・)
斎藤は一晩中泣きたい想いでその名を呼び続けた。いつのまにか、斎藤の身も心も、こんなにも変えてしまった存在を。愛おしいほど、腹ただしいほど、己が求めてゆくその存在を。想い。
土方はあれから戻るなりすぐに出かけてしまった。そのまま彼は帰っては来ず。
(わからない・・・)
『俺を抱けるか』
そう嘆くような哀しい声で、言った土方の。
それほどまでに沖田を想う強さと、
裏返しの弱さが。斎藤の心に今も謎を落としていた。
(貴方は知らないのか、沖田の想いを)
あの雨の夜、沖田が斎藤に確かに告げた言葉は、今も斎藤の記憶に刻印を残したままだ。
頼むと。
託せるのはおまえしかいないと。
どう考えても、あれは土方を斎藤に託すという意味以外にないだろう。何故沖田が自分に土方を託さなくてはならないのか、斎藤には全くわけが掴めないままとはいえ。
他に沖田が託すという相手といえば近藤くらいしか思いあたらないが、斎藤にはあの言葉が、近藤ではなく土方に関してのことだという勘がしてならない。
(俺は貴方が羨ましいというのに)
あれほどまでに愛されているというのに。
何故、贈り物のひとつ程度であそこまで悋気を露わに、まして斎藤のうちから沖田への想いを奪い去ろうとまで激情することがあるのか。斎藤は、どうしても納得できなかった。
(なにかが在るに違いない。あの二人は、ただの恋仲では。ない)
それが一晩沖田への思慕を胸に。考え、唯一出せた答えだった。
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