二人静

幻夜

文字の大きさ
上 下
22 / 61

十九、

しおりを挟む



 次の朝。斎藤たちは伊東と落ち合い、藤堂が根回ししておいた道場をいくつか回った。
 かつて江戸に居たころ、斎藤が修行に回って歩いた道場もあり。胸に膨らむ感慨に浸るのは、だが斎藤だけではないようだった。土方もまた、同じように修行に回ったことがあるのだろう。其々の道場の看板を見上げる目が、なにかを物語っていた。

 「では、また」
 夕暮れも間近、昨日と同じように、家に帰る伊東と別れ斎藤たちは常宿へと足先を向けた。
 明日は土方だけ一人、故郷の日野へ挨拶に戻る。その間は、伊東がなにか勝手に事を起さぬよう彼についてまわるようにと、斎藤は土方に言い含められている。
 「じゃ、俺もこれで・・」
 道の途中で、藤堂は立ち止まり、二人を見やった。
 藤堂のほうは明日、江戸外れの道場をひとり訪ねて回るため、別の宿に移ることになっていた。土方が休みの間に、根回しが未だ終えていない道場を改めてしらみつぶしに回る為だ。

 「ああ、お疲れ」
 ・・・昨夜から。
 藤堂とのやりとりは、言葉少なだった。
 「・・・・」
 去ってゆく背を見送りながら、斎藤は小さく溜息を零し。土方を見やった。
 「斎藤・・行くぞ」
 どうしようもない。
 分かっていても。時が解決するような事ではないだろうに、このまますれ違うままでいくのかと、斎藤はどうにもならない憤りをおぼえていた。
 「藤堂のことは・・いつか。伊東を葬ったその時に・・」
 土方は語尾を濁し、斎藤から目を逸らした。

 (その時に・・・何だ)
 藤堂は伊東を師として心酔しているというのに。
 その伊東を暗殺した後に、じつはこうこうこうだったと告げる気なのか。
 (そんな馬鹿な)
 「副長・・」
 「今日はゆっくり休もう」
 「・・・」
 宿へと入ってゆく土方の、言葉の向こうが分からず。
 部屋に戻るなり風呂の支度を始める土方の横で、斎藤は黙したまま居たたまれなさに窓の外を見やった。
 (・・・分かっている)
 「おまえは入らないのか」
 こうして心を囚われていても仕方が無いと。
 分かっているのだ。
 「・・入ります」
 斎藤は念を払うように、ゆっくりと窓へ背を向け。己の荷物の口に手をかけた。
 取り出した手ぬぐいの端に絡まるように引っかかっていた矢立に、土方が気づいたのはその直後だった。
 「斎藤」
 手ぬぐいの端から転がり落ちた矢立に、土方が手を伸ばし。
 はっとして同じく手を伸ばした斎藤の指先で、さっと矢立は土方の手に攫われた。
 「これ、・・誰からもらった」
 土方の眼が鋭く締まり、その細い手に握られた矢立がまるで軋んだような気がした。

 土方がなにを訴えようとしているのか。
 「沖田からですが」
 分かるからこそ、その馬鹿馬鹿しさを感じて斎藤はぶっきらぼうに答えていた。
 「そいつは奇遇だな。俺も総司から矢立をもらったぜ」
 土方の中で燻っていたものなら。
 「そうですか」
 すでに斎藤は、感じている。
 土方が、沖田の斎藤へ対する深い信頼を知った頃から。
 土方の中で燻っていたその悋気が。時折斎藤に向かって揺れていたのを。
 
 「・・・斎藤」
 声を落として斎藤の前に膝をついた土方を、斎藤は静かに見あげた。
 どんな非難も、不当なものだと言い返す自信があった。

 「おまえは俺が抱けるか」

 「・・・え?」
 突然。
 だが予想もしなかった言葉を耳に、斎藤の思考は途絶えた。
 (いま、なんと?)
 「斎藤」
 どこか思い詰めたような表情を口元に浮かべ、
 細く白い指が斎藤の襟もとを開いて。
 「副長・・なにを」
 声が掠れ。斎藤は後退さるように背後に両手をついた。
 「抱いて、くれ」
 「副長・・!」
 斎藤の肌を這ってゆく土方の手は性急に下って、斎藤の下帯へと辿り。
 「おやめください・・っ」
 「・・・綺麗な肌、だな」
 「っ!」
 ぽつり、僅かに歪んだ微笑を浮かべて呟いた土方の、手を斎藤は慌てて掴んだ。
 「疲れてらっしゃるんですか」
 迸るような、土方の艶やかなさまに。己の身を蹂躙する強引な気配を前に。それでも土方を救うような言葉を探して斎藤は、掴んだ手を放るように離した。

 土方の眼の奥に、苦しげな色が堕ちて。
 「・・・ああ、悪い、・・確かに疲れているのかもしれない、・・どうかしていたようだ」
 忘れてくれ、と。
 悲鳴のような囁きを残し、土方はさっと立ち上がった。

 出てゆく背が消えた先を、斎藤は暫く見つめていた。
 その身を斎藤に抱かせて、斎藤の中の何を取り戻させようとしたのか、・・いや、何を奪おうとしたのか。
 その答えが。やがて幾ばくもしないうち、斎藤の胸中を深い衝撃をもって侵食しはじめた。

 (沖田・・)
 むしろ土方があのように誘ってきたことで気づいてしまった、それが。
 斎藤の内に、溢れだして止まらないままに。
 斎藤はそっと、畳に転がった矢立を手にとった。
 (沖田)
 「おきた・・」
 己の口から掠れて零れた声に、斎藤はびくりと肩を震わせた。
 泣きたいような、叫び出したいような、どうしようもない感情に。斎藤は駆られながら矢立を握り締めていた。
      






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

組長と俺の話

性癖詰め込みおばけ
BL
その名の通り、組長と主人公の話 え、主人公のキャラ変が激しい?誤字がある? ( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )それはホントにごめんなさい 1日1話かけたらいいな〜(他人事) 面白かったら、是非コメントをお願いします!

処理中です...