二人静

幻夜

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六、

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「お帰り~」

斎藤は思わず溜息をついた。

障子を閉めながら、寝転がっている沖田を見やる。

「あんた厠へ行ったんじゃなかったのか」

「行った」

「・・・」

呼ばれている最中を抜け出したのだから普通、用が済めば戻るだろう。

と思ったが沖田が普通じゃないことはもう分かっているので斎藤はそれ以上なにも言わない。

部屋のあいかわらずの黴臭さに辟易しつつ、斎藤は刀の手入れをすべく小棚を開く。

「・・沖田」

「うん?」

突然棚から出てきたのは、見覚えのある・・矢立だった。

返事をしたままこちらには目を向けず、黄表紙を開き出している沖田を斎藤は再び見やる。

「これ、如何して」

「礼」

ぶっきらぼうな声を出して、沖田は本から顔を上げた。

「昨日付き合わせた礼だ」


一直線の竹がそこには描かれ。

青い竹のまわりを真っ白な雪が舞っている。

清閑な光景をそのまま映し出したような美しさに、沖田が土方の矢立を買っている間、斎藤はしばし魅入っていた。

「いつのまに・・」

まさか斎藤の、矢立に魅入る視線に沖田が気づいていて、こちらの知らぬ間に買っていたとは思いもしなかった。

「何だか気に入ってたようだからな。昨日のうちに渡し損ねたが」

おまけに怒らせちゃわけねえな、と沖田はにやり笑んだ。

「・・許す」

「え?」

斎藤はぷいっと顔を背けた。

「今までのことは、許してやる」

「・・・」

沖田の面に笑みが広がってゆく頃、矢立を手に斎藤は、まるで昨日の続きのように、描かれている絵をじっと見つめ続けた。







「お帰り」

と、斎藤が再び沖田の声を聞いたのは、巡察から戻っての時。

開け放たれたままの部屋へと入ってゆきながら、そのでかい図体で寝転んだまま黄表紙を読みあさっている沖田を斎藤は一瞥するなり、音を立てて障子を閉めた。

「こんな夜更けに障子を全開にしておいて、風邪でもひいたらどうする」

言いつつ踏みしめた畳はひどく冷たい。

「春といってもまだ夜は冷え込むんだぞ」

「おまえの言う事ひとつひとつ、誰かに似てると思ったんだよ」

不意に沖田は妙なことを呟いた。

「今気づいた。姉さんに似てるんだな。部屋に陽光が当たる当たらないだの、風邪ひいたらどうするだの、それに『夜はまだ冷え込む』なんて言葉はまさに姉さんの口癖だった」

「あんたの姉君はあんたと違って正しいようだ」

沖田は笑った。

「姉なんざそういうものだろ」

斎藤も思い出すものがあって、つられるように微笑った。

「そういえばもう久しく会ってないな」

「ああ」

斎藤には勝という姉がいる。江戸でのいざこざで家を出て以来、数回手紙をやり取りしただけだ。こうして話にあげてみれば無性に恋しい。

一瞬その瞳に影を落とした斎藤を、沖田は横から黙って見つめていたが、ふと、

「斎藤、江戸に行け」

言うなり開いていた本を閉じて、斎藤へ向き直った。

「今度の江戸行きの話だよ」

「あんた・・何言ってる」

「俺の代わりに斎藤だったら、土方さんも文句無いはずだ。江戸に行って久しぶりに姉さんの顔見てこいよ」

斎藤は黒目がちのその瞳をめいっぱいに見開いた。

「あんたこそ行けば久しぶりに姉君に会えるんじゃないか」

「江戸に居た頃俺にはおまえよかずっと、姉さんに会う機会ならあった。今度ぐらいおまえに譲るさ」

と言うよりか、と沖田は置いた。

「伊東との間で、土方さんのおもりをするのはかなり御免でね」

色黒い顔をくしゃりと歪ませ、沖田は再び転がった。

伊東、土方、沖田が今度の東下の人員である。

沖田に関しては土方が特に根強く勧めたと話に聞く。それを当の沖田だからといって彼の一存で変えてしまっていいものなのだろうか。

「明日土方さんに言ってみるよ」

半信半疑な斎藤へ最後の一言を投げて、沖田は本を取り上げ続きを読み始めた。


  
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