二人静

幻夜

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序章、

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なにも、感じなくなるほど

あなたを愛した 















 はらりはらり、
 桜が舞い。

 「・・ここか」
 開け放たれた部屋の中、踏み入れた足先がひんやりと包まれた。
 同室になった彼はまだ来ていない。
 あのひとのことだ、皆の新部屋を回り歩いているのだろう。

 中庭の桜が、咲いたばかりの花びらを時折吹く風に落としてゆく。
 この中庭を挟んだ向こう側の部屋にも、未だ誰も入っていないようだった。

 あちらの部屋並びには局長や副長、調役監察が入る。
 こちら側に並ぶ部屋は残る幹部に割り当てられた。

 畳の匂いが鼻をつく。
 掃除はされていたはずだ。
 それでなお、取れないこの黴臭さと陰気な匂いは、永く積もり、こびりついたものであろう。
 八畳間のこの角部屋は、恐らくは陽光を浴びない位置ではないか。
 すぐ隣の部屋とその並びには、覗くまでもなくちょうど降りかけの西日が燦爛と注ぎ込んでいる。

 こんな造りの建物は見たことがある。
 恐らく明けには、朝日が庭向かいの部屋連へ降り注ぐだろう。どの日も当たらぬのはこの部屋だけだ。

 文句を言って部屋を替えてもらうまでのことかどうか。
 具合は住んでみなければ分かるまいが、それにしても。

 「・・今回ばかりは、あのひと共々くじ運が悪いようだ」


 「くじ運?」

 不意にふってきた声に、斎藤はとっさに柄に手をかけて振り向いた。
 沖田がいつのまにかすぐ後ろに立ち、部屋の様子を眺めている。

 「・・沖田、」
 苛立ちを隠せぬままに斎藤は背後の男を見上げた。
 「人を驚かして楽しいか」

 わざわざ気配を消して立っていたこの男に対して本能的な恐怖を禁じえない。
 沖田がもし敵であれば斎藤は今頃この世にいないだろう。

 「悪い悪い」
 言葉通り本当に悪いと思っている様子もなく沖田はポンポンと斎藤の肩を叩く。
 「で、くじ運とは?」
 聞きながら沖田は黴臭さなど気にもしないのか、部屋の中へとずかずか入ってゆく。

 「日の当たらない部屋が割り当てられたということだ」
 沖田も斎藤も常日頃身のまわりには清潔を好む。ただでさえ沖田は陽だまりのような男だ、
 さぞこんな部屋は嫌だろうと思ったのだが、意外にも斎藤の予想は外れたようだった。

 「いいんじゃないか。そうしょっちゅう部屋に居るわけでもない」
 「だが衣食住は生活の根本だ。こんな部屋に住まわってたらじきに病気になりかねない」
 「気になるならおまえだけ替えればいいさ。俺は構わんからどっか別の部屋へ入れてもらえ」
 「あんただって綺麗な空気の部屋のほうがいいはずだ。時々咳をしてるだろう」

 風邪をひいてるといった様子もないのに、沖田はよく細かい咳をする。
 いたって壮健にみえる体が、時おり咳をするさまは不思議な光景ですらあった。
 
 斎藤の指摘に、沖田は一瞬笑みを浮かばせた。
 「よく掃除はしとくさ。日が当たらずとも風は十分入る。そう気にすることもないだろう」
 あくまで無頓着だった。

 斎藤は諦めて軽く息を吐くと、すでに行李を解き始めている沖田の隣に座った。
 斎藤としても、日が当たらないという理由で部屋替えを願い出るのは気が引ける。

 「まあとりあえず住んでみてからだ」
 呟いて斎藤も行李の紐を解き出した。

 「そうだ、言い忘れていた」
 ふと沖田が斎藤を向いた。

 「これから宜しくな」

 斎藤は手を止めると、見慣れた沖田の笑顔につられて小さく微笑んだ。

 「ああ、宜しく」


 西本願寺、新屯所。
 単純に、新たな生活の始まりだと、
 思いながら。






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