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褐色の小悪魔は、”くちびるつんと尖らせて”
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「宿泊の延長ですか?申し訳ございません。九月中旬までは満室でして……」
タブレットから眼差しを上げ、紺はニヤリと笑った。「なーんだ。お前ら、より戻したのか」その一言に、啓介はだらしなく歯を見せ、その背後で腕を組んでいた瑠璃は眉間に皺を寄せた。
「紺のせいだろ!俺がここで働いてることはけいには内緒にしてって言ったのに!」
「ウジウジウジウジ、何年も前のこと夏が来るたびに愚痴られるこっちの身にもなれよ。爺ちゃんなんか間違いなく老衰だったのに悲劇のヒロイン気取りでなんでも啓介のせいだって変換して。ブドウ農園だって次の年には畳む予定だったんだから丁度よかったんだよ」
「……そ、それは……!」
「啓介が宿泊予約してるかもって伝えてからずっとソワソワキョドキョドしちゃってさ。見てらんねーよ」
怒りと羞恥で真っ赤になっていく瑠璃の面。紺は涼しい眼差しを啓介に寄越して「まあ、その元凶はお前だけどな」と太い釘を刺した。
「啓介は大学生サマだろ?なが~い夏休みになるんじゃないの?」
「九月中旬までは夏休み。大学が始まるまでこっちに居たいんだけど……」
「へえ。いいねえ~。これから半月は一緒に居られるんだってさ。瑠璃、どうする?」
急に矛先を向けられ瑠璃は「どうするって、なにが!」と怒気たっぷりの声を上げた。
「お前、一人暮らしだろ。家に泊らせてやれば?」
「はあっ!?なんで俺がっ。やだっ。絶対やだ!」
まるで水を浴びた犬のように頭を振る瑠璃。肌を重ねてからずっとこんな調子の彼を啓介はじいと覗き込んだ。
「僕が部屋に居たら邪魔?」
「……邪魔に決まってんじゃん。他の男、呼べなくなるし」
唇を尖らせた瑠璃がそんなことを言うものだから、啓介は「瑠璃」と咎めるように彼を呼び手を引いた。こちらを向かせて反対の手も取る。ぐっと近づくと瑠璃は視線を彷徨わせた。
「それはだめだって言っただろ。瑠璃だってもう他の男とは遊ばないって言ったじゃん」
「あん時は、まともに頭回ってなかったから……、」
「泣きながら何度も帰らないでって言ってくれたのに」
「そんなのやってる最中のリップサービスだろ」
「はあ?……ねえ、なんで意地悪言うの?僕は出来るだけ瑠璃の傍に居たいってだけ」
黙り込んでしまった瑠璃をつぶさに見つめる啓介。紺は仰々しく咳払いをした。
「江永様。当ホテルのアウトドアセンターをご存じでしょうか。そちらでキャンプ道具の貸し出しも行っておりますが、いかがいたしましょう」
啓介は瞳を輝かせ、瑠璃は思い切り顔を顰めた。「二十日間くらい借りられる?その場合、料金はどのくらい?」「今お調べしますね。少々お待ちいただけますでしょうか……」瑠璃の両手を離しカウンターに前のめる啓介。瑠璃は慌てて啓介のシャツの裾を引っ張った。
「ちょっと、けい、そんなん借りてどーすんの」
「え?……野宿でもしようかって。そうすれば瑠璃ともっと一緒に居られるし」
「野宿なんか!真夏だよ!?そもそもそんなの、お坊ちゃんのお前に出来るはず、」
「瑠璃の傍に居られるならなんでもいい。でもまあ、熱中症には気をつけなきゃな」
カラッと笑い料金の説明に耳を傾ける啓介。貸し出しの申し込み用紙まで出て来てしまい瑠璃は啓介の腕を抱き寄せた。
「ん?瑠璃?どうした?」
ふわりと微笑む啓介に、瑠璃は頬を夕日色に染めて「そんなの無理に決まってる、俺の連絡先もらう前に死んじゃってもいいの?」と啓介を詰った。
「それは嫌だ。連絡先は絶対に欲しい」
「だったら野宿は諦めろ。……今晩だけだから。今晩だけ、泊めてあげる。だから、俺んち帰ろ……」
「え?いいの?やった。すっげー嬉しい。瑠璃、ありがとう」
笑みを弾けさせる啓介に瑠璃もかすかに微笑む。宿を探していたにしては啓介も瑠璃も手ぶらで、二人は紺などはじめからいなかったかのように自分たちの愛の巣へ踵を返した。紺はもちろん、二人の背中へ盛大な溜息を吹き付けた。
「なあ、瑠璃、帰りに海寄って帰んない?」
「いいけど……。お前、海パン持って来てんの?」
「瑠璃、海行くつもりだっただろ?そういうの、一緒に居ると分かるよ。僕も履いてる」
ハーフパンツのゴムに親指を引っ掛けて海水パンツを見せれば瑠璃は砕けたように笑った。
「海行った後にアイスおごってくれるなら付き合ってもいいよ」
「アイスついでにあの喫茶店の照り焼きサンドもつける。僕がタマゴサンド頼むから半分こしよ」
腕にくっついた瑠璃を見下ろしながら甘く囁く。瑠璃は尖らせていた唇をむずむずとほどいて「仕方ねーな」と啓介を見上げた。
通り過ぎて行ったレンタカーのステレオからメロウなリゾートソングがこぼれて来る。惚れた男の褐色の面に浮かんだ夕日が“薄く切ったオレンジ”にもブーゲンビリアの花にも見え、啓介は心を震わせた。
真っ青な空に汽笛が鳴り響く。それを合図に二人は鼻先を擦り合わせ唇を重ねた。二人の夏は、まだ終わらないらしい。
【終】
タブレットから眼差しを上げ、紺はニヤリと笑った。「なーんだ。お前ら、より戻したのか」その一言に、啓介はだらしなく歯を見せ、その背後で腕を組んでいた瑠璃は眉間に皺を寄せた。
「紺のせいだろ!俺がここで働いてることはけいには内緒にしてって言ったのに!」
「ウジウジウジウジ、何年も前のこと夏が来るたびに愚痴られるこっちの身にもなれよ。爺ちゃんなんか間違いなく老衰だったのに悲劇のヒロイン気取りでなんでも啓介のせいだって変換して。ブドウ農園だって次の年には畳む予定だったんだから丁度よかったんだよ」
「……そ、それは……!」
「啓介が宿泊予約してるかもって伝えてからずっとソワソワキョドキョドしちゃってさ。見てらんねーよ」
怒りと羞恥で真っ赤になっていく瑠璃の面。紺は涼しい眼差しを啓介に寄越して「まあ、その元凶はお前だけどな」と太い釘を刺した。
「啓介は大学生サマだろ?なが~い夏休みになるんじゃないの?」
「九月中旬までは夏休み。大学が始まるまでこっちに居たいんだけど……」
「へえ。いいねえ~。これから半月は一緒に居られるんだってさ。瑠璃、どうする?」
急に矛先を向けられ瑠璃は「どうするって、なにが!」と怒気たっぷりの声を上げた。
「お前、一人暮らしだろ。家に泊らせてやれば?」
「はあっ!?なんで俺がっ。やだっ。絶対やだ!」
まるで水を浴びた犬のように頭を振る瑠璃。肌を重ねてからずっとこんな調子の彼を啓介はじいと覗き込んだ。
「僕が部屋に居たら邪魔?」
「……邪魔に決まってんじゃん。他の男、呼べなくなるし」
唇を尖らせた瑠璃がそんなことを言うものだから、啓介は「瑠璃」と咎めるように彼を呼び手を引いた。こちらを向かせて反対の手も取る。ぐっと近づくと瑠璃は視線を彷徨わせた。
「それはだめだって言っただろ。瑠璃だってもう他の男とは遊ばないって言ったじゃん」
「あん時は、まともに頭回ってなかったから……、」
「泣きながら何度も帰らないでって言ってくれたのに」
「そんなのやってる最中のリップサービスだろ」
「はあ?……ねえ、なんで意地悪言うの?僕は出来るだけ瑠璃の傍に居たいってだけ」
黙り込んでしまった瑠璃をつぶさに見つめる啓介。紺は仰々しく咳払いをした。
「江永様。当ホテルのアウトドアセンターをご存じでしょうか。そちらでキャンプ道具の貸し出しも行っておりますが、いかがいたしましょう」
啓介は瞳を輝かせ、瑠璃は思い切り顔を顰めた。「二十日間くらい借りられる?その場合、料金はどのくらい?」「今お調べしますね。少々お待ちいただけますでしょうか……」瑠璃の両手を離しカウンターに前のめる啓介。瑠璃は慌てて啓介のシャツの裾を引っ張った。
「ちょっと、けい、そんなん借りてどーすんの」
「え?……野宿でもしようかって。そうすれば瑠璃ともっと一緒に居られるし」
「野宿なんか!真夏だよ!?そもそもそんなの、お坊ちゃんのお前に出来るはず、」
「瑠璃の傍に居られるならなんでもいい。でもまあ、熱中症には気をつけなきゃな」
カラッと笑い料金の説明に耳を傾ける啓介。貸し出しの申し込み用紙まで出て来てしまい瑠璃は啓介の腕を抱き寄せた。
「ん?瑠璃?どうした?」
ふわりと微笑む啓介に、瑠璃は頬を夕日色に染めて「そんなの無理に決まってる、俺の連絡先もらう前に死んじゃってもいいの?」と啓介を詰った。
「それは嫌だ。連絡先は絶対に欲しい」
「だったら野宿は諦めろ。……今晩だけだから。今晩だけ、泊めてあげる。だから、俺んち帰ろ……」
「え?いいの?やった。すっげー嬉しい。瑠璃、ありがとう」
笑みを弾けさせる啓介に瑠璃もかすかに微笑む。宿を探していたにしては啓介も瑠璃も手ぶらで、二人は紺などはじめからいなかったかのように自分たちの愛の巣へ踵を返した。紺はもちろん、二人の背中へ盛大な溜息を吹き付けた。
「なあ、瑠璃、帰りに海寄って帰んない?」
「いいけど……。お前、海パン持って来てんの?」
「瑠璃、海行くつもりだっただろ?そういうの、一緒に居ると分かるよ。僕も履いてる」
ハーフパンツのゴムに親指を引っ掛けて海水パンツを見せれば瑠璃は砕けたように笑った。
「海行った後にアイスおごってくれるなら付き合ってもいいよ」
「アイスついでにあの喫茶店の照り焼きサンドもつける。僕がタマゴサンド頼むから半分こしよ」
腕にくっついた瑠璃を見下ろしながら甘く囁く。瑠璃は尖らせていた唇をむずむずとほどいて「仕方ねーな」と啓介を見上げた。
通り過ぎて行ったレンタカーのステレオからメロウなリゾートソングがこぼれて来る。惚れた男の褐色の面に浮かんだ夕日が“薄く切ったオレンジ”にもブーゲンビリアの花にも見え、啓介は心を震わせた。
真っ青な空に汽笛が鳴り響く。それを合図に二人は鼻先を擦り合わせ唇を重ねた。二人の夏は、まだ終わらないらしい。
【終】
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励みになる感想ありがとうございます!とっても嬉しいです。