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俺のルドルフ(佳澄視点)
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九月一日。帝國劇場の幕が上がる。千秋楽は九月末日。計四十回の公演になる。
佳澄演じるルドルフはトリプルキャスト。記念すべき初日のマチネ、佳澄は誰よりも早く小屋入りし着到板を裏返した。
スポーツウェアに着替えを済ませ稽古場に入り、時間をかけてストレッチ。ずっと憧れていた、紫の座席のある劇場。そこが観客で満ちているのを想像する。
「おっ、早いね~。昨日は眠れた?」
ヨガマットを手にした犬飼が颯爽と現れた。
「眠れました。……三時間くらいは」
「あはは!実は俺も。俺は二時間。お前、大物だな」
視線を合わせて笑みを交わす。初日のトートは犬飼。佳澄の腹に気合いが入る。
「お前と歌うの、楽しみにしてるよ」
「俺もです。夕方からは間宮さんが入りますし、舞台温めときましょう」
「温めるどころか燃やし尽くしてやろうぜ。俺を散々焦らしやがって。焼け野原で演ってもらうからな、あいつには」
犬飼は含み笑いで身体を伸ばした。そのぎらついた瞳から視線を逸らして、佳澄もまた微笑んだ。
ルドルフのことを、毎夜考えた。最期にトートを選んだのは、母の愛情を十分に受けられなかったから?それとも、父への反逆?俺のルドルフはどこに居る?
青の衣装に身を包み役の為に金色に染めた髪を掻き上げる。舞台袖に出ればステージが目に入った。ゲネプロを行った時よりもずっと狭く感じた。
「……よく見てください!」
ルドルフが悲痛な叫びを上げると、突如舞台へ緋色の光が降り注ぐ。
不気味で緊張感のあるナンバー。最早、栄華は崩壊しかかっている。その前兆がこの一曲に濃縮されている。――そしてはじまる。闇が、広がる。
青年ルドルフの前に現れる黄泉の国の帝王トート。ルドルフはその存在を手前では拒否しつつも、抗い切れない。まるで半身では心待ちにしていたかのように、「友達」であるトートへ熱い眼差しを向ける。
長い沈黙の時は終わったのさ
君は思い出す
ルドルフは、犬飼の言うように気高い。母親に似て繊細で、だからこそ、死の誘惑がどれだけ甘美かということを夢想せずにはいられない……。
友達を忘れはしない
僕は今不安で壊れそうだ
側にいてやろう
未来に絶望するルドルフを、トートは「お前が世界を救わず誰が救うのだ?」と唆す。ルドルフは死へひた走る。
佳澄は思う。ルドルフとトートには絆がある。父と母から思うように愛されなかったルドルフは、トートに一種の愛着を感じている。だからこそ、死へと急いでしまう……。
見過ごすのか立ち上がれよ
王座に座るんだ
……王座!
ルドルフは自分から死へ傾れ込む。恍惚とした表情を浮かべるルドルフ。夢に見た王座と平穏と死。ルドルフにはそれしか見えていない。
闇が広がる
皇帝ルドルフは立ち上がる
マイヤーリンクのダンスナンバー。目と目で熱っぽく見つめ合い、トートとルドルフは通じ合う。
トートは「死」の概念。ルドルフにはトートがどう見えているのだろう。母?父?美しい娘?佳澄ならばヒロだ。ルドルフはトートの死の接吻を受け入れる。
こめかみに拳銃を当てた時、ほんのひと時の平穏がルドルフに訪れる。薄い笑みをこぼし、ルドルフは自身の頭を拳銃で撃ち抜いて、自害……。
エリザベートとルドルフは、親子故か似ている。最後の最後にはトートの手を取るエリザベート。佳澄はそこに着想を得た。
今から七年前の『エリザベート』。トート役の廣田とルドルフ役の間宮が、似たような関係性を演じていた。きっと二人には二人にしか入れない世界があったのだろう。
「気持ち良かった」
カーテンコールの最中、すれ違いざまに犬飼が佳澄に囁いた。
「俺もです」
この返事は、犬飼に届いたのだろうか。
こちらの輪郭が解けそうな程のスポットライト。観客のスタンディング・オーベーションと拍手、そして歓声。それらを浴びると全身が痺れた。そしてやはり、ヒロの姿を客席に探してしまう。
お前も頑張ってるんだろうな?
不在を詰る気持ちでヒロに語りかけると、今にも客席からヒロが飛び出してきそうな予感に襲われた。
こんな景色を見ているのに。身震いするほど高ぶっているのに。自分はいつも心のどこかでヒロを待ちわびている。
初日に来ないのなら、ヒロが俺のルドルフを観に来ることは――。
舞台の上で役者でない「周防佳澄」が過り、佳澄は頭を振った。
来年の三月で、三年になる。納得する演技が出来て『エリザベート』が千秋楽を迎えたら、その時は……。佳澄は顔を上げて観客の歓声に応えた。
佳澄演じるルドルフはトリプルキャスト。記念すべき初日のマチネ、佳澄は誰よりも早く小屋入りし着到板を裏返した。
スポーツウェアに着替えを済ませ稽古場に入り、時間をかけてストレッチ。ずっと憧れていた、紫の座席のある劇場。そこが観客で満ちているのを想像する。
「おっ、早いね~。昨日は眠れた?」
ヨガマットを手にした犬飼が颯爽と現れた。
「眠れました。……三時間くらいは」
「あはは!実は俺も。俺は二時間。お前、大物だな」
視線を合わせて笑みを交わす。初日のトートは犬飼。佳澄の腹に気合いが入る。
「お前と歌うの、楽しみにしてるよ」
「俺もです。夕方からは間宮さんが入りますし、舞台温めときましょう」
「温めるどころか燃やし尽くしてやろうぜ。俺を散々焦らしやがって。焼け野原で演ってもらうからな、あいつには」
犬飼は含み笑いで身体を伸ばした。そのぎらついた瞳から視線を逸らして、佳澄もまた微笑んだ。
ルドルフのことを、毎夜考えた。最期にトートを選んだのは、母の愛情を十分に受けられなかったから?それとも、父への反逆?俺のルドルフはどこに居る?
青の衣装に身を包み役の為に金色に染めた髪を掻き上げる。舞台袖に出ればステージが目に入った。ゲネプロを行った時よりもずっと狭く感じた。
「……よく見てください!」
ルドルフが悲痛な叫びを上げると、突如舞台へ緋色の光が降り注ぐ。
不気味で緊張感のあるナンバー。最早、栄華は崩壊しかかっている。その前兆がこの一曲に濃縮されている。――そしてはじまる。闇が、広がる。
青年ルドルフの前に現れる黄泉の国の帝王トート。ルドルフはその存在を手前では拒否しつつも、抗い切れない。まるで半身では心待ちにしていたかのように、「友達」であるトートへ熱い眼差しを向ける。
長い沈黙の時は終わったのさ
君は思い出す
ルドルフは、犬飼の言うように気高い。母親に似て繊細で、だからこそ、死の誘惑がどれだけ甘美かということを夢想せずにはいられない……。
友達を忘れはしない
僕は今不安で壊れそうだ
側にいてやろう
未来に絶望するルドルフを、トートは「お前が世界を救わず誰が救うのだ?」と唆す。ルドルフは死へひた走る。
佳澄は思う。ルドルフとトートには絆がある。父と母から思うように愛されなかったルドルフは、トートに一種の愛着を感じている。だからこそ、死へと急いでしまう……。
見過ごすのか立ち上がれよ
王座に座るんだ
……王座!
ルドルフは自分から死へ傾れ込む。恍惚とした表情を浮かべるルドルフ。夢に見た王座と平穏と死。ルドルフにはそれしか見えていない。
闇が広がる
皇帝ルドルフは立ち上がる
マイヤーリンクのダンスナンバー。目と目で熱っぽく見つめ合い、トートとルドルフは通じ合う。
トートは「死」の概念。ルドルフにはトートがどう見えているのだろう。母?父?美しい娘?佳澄ならばヒロだ。ルドルフはトートの死の接吻を受け入れる。
こめかみに拳銃を当てた時、ほんのひと時の平穏がルドルフに訪れる。薄い笑みをこぼし、ルドルフは自身の頭を拳銃で撃ち抜いて、自害……。
エリザベートとルドルフは、親子故か似ている。最後の最後にはトートの手を取るエリザベート。佳澄はそこに着想を得た。
今から七年前の『エリザベート』。トート役の廣田とルドルフ役の間宮が、似たような関係性を演じていた。きっと二人には二人にしか入れない世界があったのだろう。
「気持ち良かった」
カーテンコールの最中、すれ違いざまに犬飼が佳澄に囁いた。
「俺もです」
この返事は、犬飼に届いたのだろうか。
こちらの輪郭が解けそうな程のスポットライト。観客のスタンディング・オーベーションと拍手、そして歓声。それらを浴びると全身が痺れた。そしてやはり、ヒロの姿を客席に探してしまう。
お前も頑張ってるんだろうな?
不在を詰る気持ちでヒロに語りかけると、今にも客席からヒロが飛び出してきそうな予感に襲われた。
こんな景色を見ているのに。身震いするほど高ぶっているのに。自分はいつも心のどこかでヒロを待ちわびている。
初日に来ないのなら、ヒロが俺のルドルフを観に来ることは――。
舞台の上で役者でない「周防佳澄」が過り、佳澄は頭を振った。
来年の三月で、三年になる。納得する演技が出来て『エリザベート』が千秋楽を迎えたら、その時は……。佳澄は顔を上げて観客の歓声に応えた。
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