愛しいヒューマノイドの心臓は動いている。

野中にんぎょ

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指を銜えたイヌ(篁視点)

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 篁は扉から漏れるラフマニノフに顔を顰めた。ラボへ入れば、杉崎は流れるクラシックを指揮するかの如く人差し指を立てて拍子を取っていた。
「杉崎さん、ドアの外まで音漏れしてますよ。ボリューム下げてもらえます?」
「い~感じ。ミヒロは最高だよ。さすが、オレの見込んだ子!」
 このところ、杉崎はデスクに齧り付いてラボを一歩も出ようとしない。デスクに並んだ液晶、灰皿からあふれる吸殻、積み重なるカップラーメンの容器、流しっぱなしのクラシック。篁は杉崎の周りに散らばった資料やゴミを集めた。
「周防様のフルオーダーは完成しそうなんです?」
「結局フェイスは外注になっちゃったけど!前よりずっと綺麗に仕上がってる。ボディはオレが徹夜で仕上げたよ。さすがにオカネ使い過ぎちゃったから……」
 その白衣のポケットからいくら出したかなど考えたくもない。溜め息混じりにゴミ袋の口を縛っている篁の前へ杉崎が躍り出た。
「見たい~?見たいでしょ?見たいんでしょ~?」
「そんな怖いもの見たくないですよ」
「怖くないっ。オバケじゃないんだから!見てよっ。このオレが中身以外に手をつけるなんて最初で最後かもよ~!?」
 オバケより怖いから断っているのだが……。能面のままの篁に焦れたのか、杉崎は暗転していたショーケースを起動した。三メートルを超える円柱の全貌に、篁は瞳を瞬かせた。
「どう?完璧でしょう。オレのシュガー・シリーズの、記念すべき第一子だよ!」
 篁は開いた口が塞がらなかった。硝子張りの円柱の中に眠るヒューマノイドは佐藤美広そのものだ。得意気な笑みを浮かべている杉崎に詰め寄り、篁は深く息を吸った。
「杉崎さん、どういうつもりですか。これでは間宮様のご依頼に沿えません。間宮様は廣田一成ひろたいっせいの再現をと……」
「カンケーないよ、間宮なんか。周防佳澄に送るのはこの子でいい」
「ですが」
「この子のマスターは周防佳澄だ。彼の望むものを作るのが筋だろう?彼がミヒロを受け取った時点でこの件は間宮の手を離れた。周防佳澄が望んでいるのは愛する者との生活だ。その相手は廣田一成じゃない。……今となっては、ね」
 杉崎は硝子越しに愛しい我が子に触れ、甘い溜め息を吐いた。
「ミヒロは十分に仕事をしてくれた。オレが彼に出会えたのは神の啓示だよ」
「杉崎さん、貴方、一体何を……」
「愛と恋の再現だよ」
「愛と、恋?」
「ココロって、愛って、なんだと思う?オレには分からない。そこで一つのアプローチを考えた。……恋だよ。恋が愛を生むんだ。ミヒロから得たデータを全てこの子に焼きつける。身体の状態を再現することで想いを再現するんだ。ココロを持ったヒューマノイドを、ヒトは無視出来ない。ヒューマノイドがヒトから虐げられる時代は終わるんだ」
 恍惚とした笑みを浮かべる杉崎の瞳には、硝子のベッドに眠るヒューマノイドの姿しか映っていない。篁は唇を噛みしめた。
「あの子は十分に仕事をしてくれた。お迎えに行って褒めてあげなくちゃね」
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