愛しいヒューマノイドの心臓は動いている。

野中にんぎょ

文字の大きさ
上 下
11 / 23

指を銜えたイヌ(篁視点)

しおりを挟む
 篁は扉から漏れるラフマニノフに顔を顰めた。ラボへ入れば、杉崎は流れるクラシックを指揮するかの如く人差し指を立てて拍子を取っていた。
「杉崎さん、ドアの外まで音漏れしてますよ。ボリューム下げてもらえます?」
「い~感じ。ミヒロは最高だよ。さすが、オレの見込んだ子!」
 このところ、杉崎はデスクに齧り付いてラボを一歩も出ようとしない。デスクに並んだ液晶、灰皿からあふれる吸殻、積み重なるカップラーメンの容器、流しっぱなしのクラシック。篁は杉崎の周りに散らばった資料やゴミを集めた。
「周防様のフルオーダーは完成しそうなんです?」
「結局フェイスは外注になっちゃったけど!前よりずっと綺麗に仕上がってる。ボディはオレが徹夜で仕上げたよ。さすがにオカネ使い過ぎちゃったから……」
 その白衣のポケットからいくら出したかなど考えたくもない。溜め息混じりにゴミ袋の口を縛っている篁の前へ杉崎が躍り出た。
「見たい~?見たいでしょ?見たいんでしょ~?」
「そんな怖いもの見たくないですよ」
「怖くないっ。オバケじゃないんだから!見てよっ。このオレが中身以外に手をつけるなんて最初で最後かもよ~!?」
 オバケより怖いから断っているのだが……。能面のままの篁に焦れたのか、杉崎は暗転していたショーケースを起動した。三メートルを超える円柱の全貌に、篁は瞳を瞬かせた。
「どう?完璧でしょう。オレのシュガー・シリーズの、記念すべき第一子だよ!」
 篁は開いた口が塞がらなかった。硝子張りの円柱の中に眠るヒューマノイドは佐藤美広そのものだ。得意気な笑みを浮かべている杉崎に詰め寄り、篁は深く息を吸った。
「杉崎さん、どういうつもりですか。これでは間宮様のご依頼に沿えません。間宮様は廣田一成ひろたいっせいの再現をと……」
「カンケーないよ、間宮なんか。周防佳澄に送るのはこの子でいい」
「ですが」
「この子のマスターは周防佳澄だ。彼の望むものを作るのが筋だろう?彼がミヒロを受け取った時点でこの件は間宮の手を離れた。周防佳澄が望んでいるのは愛する者との生活だ。その相手は廣田一成じゃない。……今となっては、ね」
 杉崎は硝子越しに愛しい我が子に触れ、甘い溜め息を吐いた。
「ミヒロは十分に仕事をしてくれた。オレが彼に出会えたのは神の啓示だよ」
「杉崎さん、貴方、一体何を……」
「愛と恋の再現だよ」
「愛と、恋?」
「ココロって、愛って、なんだと思う?オレには分からない。そこで一つのアプローチを考えた。……恋だよ。恋が愛を生むんだ。ミヒロから得たデータを全てこの子に焼きつける。身体の状態を再現することで想いを再現するんだ。ココロを持ったヒューマノイドを、ヒトは無視出来ない。ヒューマノイドがヒトから虐げられる時代は終わるんだ」
 恍惚とした笑みを浮かべる杉崎の瞳には、硝子のベッドに眠るヒューマノイドの姿しか映っていない。篁は唇を噛みしめた。
「あの子は十分に仕事をしてくれた。お迎えに行って褒めてあげなくちゃね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

最高ランクの御曹司との甘い生活にすっかりハマってます

けいこ
恋愛
ホテルマンとして、大好きなあなたと毎日一緒に仕事が出来ることに幸せを感じていた。 あなたは、グレースホテル東京の総支配人。 今や、世界中に点在する最高級ホテルの創始者の孫。 つまりは、最高ランクの御曹司。 おまけに、容姿端麗、頭脳明晰。 総支配人と、同じホテルで働く地味で大人しめのコンシェルジュの私とは、明らかに身分違い。 私は、ただ、あなたを遠くから見つめているだけで良かったのに… それなのに、突然、あなたから頼まれた偽装結婚の相手役。 こんな私に、どうしてそんなことを? 『なぜ普通以下なんて自分をさげすむんだ。一花は…そんなに可愛いのに…』 そう言って、私を抱きしめるのはなぜ? 告白されたわけじゃないのに、気がづけば一緒に住むことになって… 仕事では見ることが出来ない、私だけに向けられるその笑顔と優しさ、そして、あなたの甘い囁きに、毎日胸がキュンキュンしてしまう。 親友からのキツイ言葉に深く傷ついたり、ホテルに長期滞在しているお客様や、同僚からのアプローチにも翻弄されて… 私、一体、この先どうなっていくのかな?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...