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機械仕掛けの愛しい子(佳澄視点)

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「周防さんはMIMIに乗られているとお聞きしました。ご購入のきっかけは?」
 東日本自動車連盟のオンラインメディア『カーウィズユー』のインタビューが決まり、佳澄は戸惑った。凝った車に乗っているのは本当だがそれは貰い物で……。案の定、のっけから車についての質問で、佳澄は言葉に詰まってしまった。
「僕のMIMIは、事務所の先輩から譲って頂いたクルマで。初めて見た時は興奮しました。こんなかっこいいクルマが僕のクルマ!?って。乗ってみて、自分の運転で行きたい場所に行けるのが新鮮で。今では僕の相棒です」
 苦し紛れに答えてインタビュアーの表情を窺う。彼はにこやかに相槌を打ってくれていて、佳澄は胸を撫で下ろした。
「縁あってのクルマなんですね。普段、どのような場所へドライブされますか?」
「そうですね……。現場は勿論なんですが、少し遠めのスーパーとか……」
 言葉の途中で、これはマズイ、と佳澄は頭を抱えた。車で行く場所と言えば、スーパー、ドラッグストア、仕事現場。インタビューのタイトルは『きょうはどこにいく?』。俺、どこにも行ってないじゃないか。
「お忙しいですよね。これから行きたい場所などありますか?」
 そんな佳澄の内心に気付いてか、インタビュアーは別の切り口を差し出してくれた。
「海……ですかね」
 佳澄の頭の中から、波打ち際ではしゃぐヒロが笑いかけてくる。
「冬の海なら温かい珈琲なんかテイクアウトして車の中から眺めてもいいし、夏なら波打ち際まで行って遊ばせてやりたいし……」
 口を滑らせてしまい、佳澄は周囲を見渡した。
「ワンちゃんを飼われていらっしゃるんですか?」
「最近、ヒューマノイドが家に来て。仕事柄、家にひとりで居させることばかりなので、休日くらいは息抜きさせてやりたいと思って……」
 ヒューマノイドが息抜き?インタビュアーは怪訝そうに瞳を瞬かせたけれど、瞬時に表情を引き締めた。
「ああ。そうだったんですね。他にどこか出かけたい場所はありますか?」
「山もいいし、島もいいですね。車窓からいろんな景色を見せてあげたいし……。それから、うちのは食い意地が張ってるんですよ。その土地の美味しいもの、腹いっぱいになるまで食べさせてやりたいですかね」
「なるほど。……行って楽しかった場所などは……」
「コトトコですね。妙に行きたがって。すごいはしゃぎようでしたよ。今も買い込んだパンで冷凍室がいっぱいで。あの時以上にクルマを持っていて良かったと思ったことはないですね……」
 佳澄ははたとする。これではクルマというよりヒューマノイドの記事になってしまうではないか。「……そうなんですか」優秀なインタビュアーも困惑している。
「車の中ってプライベートと外の世界を半々にした不思議な空間ですよね。そこからもっといろんな景色を見てみたいです。いつかはこれだと思うクルマを自分で購入して、カスタマイズもしてみたいですね。とはいえ今の愛車には満足してます。買いたいクルマが見つかるといいんですけど」
 照れくさそうに笑ってみせると、周囲の空気がようやくほどけた。「では、撮影入りまーす。周防さん、外に車を用意してあるのでこちらへ……」立ち上がりスタッフに従ってエレベーターに乗り込む。これは本当にマズイ。佳澄は眉間を押さえた。
 ヒロは自分にとって特別な存在だと、前々から気付いていた。
 けれどそれは友愛の意味で、二人の関係を前進させたいとかそういう気持ちはなかったはずなのに。
 抱き寄せて額にキスをしてしまった。それも待ちきれないとばかりに車の中で。
 ヒロがゲートをくぐろうとした時、自分は何を望んでいたのだろう。ゲートのブザーが鳴ってヒロが人間だと確認出来たら、自分はどうするつもりだったのだろう。
 結局ブザーは鳴らず、ヒロはヒューマノイドだということが裏付けられた。人間でもヒューマノイドでも、ヒロが特別な存在だということには変わりない。ただ、自分にしてくれたことが全てプログラムから来るものだと思うと、複雑な気持ちになるだけで……。
 触れて、想いが弾けた。上目遣いになると、ヒロの切れ長の瞳が光をまぶされてきらめく。小さな唇はまるで視線を集中させる為かのように赤くて、佳澄は生唾を飲んで耐えた。唇に落とすのを我慢した分、他の場所に口づけた。閉じた瞼を震わせて自分に身を委ねてくれたヒロ。……胸が苦しくなるほど可愛かった。
「窓から顔を出すような感じで……。はい、視線こっちに下さーい」
 佳澄は指示に従って窓に腕をかけカメラに視線を投げた。
 乗った車は黒のSUV。今乗っているものより随分大きい。助手席にヒロが座っているところを想像する。広々としていいかもしれない。でも今の車なら、もう少し近くにヒロを感じられる。
「その表情、いいですねー。今度はハンドル持って、ちょっとはにかんだ感じで!」
 やっぱり車の買い替えはしばらく止めておこう。佳澄はいつもより太いハンドルを握ってはにかんだ。


「マスター、見て下さい!バズってますよ!車のインタビュー!」
 佳澄が帰るなりタブレット片手に玄関へ飛んで来るヒロ。「ほら!」佳澄の目の前に広げられたのは先日のインタビュー記事。佳澄は「仕事だったんだから内容は知ってる」とヒロをかわした。
「恋人を見つめるような甘い眼差しがたまらないって……。アクセスが集中してサーバーがダウンしたそうです!マスター、すごい!」
 演技でなくインタビュー記事で名前が売れてしまうなんて釈然としない。佳澄は背中にしつこく着いて来るヒロの頬をつまんだ。
「お前はそんなもんばっか見て。ちゃんとノルマこなしてんのか?最近は何観た?」
「ち、違いますよ!検索してるのはマスターのことだけです。ちゃんと観てますよ。ええとですね、最近は……」
 ヒロは佳澄の傍を離れ、耳に馴染んだハミングを歌いはじめた。
 胸に回された彼の野獣の腕をそっと抱き、斜め上を見つめるヒロ。佳澄には何の作品なのか、どのシーンなのか、その仕種ではっきりと分かった。
「私たちふたり、似てるわ」
 ラ・ベルとビーストが一冊の本に視線を落として語り合うシーン。「どうして?」佳澄がビーストの台詞を挟めばヒロの瞳がらんとした。
「私の住む街じゃ、みんなが私のこと変わり者って言うの」
「君が?」
「だから、人と違うって気持ちが分かるの。……それがどれほど孤独かも」
 佳澄は我が目を疑う。ヒロがラ・ベルに見えたからだ。睫毛を上げる仕種から指先まで、完全にヒロインのそれだ。
「観たの?随分昔の舞台じゃないの、それ……」
「ティーカップ役、お似合いでしたよ。可愛いマスターが見られて楽しかったです」
 いたずらに微笑むヒロに佳澄は顔を顰めた。九歳の佳澄が『美女と野獣』のティーカップ役で挑んだ大舞台。舞台袖で何度涙をこぼしたか。それでも周りの先輩達に支えられて千秋楽まで演じ切った。
「間宮倫太郎は出てないはずだけど……」
「……そうですね」
 ヒロは柔らかく目尻を下げた。「ミセス・ポットに走り寄っていくマスターは最高に可愛い」熱っぽい声で呟かれ、佳澄は「真面目に観ろよ」とヒロの肩を軽く小突いた。
「人を信じるのに理由が必要か?」
 一瞬にして色が変わってしまうヒロの眼差し。佳澄は今度こそ目を瞠った。
「理由なんていらない。俺はお前を信じる!お前がどこにいようと、どんな姿になろうと、お前はお前だ」
 つい先月まで撮影していた特撮ドラマでの佳澄の台詞。朗々と演じるヒロに画面の中の自分が重なる。佳澄は思わず笑ってしまった。
「どこまで観たの?二十話くらい?」
 ヒロは自身に戻って「二十二話ですっ」と胸を張った。
「俺の作品ばっかり観てんじゃん。間宮倫太郎はいいの?」
 瞳をよく見たくてヒロの前髪を指先で払う。くすぐったそうに細められる目元が愛しい。佳澄は先日のヒロがしてくれたように、彼の頬に唇を落とした。
「マスターはかっこいいです。画面の中にいても、目の前にいてもかっこいいです。画面の中にいるマスターの声を聞くと、僕もその台詞を言ってみたくなる。画面の中のあなたになってみたくなる……。マスターは僕の……憧れです」
 これがプログラムなのだとしたら、なんて残酷なのだろう。
 それでも佳澄はヒロの言葉に心を動かされ、今度は額に口づけた。
 どうしてお前はヒューマノイドなんだ?
 顎に触れていた手を肩に、腕に、背中に、腰に沿わせる。こんなにあたたかくてこんなに柔らかいのに、中身は機械?冗談だろう?佳澄はたまらなくなってヒロのこめかみに頬擦りした。細い腰を掴んで引き寄せる。壁際まで追いつめて、首筋に唇を押し当てる。
「……っつ、……あ……」
 シャツのボタンを外すとヒロの薄い胸が露わになった。呼吸に合わせて膨らむ胸。佳澄はそこに、自身の耳を押しつけた。どく、どく、どく、どく……。鼓動の気配がする。その音に佳澄の胸は裂かれた。心臓の音まで……。
「ヒロ、お前、本当にヒューマノイドなの?」
 出した声はかすかに震えていた。ヒロが息を飲んだのが分かる。ああ、「嘘を吐いてごめんなさい」と言ってくれれば、どんなに……。
「ヒューマノイドですよ。……だからずっと傍に居ます」
 ヒロの声は優しくて、だからこそ佳澄の胸は一層しめつけられた。
「マスター、僕、あなたの傍に居られて、本当に幸せです」
 あの人に似ているからじゃない、入れ物など関係ない、俺はお前が――。
 佳澄はヒロがどこにも行かないようにと、彼を自身の腕の中に留め続けた。
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