17 / 18
二匹の獣(下)
しおりを挟む
心を重ねて、見つめ合う。
静の上着を寛げ素肌に触れる。焦れた身体は自分と同じように汗ばんでいて、それがこんなにも嬉しい。「脱いで、裸になってほしい」吐息交じりに囁けば、静は着ていた服を脱ぎ捨てた。
「傷、こんなに……」
逞しい体躯に走る無数の傷。切り傷や銃痕を指先で星座のように辿り、慈雨は静の膝へ乗り上げた。
傷の一つ一つに唇を落とす。きっと固く塞がって、二度と痛みませんように、静を苦しめませんように……。これ以上癒えることのないものだと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。
「醜いか」
「ううん」
「刺青の一つでも入れればマシになるかもしれない」
「何言ってるの。静の身体はこのままで十分かっこいいよ。そんなもの絶対に駄目」
静の真似をしてカプリと肩に噛みつけば、静は喉で笑って慈雨の背に腕を回した。
「貴方の身体は真っ白だな。それに、細くて薄い。腰なんか、掴むと折れてしまいそうだ」
両手で腰を掴まれ、きゅっと背が反る。するすると脇腹から腰、太ももまでを撫でられて、慈雨は性器の前に両手をついた。やっぱり、どうしたって恥ずかしい……。
「発情しているなら見せてくれ」
甘い囁きを首を振って突っぱねる。すると静は慈雨の両手を掴み上げ、シーツの上へひっくり返してしまった。
「あ、やだ、しずかぁ、駄目、見ちゃ駄目」
「おれも同じだから不安がるな。見られるのが恥ずかしい?」
膨れたそこに同じようになったものを擦り付けられ、慈雨の喉がひくりと震えた。「はず、かしい」絞り出すように告白すると、静の微笑みが頬をくすぐった。
「じゃあ、こうしよう」
身体を起こされ、背後に静が回り込む。「尻はシーツに着かずに、深くしゃがんで」背中越しに囁かれその通りにすれば、背後から伸びて来た手に両脚をぱかんと開かれてしまった。
「なにこれ、しずか、こんなのっ」
バランスを取るために開いた両脚の間へ両手をつく格好になり、慈雨の耳元がカッと熱くなった。露になった尻のすぼまりに静の指先が触れ、蕾を崩すように揺すられる。ほんの少しの刺激で入り口はいたいけなほど喰い締まり、慈雨は背筋を燃やした。
「ここにおれのものを挿れると交尾になる。慈雨、分かるか?」
「子ども扱いしないでくれっ。そんなこと知ってる、だから早くっ……」
「このままじゃ痛いし、おれのものも入らない」
潤いを纏った指がすぼまりの周囲を円を描くように撫でる。慈雨は脚の間に揃えた両手でシーツを握りしめ、噛んだ唇の隙間から吐息をこぼした。潤いを足された指がすぼまりの縁に馴染む頃、静の吐息が慈雨の耳元へ吹きかかった。「うわっ、」耳殻を甘噛みされ驚いていると、気の綻びを狙って静の指が中へと潜っていった。履いたままの白足袋の中で爪先がきゅっと力む。
「ンッ……!」
指先だけでも十分な存在感がある。慈雨は踏ん張ったようになった両脚を緊張させ、うち震わせた。「慈雨」呼ばれても振り向けない。滴るほどの潤いを新しくまぶされた指が繰り返し入り口をくぐっては抜けていく。
「慈雨、おれを見て。キスしよう」
甘美な誘いに抗えず振り向くとすぐさま唇を吸われ、指が更に奥へ潜って行く。脚の間に揃えていた両手は前へとずれ、次第に尻を突き出すような格好になり、慈雨はキスの合間に喘ぐのに必死になった。力んで狭くなった中を長く太い指で丁寧に拡げられ、前が涎を垂らし始める。
「あ、しずか、くるしいぃ……」
「仰向けになるか?その方が楽だ」
「ん、だって、はずかし、だめぇ」
そそり立つ性器を見られるのと、「おすわり」のような格好で後ろをほぐされるのとでは、どちらが恥ずかしいのだろうか。深く考える余裕もなく浅い息を繰り返していると、静の指先が向きを変えて慈雨の腹の中を擦り上げた。
「ひゃっ……!」
羞恥で丸まっていた背に電流が駆け上がり背中が反る。ずくんずくんと前が疼き、慈雨は糸を垂らした自身のものを疑るように見つめた。どうしてこんなに切ないの、どうしてこんなに気持ちいいの……。
「そのまま、背中は真っ直ぐに……」
後ろから前から静の手が伸びて、慈雨の性感が両端から逃げ場を失くす。ゆっくりと前を扱かれながら、後ろは入り口から奥まで一定の速度で抜き挿しされ、慈雨はただシーツを握りしめて熱い涙を散らした。
「しずかぁ、しずか、あぁ、ン、しずかぁ~……っ」
「慈雨、おれはここにいる」
「さびしい、しずか、こっちにきて」
口走り、慈雨はハッとした。
さびしい。
かつて深くに埋めたはずの言葉が静の前でするりと滑り出て、慈雨は開いたままの唇を震わせた。
さびしい。さびしかった。もう、ずっと。
確認してはならない感情が胸の中で渦巻き、嵐になろうとする。真っ暗なブラックホールに熱も心も吸い込まそうになったその時、熱い両手が慈雨を引き寄せ柔らかく抱いた。
「おれはずっと、慈雨の傍にいる」
暗闇が求心力を徐々に失い、散っていく。
ずっと望んでいたものが今ここにあることに気付き、慈雨は身を翻した。腕を伸ばし互いを引き寄せ、唇を重ね、肌を擦り合わせる。「しずか、やだ、いかないで」熱に浮かされたような慈雨の言葉に、静は「おれはどこにもいかない」と言って涙を拭ってくれた。
「静が欲しい」
うち震えた、けれど確かな願いに、静は頷いた。
仰向けになり両脚を開くと、静の熱が濡れそぼったすぼまりを撫でていった。はあ、はあ、はあ、と、互いの息のタイミングまで重なって、二人でかすかに微笑む。静の熱が慈雨の中へと沈んでいく。
「う……、ぅう……っ」
重く、熱く、脈打つもの。静そのものが慈雨の後孔を広げ、貫いて行く。肉体と共に、心も刺し抜かれる。静の熱。慈雨の熱。交わって、絡まり合って、蕩けて、一つになる。
「あっ、はあ、はあ、はぁ~……、っく、はあ、あぁ~っ……、」
感じる場所を穏やかに擦られ、慈雨はそのたびに長い吐息を滴らせた。落ち着きなく揺れている尻尾も、ぴくぴくとうち震えている耳も、全部愛おしい。静と一つになると、切なくて、嬉しくて、愛しくて、たまらなく気持ちいい。
「痛くないか?」
慈雨の額の汗を拭いながら尋ねた静の額にも汗が浮いている。普段でも体温の高い彼はいま、触れれば火傷しそうに熱くなっていて、慈雨の理性がその熱に炙られていく。ゆるりと首を振って静の腰に脚を絡めると、静は「無理するな」と言って慈雨の脇腹を宥めるように撫でた。
「番に、なれた?おれ、静とずっと一緒にいられる?おれたち、もうずっと一つになって離れない?」
確かな安寧が欲しくて、慈雨は矢継ぎ早に問うた。
番の契は、証人のある血の契とは違う。身体と心で繋がって、けれどそこに確かな証はない。
不確かなもので、けれど確かに結ばれたことを感じて、慈雨は苦しくなった。証が欲しい。自分と静が結ばれてもう離れないのだという、その証が。
緩やかな律動が深くなっていく。スピードはそのまま、けれど奥の奥まで穿たれる。頭をかくかくと揺さぶりながら喘いでいると、静の牙が慈雨の肩へ食い込んだ。
「ぁあっ!」
ぶつ、と鋭いものが肌を裂き、慈雨は四肢をばたつかせた。肩から唇を離した静の表情を確かめれば、彼は慈雨の薄く開いた唇へ指を滑りこませた。
口を開けろ。
仕種からそう聞こえて、慈雨は唇を開いた。
静の舌から、慈雨の血を纏った唾液が滴る。血の匂い、甘い肌の気配、そんなものを内包した温かくぬるついたものが慈雨の舌に落ちて、次いであふれるかのように、充血しきった慈雨の陰茎からも先走りが伝った。
静が自分のために血の契を再現している。そう感じると胸が熱くなり、慈雨は静を待ちきれなくなった。静の両頬を両手で引きつけ、口の中へ舌を滑りこませ、貪り尽くす。その最中、慈雨は静の下唇を思い切り噛んだ。
「ン、」
血を吸われ小さく呻いた獣が愛しい。慈雨は体重をかけて体勢を反転させ、静の膝へと乗り上げた。
「あ……、」
慈雨は舌の上で転がした唾液を静の咥内へと垂らした。犬歯の目立つ歯列に果実のような舌。それらが慈雨の唾液を揉むように味わった。
「来て、しずか、はやく」
組み敷かれ、指を深く絡ませ手を繋ぎ、深く熱く繋がる。肩の噛み痕がじんと疼き、今にも気をやってしまいそうな慈雨をこちら側へ引き止めた。中を押し広げたものが出て行こうとするたびに後孔が喰い締まり、腰が浮く。いっちゃだめ、もっといて、ここにいて……。
「また、またこうしてくれる?」
未熟なこの身体では静の全てを受け止めることができず歯がゆくて、けれどこれ以上欲しがればきっと壊れてしまう。果ててもいないというのに、慈雨は急き立てて来る性感に突き動かされて口走った。
「アッ、う、しずか、ごめ、まだ、ぜんぶ、じゃない、のに、来ちゃう」
「いい。おれのことは気にするな」
「ま、まだしたい、やめないで、イってもやめちゃ駄目」
「これから何度でもこうしよう。いい子だからぐずるな」
「やだぁ、やだ、しずか、もっとして、してぇ、」
頭を撫でられて、唇を優しく啄まれて、静に宥められながら果てる。
下ろした瞼の奥に光が散る。ぱちぱちと細かく爆ぜたその光は白くて熱い。そのうちにもっと熱いものが慈雨の中で迸り、慈雨は両脚を深く開いた。静の陰茎の根元が固く膨れ、けれど静はそれを慈雨の中に埋めようとはしなかった。火照った身体を押し付け合うと、二つ分の鼓動が互いの肌を打った。
寂しさが手元を離れていくのが分かった。その寂しさはしばらくするとまたこの心へ戻って来るのだということも、分かった。
それでも静はここにいる。この腕の中に、確かに。そして自分もここにいる。静の腕の中に、確かに。
「しずか、はなさないで」
この期に及んでまだそんなことを言っている慈雨に、静はいつもと変わらない真摯さで頷いた。
慈雨の意識が優しく途切れる。愛しい温もりは、慈雨の傍を片時も離れなかった。
「あれじゃ逆じゃないか」
夕暮れのベッドの中、慈雨は掠れた声で静を詰った。静は慈雨の肩に布団を引き寄せ、「逆だったか」とふくれた頬を指先で擽った。
「血の契は互いの血を酒に混ぜて交換するんだから、さっきのは……、」
気恥ずかしくて、つっけんどんな調子になってしまう。慈雨は開けば強がろうとする口を噤み、寝返りを打った。
「紋付の袴を着て手順通りに盃を交わすのが貴方の望みだったか?」
意地悪な問いが柔らかな声音で紡がれる。旋毛から、項、肩、背筋……。熱い唇で素肌をなぞられると胸が震えた。「意地悪」身を捩らせ文句を言っても、裸の背に微笑みの気配が触れるだけ。負けず嫌いが顔を出し、慈雨は静を振り返った。
「おまえこそ、本当は梢のように求められたいんじゃないのか」
愛しい主人に奪うように全てを求められ、それに応えた梢。ヒトの組員の間では許されざる謀反とされている出来事も、イヌたちの間では泡沫の恋物語のように語られている。仕えるために育て上げられたイヌたちは皆、大なり小なり梢が抱えていたような衝動を持て余している。
静、おまえも本当は……。そんな不安が、あの日から慈雨の心に留まっている。
「慈雨にああされたら、たまらないかもしれないな」
静は慈雨の不安を受け止める一方で、どこか遠くを見つめた。慈雨は静の意識をこのベッドに繋ぎ止めたくて、彼の唇に自身の唇を押し付けた。静の真似をして何度も角度を変えて口づければ襟足を混ぜるように撫でられ、瞼がじんと熱くなった。
「イヌは皆、ああいう主人を持って主従の鎖で固く結ばれたいと願ってる。……望さんと結ばれた梢は強かった」
静の淡い溜息が慈雨の心を締め付けた。敵対したとしても、静と梢の間には独特のシンパシーがあって、けれどヒトの慈雨にはそれを理解することができない。梢は「二人を見ていると二度失恋したような気分になる」と言っていたが、慈雨だって静と梢を見ていると胸がざわつくことがあった。何気ない仕種から相手の心を感じ取り、言葉にせずとも通じ合える、そんな二人が羨ましかった。
「梢は幸せだったのかな」
「あんなに必死な梢を見るのは初めてだった。そういう梢は、幸せそうにも見えた」
望と梢を包んだ炎は二人そのもので、慈雨の脳裏にははっきりとその金赤の炎が焼き付いている。悟を愛した望、そんな望を愛した梢。望は梢の願いを取りこぼさなかった。もう自分のイヌにつらい思いはさせたくないと、そう思っていたのだろう。
「望は悟さんを愛していたけど、梢のことだって、愛していたんだよね」
静は頷いたけれど、不器用な彼が慈雨のためにそうしたのは明白で、慈雨の胸が寂しさと愛しさでない交ぜになった。
「おれたちに必要なものは、おれたちが決めればいい」
静はいつかの慈雨の言葉を紡いだ。頷きを返せば唇を啄まれ、胸がきゅうっと引き絞れた。
「おまえはおれが死んでもずっと傍にいると言ったけど、どうしようもなくなって二人で死ぬしかなくなったら、おれを先に殺して、すぐに後を追って」
麻痺のヴェールを越えたくて静の左手をきつく握りしめる。前よりも拙い動きになった手指が、それでも慈雨の手を握り返した。
「あの世でかくれんぼはなしだからな」
その言葉が、どれだけおれを安心させるのかを、静は知っているのだろうか。
慈雨は滲み始めた視界に帳を下ろして静に口づけた。舌に感じる粘膜の温み、胸についた手のひらに感じる鼓動、素肌から漂う血潮の気配。静は、生きている。
静を守りたい。
脆く弱い自分を知ってもなお、慈雨はそう願わずにはいられなかった。
悟を失った望の心が今なら分かる気がした。番を得て強くなった分だけ脆くなるのはイヌだけではなかったのだと今になって気付いて、慈雨は自嘲気味に笑った。
「おれも獣だったみたい」
「知ってるよ。貴方はおれが出会った中で、最も美しい獣だ」
獣は二匹、抱きしめ合って眠った。
夢か現か、二匹の頭上へ桜の花びらが舞い落ちる。慈雨は静の毛並みについた花びらごと、彼の頭を撫でてやった。
静の上着を寛げ素肌に触れる。焦れた身体は自分と同じように汗ばんでいて、それがこんなにも嬉しい。「脱いで、裸になってほしい」吐息交じりに囁けば、静は着ていた服を脱ぎ捨てた。
「傷、こんなに……」
逞しい体躯に走る無数の傷。切り傷や銃痕を指先で星座のように辿り、慈雨は静の膝へ乗り上げた。
傷の一つ一つに唇を落とす。きっと固く塞がって、二度と痛みませんように、静を苦しめませんように……。これ以上癒えることのないものだと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。
「醜いか」
「ううん」
「刺青の一つでも入れればマシになるかもしれない」
「何言ってるの。静の身体はこのままで十分かっこいいよ。そんなもの絶対に駄目」
静の真似をしてカプリと肩に噛みつけば、静は喉で笑って慈雨の背に腕を回した。
「貴方の身体は真っ白だな。それに、細くて薄い。腰なんか、掴むと折れてしまいそうだ」
両手で腰を掴まれ、きゅっと背が反る。するすると脇腹から腰、太ももまでを撫でられて、慈雨は性器の前に両手をついた。やっぱり、どうしたって恥ずかしい……。
「発情しているなら見せてくれ」
甘い囁きを首を振って突っぱねる。すると静は慈雨の両手を掴み上げ、シーツの上へひっくり返してしまった。
「あ、やだ、しずかぁ、駄目、見ちゃ駄目」
「おれも同じだから不安がるな。見られるのが恥ずかしい?」
膨れたそこに同じようになったものを擦り付けられ、慈雨の喉がひくりと震えた。「はず、かしい」絞り出すように告白すると、静の微笑みが頬をくすぐった。
「じゃあ、こうしよう」
身体を起こされ、背後に静が回り込む。「尻はシーツに着かずに、深くしゃがんで」背中越しに囁かれその通りにすれば、背後から伸びて来た手に両脚をぱかんと開かれてしまった。
「なにこれ、しずか、こんなのっ」
バランスを取るために開いた両脚の間へ両手をつく格好になり、慈雨の耳元がカッと熱くなった。露になった尻のすぼまりに静の指先が触れ、蕾を崩すように揺すられる。ほんの少しの刺激で入り口はいたいけなほど喰い締まり、慈雨は背筋を燃やした。
「ここにおれのものを挿れると交尾になる。慈雨、分かるか?」
「子ども扱いしないでくれっ。そんなこと知ってる、だから早くっ……」
「このままじゃ痛いし、おれのものも入らない」
潤いを纏った指がすぼまりの周囲を円を描くように撫でる。慈雨は脚の間に揃えた両手でシーツを握りしめ、噛んだ唇の隙間から吐息をこぼした。潤いを足された指がすぼまりの縁に馴染む頃、静の吐息が慈雨の耳元へ吹きかかった。「うわっ、」耳殻を甘噛みされ驚いていると、気の綻びを狙って静の指が中へと潜っていった。履いたままの白足袋の中で爪先がきゅっと力む。
「ンッ……!」
指先だけでも十分な存在感がある。慈雨は踏ん張ったようになった両脚を緊張させ、うち震わせた。「慈雨」呼ばれても振り向けない。滴るほどの潤いを新しくまぶされた指が繰り返し入り口をくぐっては抜けていく。
「慈雨、おれを見て。キスしよう」
甘美な誘いに抗えず振り向くとすぐさま唇を吸われ、指が更に奥へ潜って行く。脚の間に揃えていた両手は前へとずれ、次第に尻を突き出すような格好になり、慈雨はキスの合間に喘ぐのに必死になった。力んで狭くなった中を長く太い指で丁寧に拡げられ、前が涎を垂らし始める。
「あ、しずか、くるしいぃ……」
「仰向けになるか?その方が楽だ」
「ん、だって、はずかし、だめぇ」
そそり立つ性器を見られるのと、「おすわり」のような格好で後ろをほぐされるのとでは、どちらが恥ずかしいのだろうか。深く考える余裕もなく浅い息を繰り返していると、静の指先が向きを変えて慈雨の腹の中を擦り上げた。
「ひゃっ……!」
羞恥で丸まっていた背に電流が駆け上がり背中が反る。ずくんずくんと前が疼き、慈雨は糸を垂らした自身のものを疑るように見つめた。どうしてこんなに切ないの、どうしてこんなに気持ちいいの……。
「そのまま、背中は真っ直ぐに……」
後ろから前から静の手が伸びて、慈雨の性感が両端から逃げ場を失くす。ゆっくりと前を扱かれながら、後ろは入り口から奥まで一定の速度で抜き挿しされ、慈雨はただシーツを握りしめて熱い涙を散らした。
「しずかぁ、しずか、あぁ、ン、しずかぁ~……っ」
「慈雨、おれはここにいる」
「さびしい、しずか、こっちにきて」
口走り、慈雨はハッとした。
さびしい。
かつて深くに埋めたはずの言葉が静の前でするりと滑り出て、慈雨は開いたままの唇を震わせた。
さびしい。さびしかった。もう、ずっと。
確認してはならない感情が胸の中で渦巻き、嵐になろうとする。真っ暗なブラックホールに熱も心も吸い込まそうになったその時、熱い両手が慈雨を引き寄せ柔らかく抱いた。
「おれはずっと、慈雨の傍にいる」
暗闇が求心力を徐々に失い、散っていく。
ずっと望んでいたものが今ここにあることに気付き、慈雨は身を翻した。腕を伸ばし互いを引き寄せ、唇を重ね、肌を擦り合わせる。「しずか、やだ、いかないで」熱に浮かされたような慈雨の言葉に、静は「おれはどこにもいかない」と言って涙を拭ってくれた。
「静が欲しい」
うち震えた、けれど確かな願いに、静は頷いた。
仰向けになり両脚を開くと、静の熱が濡れそぼったすぼまりを撫でていった。はあ、はあ、はあ、と、互いの息のタイミングまで重なって、二人でかすかに微笑む。静の熱が慈雨の中へと沈んでいく。
「う……、ぅう……っ」
重く、熱く、脈打つもの。静そのものが慈雨の後孔を広げ、貫いて行く。肉体と共に、心も刺し抜かれる。静の熱。慈雨の熱。交わって、絡まり合って、蕩けて、一つになる。
「あっ、はあ、はあ、はぁ~……、っく、はあ、あぁ~っ……、」
感じる場所を穏やかに擦られ、慈雨はそのたびに長い吐息を滴らせた。落ち着きなく揺れている尻尾も、ぴくぴくとうち震えている耳も、全部愛おしい。静と一つになると、切なくて、嬉しくて、愛しくて、たまらなく気持ちいい。
「痛くないか?」
慈雨の額の汗を拭いながら尋ねた静の額にも汗が浮いている。普段でも体温の高い彼はいま、触れれば火傷しそうに熱くなっていて、慈雨の理性がその熱に炙られていく。ゆるりと首を振って静の腰に脚を絡めると、静は「無理するな」と言って慈雨の脇腹を宥めるように撫でた。
「番に、なれた?おれ、静とずっと一緒にいられる?おれたち、もうずっと一つになって離れない?」
確かな安寧が欲しくて、慈雨は矢継ぎ早に問うた。
番の契は、証人のある血の契とは違う。身体と心で繋がって、けれどそこに確かな証はない。
不確かなもので、けれど確かに結ばれたことを感じて、慈雨は苦しくなった。証が欲しい。自分と静が結ばれてもう離れないのだという、その証が。
緩やかな律動が深くなっていく。スピードはそのまま、けれど奥の奥まで穿たれる。頭をかくかくと揺さぶりながら喘いでいると、静の牙が慈雨の肩へ食い込んだ。
「ぁあっ!」
ぶつ、と鋭いものが肌を裂き、慈雨は四肢をばたつかせた。肩から唇を離した静の表情を確かめれば、彼は慈雨の薄く開いた唇へ指を滑りこませた。
口を開けろ。
仕種からそう聞こえて、慈雨は唇を開いた。
静の舌から、慈雨の血を纏った唾液が滴る。血の匂い、甘い肌の気配、そんなものを内包した温かくぬるついたものが慈雨の舌に落ちて、次いであふれるかのように、充血しきった慈雨の陰茎からも先走りが伝った。
静が自分のために血の契を再現している。そう感じると胸が熱くなり、慈雨は静を待ちきれなくなった。静の両頬を両手で引きつけ、口の中へ舌を滑りこませ、貪り尽くす。その最中、慈雨は静の下唇を思い切り噛んだ。
「ン、」
血を吸われ小さく呻いた獣が愛しい。慈雨は体重をかけて体勢を反転させ、静の膝へと乗り上げた。
「あ……、」
慈雨は舌の上で転がした唾液を静の咥内へと垂らした。犬歯の目立つ歯列に果実のような舌。それらが慈雨の唾液を揉むように味わった。
「来て、しずか、はやく」
組み敷かれ、指を深く絡ませ手を繋ぎ、深く熱く繋がる。肩の噛み痕がじんと疼き、今にも気をやってしまいそうな慈雨をこちら側へ引き止めた。中を押し広げたものが出て行こうとするたびに後孔が喰い締まり、腰が浮く。いっちゃだめ、もっといて、ここにいて……。
「また、またこうしてくれる?」
未熟なこの身体では静の全てを受け止めることができず歯がゆくて、けれどこれ以上欲しがればきっと壊れてしまう。果ててもいないというのに、慈雨は急き立てて来る性感に突き動かされて口走った。
「アッ、う、しずか、ごめ、まだ、ぜんぶ、じゃない、のに、来ちゃう」
「いい。おれのことは気にするな」
「ま、まだしたい、やめないで、イってもやめちゃ駄目」
「これから何度でもこうしよう。いい子だからぐずるな」
「やだぁ、やだ、しずか、もっとして、してぇ、」
頭を撫でられて、唇を優しく啄まれて、静に宥められながら果てる。
下ろした瞼の奥に光が散る。ぱちぱちと細かく爆ぜたその光は白くて熱い。そのうちにもっと熱いものが慈雨の中で迸り、慈雨は両脚を深く開いた。静の陰茎の根元が固く膨れ、けれど静はそれを慈雨の中に埋めようとはしなかった。火照った身体を押し付け合うと、二つ分の鼓動が互いの肌を打った。
寂しさが手元を離れていくのが分かった。その寂しさはしばらくするとまたこの心へ戻って来るのだということも、分かった。
それでも静はここにいる。この腕の中に、確かに。そして自分もここにいる。静の腕の中に、確かに。
「しずか、はなさないで」
この期に及んでまだそんなことを言っている慈雨に、静はいつもと変わらない真摯さで頷いた。
慈雨の意識が優しく途切れる。愛しい温もりは、慈雨の傍を片時も離れなかった。
「あれじゃ逆じゃないか」
夕暮れのベッドの中、慈雨は掠れた声で静を詰った。静は慈雨の肩に布団を引き寄せ、「逆だったか」とふくれた頬を指先で擽った。
「血の契は互いの血を酒に混ぜて交換するんだから、さっきのは……、」
気恥ずかしくて、つっけんどんな調子になってしまう。慈雨は開けば強がろうとする口を噤み、寝返りを打った。
「紋付の袴を着て手順通りに盃を交わすのが貴方の望みだったか?」
意地悪な問いが柔らかな声音で紡がれる。旋毛から、項、肩、背筋……。熱い唇で素肌をなぞられると胸が震えた。「意地悪」身を捩らせ文句を言っても、裸の背に微笑みの気配が触れるだけ。負けず嫌いが顔を出し、慈雨は静を振り返った。
「おまえこそ、本当は梢のように求められたいんじゃないのか」
愛しい主人に奪うように全てを求められ、それに応えた梢。ヒトの組員の間では許されざる謀反とされている出来事も、イヌたちの間では泡沫の恋物語のように語られている。仕えるために育て上げられたイヌたちは皆、大なり小なり梢が抱えていたような衝動を持て余している。
静、おまえも本当は……。そんな不安が、あの日から慈雨の心に留まっている。
「慈雨にああされたら、たまらないかもしれないな」
静は慈雨の不安を受け止める一方で、どこか遠くを見つめた。慈雨は静の意識をこのベッドに繋ぎ止めたくて、彼の唇に自身の唇を押し付けた。静の真似をして何度も角度を変えて口づければ襟足を混ぜるように撫でられ、瞼がじんと熱くなった。
「イヌは皆、ああいう主人を持って主従の鎖で固く結ばれたいと願ってる。……望さんと結ばれた梢は強かった」
静の淡い溜息が慈雨の心を締め付けた。敵対したとしても、静と梢の間には独特のシンパシーがあって、けれどヒトの慈雨にはそれを理解することができない。梢は「二人を見ていると二度失恋したような気分になる」と言っていたが、慈雨だって静と梢を見ていると胸がざわつくことがあった。何気ない仕種から相手の心を感じ取り、言葉にせずとも通じ合える、そんな二人が羨ましかった。
「梢は幸せだったのかな」
「あんなに必死な梢を見るのは初めてだった。そういう梢は、幸せそうにも見えた」
望と梢を包んだ炎は二人そのもので、慈雨の脳裏にははっきりとその金赤の炎が焼き付いている。悟を愛した望、そんな望を愛した梢。望は梢の願いを取りこぼさなかった。もう自分のイヌにつらい思いはさせたくないと、そう思っていたのだろう。
「望は悟さんを愛していたけど、梢のことだって、愛していたんだよね」
静は頷いたけれど、不器用な彼が慈雨のためにそうしたのは明白で、慈雨の胸が寂しさと愛しさでない交ぜになった。
「おれたちに必要なものは、おれたちが決めればいい」
静はいつかの慈雨の言葉を紡いだ。頷きを返せば唇を啄まれ、胸がきゅうっと引き絞れた。
「おまえはおれが死んでもずっと傍にいると言ったけど、どうしようもなくなって二人で死ぬしかなくなったら、おれを先に殺して、すぐに後を追って」
麻痺のヴェールを越えたくて静の左手をきつく握りしめる。前よりも拙い動きになった手指が、それでも慈雨の手を握り返した。
「あの世でかくれんぼはなしだからな」
その言葉が、どれだけおれを安心させるのかを、静は知っているのだろうか。
慈雨は滲み始めた視界に帳を下ろして静に口づけた。舌に感じる粘膜の温み、胸についた手のひらに感じる鼓動、素肌から漂う血潮の気配。静は、生きている。
静を守りたい。
脆く弱い自分を知ってもなお、慈雨はそう願わずにはいられなかった。
悟を失った望の心が今なら分かる気がした。番を得て強くなった分だけ脆くなるのはイヌだけではなかったのだと今になって気付いて、慈雨は自嘲気味に笑った。
「おれも獣だったみたい」
「知ってるよ。貴方はおれが出会った中で、最も美しい獣だ」
獣は二匹、抱きしめ合って眠った。
夢か現か、二匹の頭上へ桜の花びらが舞い落ちる。慈雨は静の毛並みについた花びらごと、彼の頭を撫でてやった。
20
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる