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コンプレックスを飼い慣らせ

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「まっじでごめんね! ほぉおんと助かるっ!」
 ハッピ姿のマサさんは、両手を合わせて茜と雪乃を拝んだ。
 商店街の土曜夜市は夏の風物詩。かき氷の屋台を出す予定だったマサさんの店では、時期外れのインフルエンザが流行り、今復活しているのはマサさん一人。事情を聞きつけた雪乃が茜に声を掛け、茜はハッピに袖を通していた。
「茜、ごめん。マサさんが困ってんの、ほっとけなくて」
「ぜんぜんだいじょーぶ! バイトの経験はないけど、したいとは思ってたんだ。かき氷も食べたかったから、営業終わったらここの買って帰ろうかなって。……って、そーゆーのマズいかな?」
 雪乃に尋ねると、店の奥からマサさんが飛び出し、「ぜんぜんいいっ! 三個でも五個でもタダで持って帰っていいからっ! 広尾君、貴重な夏休みにごめんねっ! ほんとありがとーっ!」と感謝の雄叫びを上げた。
「だってさ。注文の受付とか代金のやりとりはおれがやるから、茜は削った氷を器に乗っけてお客さんに出して。シロップはセルフでかけ放題だから、そこはお客さんに任せて」
 その言葉とは裏腹に、夜市の客入りはすさまじく、かき氷を器に乗せるだけでもてんてこまいになってしまった。
「うあ、うぁああん!」
「あっ、やだ、リン君、かき氷こぼしちゃったの?」
 店頭では転んだ男の子が大泣きし、雪乃の前には注文を待つ長蛇の列、茜には大量の注文が溜まっていく。そこへ氷を取りに行っていたマサさんが舞い戻り、男の子を抱き起こした。
「大丈夫かぁっ? 痛いとこ、ない? かき氷、新しいの削るからもう泣くなよーっ。ほら、おいちゃんの光る腕輪あげるから、ここで待っててっ!」
 ピカピカ光る腕輪を男の子の腕に通し、男の子が鼻を啜っている間にかき氷を削り、男の子だけでなくお母さんにまでかき氷のサービス。マサさんのあまりの手際の良さに、列から拍手が沸き起こった。
「シロップどれにする? おいちゃんがかけたげる!」
 あっという間に、男の子もお母さんもにこにこになってしまった。去って行く親子に手を振ると、マサさんは猛然とお客さんをさばき始めた。
「おれら、いる意味あったん……」
 ピークを過ぎ、雪乃が呟く。マサさんは雪乃と茜にかき氷を差し出した。「助かってるに決まってる! 二人がいるから氷を取りに行けるんだよ! ほら! 休憩しな!」二人はマサさんの気遣いを受け取り、店の裏で腰を下ろした。
「マサさん、接客業、天職だよね……」
「だな。けどさ、茜も手際良いよ。あんだけ来たら待たせちゃうの当然だから、気にしないで」
「あんだけ並んじゃったのは、雪乃効果なのかな?」
「分かんない。CLOSET、おれのなんか誰も見ないだろって顔出ししてたけど、ちょっと後悔してる。最近、この店にもおれを探しに来る人がいるみたい。だけど、CLOSETを始めてよかったこともあるから。ブランドの立ち上げにモデルとして関わったり、服好きな人と繋がれたり。だから、はじめてみればって背中押してくれたマサさんには感謝してる」
 雪乃は軽やかに笑った。出会った頃には、こんな表情を見られるなんて思いもしなかった。
「雪乃ってすごいね。好きなことに一直線って感じ」
「別に、そんなことないけど……。中学の頃よりはウジウジしなくなったかな。かっこいい服見ても、どうせ自分にはって、手に取りもしなかった」
「え? うそ? こんなおしゃれなのに?」
「どうでもいいことでこじれちゃってたね、あの頃は」
 雪乃は自嘲気味に笑い、「好きなことに一直線なのは茜の方でしょ」と、茜を指差した。
「え? おれ?」
「一直線じゃなかったら、入学式にネクタイ蝶々結びにしてこないでしょ。おれから見た茜は、自分の強みを分かってて、それを前面に押し出して、見てー! って感じで。おれ、そういう茜を見て、なんか悔しかった。おれ、なんでこんなウジウジしてんだろって。したいカッコすりゃいいじゃんって」
 どこか挑発的な視線に、匙を食むのを忘れる。遅れて、耳元がカーッと熱くなった。「王子様に見つけてもらわなきゃ!」なんて張り切っていただけの自分が、そんなふうに見られていたなんて。
「あはは。茜って意外と照れ屋だよな。でも、兄貴とかマサさんとか、カルチャーに根差したガッチガチのファッションばっか見てきたおれには、茜が純粋にファッションを楽しんでる姿が新鮮だったんだよ」
「ただ単に、コンプレックスのかたまりってだけ! 雪乃なんか、おしゃれが高じて仕事にできそうなくらいじゃん。それにひきかえ、おれは……」
 いけない。おれ、自分勝手に卑屈になって……。雪乃を確かめると、彼は懐かしいものでも見るように目を細めた。
「茜って、明るいのに自己肯定感は低めだよね。でも、明るくて自信たっぷりなヤツより、断然おもしろいよ、その方が」
 思わぬ言葉に「ええ?」と声を裏返すと、雪乃は笑った。
「スタイルもセンスもいい人より、コンプレックスを強みに変えられる人の方が少ないんじゃない? 茜、二年になってから、そばかす隠さなくなったよね? メイクもナチュラルになって、それが茜のファッションによく合ってる。そばかすが茜に味方してる感じ」
 そんなことまで気付かれていたなんて。茜は頬を両手で隠した。
「隠してたの、いつから気付いてたの?」
「おれ、姉貴もいるし、自分もメイクするから気付けたんだと思う。茜、メイク上手いよ。最初はそばかすの方がメイクなのかと思ったもん。……メイクには、センスだけじゃなく技術やロジックが必要だろ。学びってやつだよ、それは。ファッションもメイクも、茜は自分で学んでそれを形にできるからすごいよ。もっと自分に自信もっていいって」
 胸から込み上げた感情で、喉元が熱くなった。「ありがと……」「どういたしまして」いたずらっぽく笑う彼をいつもより傍に感じ、鼓動が忙しなくなっていく。
「雪乃は進路決めた?」
「服を着るってことより、服そのものに興味があるから、服飾の専門に進むつもり」
 雪乃も進路決めてるんだ……。心細さを誤魔化すように匙を食むと、ポンと背中を叩かれた。
「茜は今の気持ちをたいせつにして。焦んないでいい、大丈夫だから」
 胸の中の靄が、その声に宥められて落ち着く。茜はもう一度、雪乃の横顔に向かって「ありがとう」と言った。
茜は行き交う人波を眺めた。
 カップル、多いな……。
 楽しそうに歩いているカップルを見ると、胸が切なくなる。茜は視線を足元に落とした。
「小林君と、どっか出かけたりした?」
 雪乃は横目で茜を打見し、「いや、久住君とは、ああいう感じになっちゃったから、小林君とは会えてんのかなって……」と、もごもご言った。
「紫苑とは、あの後ちゃんと仲直りしたよ。心配してくれて、ありがと」
「そうなんだ、よかったね」
 淡泊な返事のわりに表情はホッとしていて、こちらの心も緩む。
「小林とは会えてない。花火大会も、誘ったんだけど断られちゃった」
「えっ」
 バッとこちらを向いた雪乃に、茜は「ケンカしたとか、そういうわけじゃなくて」と、慌てて付け足した。
 あの後、紫苑も優成も精一杯に茜を慰めてくれた。新も、茜がたいせつだからそうするんだと伝えてくれた。嫌われたわけじゃない、だいじに想ってくれている、けれど心は沈む。
 これで邪魔をしなくて済む。自分にそう言い聞かせてみても、ほんとうの意味では腑に落ちない。あれが、ほんとうに、小林の本音なのだろうか。
「お盆だし、なんか、家の用事とか、」
 雪乃は茜を慰めようとして、けれど、途中で押し黙った。茜もまた、笑みを保ったまま俯いた。そんな二人の背後から、マサさんがヌッと現れた。
「そんな彼氏! 置いといてさあ! 二人で行きなっ!?」
 マサさんの熱気を遮断するかのように、雪乃は瞼を下ろした。「おいっ! あからさまに無視すんなっ!」マサさんは二人の間に割って入り、茜の肩を抱いた。
「広尾君っ。良い男なんか、い~っぱいいるからさっ! 他に目を向けてみなよ! 意外と近くにいるかもしんないよ!?」
「マサさん、声でかい。耳元で喋っていい声量じゃないから」
「昔の男にさあ! 花火大会で待ちぼうけさせられた思い出がよみがえって……! くそお、思い出すだけで腹立つ!」
「ああ、マサさんが大学二年生の時の」
「そう! あの頃は、あんなヤツでもかっこよく見えたんだよ、おれが子どもだったから! ……って、話が脱線したっ。広尾君、おれが浴衣貸してあげる! 安心して、資格持ってるから着付けできるし! キレーにして、花火見ておいで!」
 茜はマサさんの明るさに押され、コクンと頷いた。
「ユキ、一緒に行ってやんなっ。一人より二人のが楽しいしな!」
「いや……、でも……、」
 雪乃に気遣われているのを感じ、茜はカラリと笑った。
「大丈夫! おれ、今年の夏のテーマは“自分磨き”だから! 一人でも平気! 花火と浴衣、すっごい楽しみ!」
「広尾君、君ってヤツは!」
 マサさんは瞳を潤ませ、茜の頭を撫でくり回した。そんな二人のやりとりを見て、雪乃はため息を吐いた。
「おれも行く。茜一人で行かせるのも、なんか心配だし」
 雪乃の言葉に、茜は驚き、マサさんは「ユキ!」と、感極まった声を上げた。
「うんうん、そーしてやんなっ。おれが送り迎えしてやるからアシの心配は、」
「でも、条件がある。マサさんも、おれたちと花火大会に行くこと。これが条件。お盆で店も閉まってるし、いいっすよね?」
「ああ、うん、いいけど……」
「じゃあ、きまり」
 雪乃は立ち上がり、茜を見下ろした。提灯の明かりに照らされた、ふしぎな色の瞳。緑と橙が一つのビー玉の中で混ざって、光の雫を散らしている。
 胸がざわついて、茜は雪乃から視線を逸らした。もし、雪乃と二人きりで行くことになっていたら、この胸はどんな鼓動の打ち方をしたのだろう。
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