卑屈ギャル♂、愛のために我慢する。

野中にんぎょ

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すれ違うカラダとココロ

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 夏休みが始まっても、茜は誰も遊びに誘わなかった。とはいえ、新とも紫苑とも連絡は取り続けている。茜は半身浴しながら紫苑からのメッセージを開いた。
『木下君と茜が絡むの、なんか意外。でもよかったね。Tシャツかわいい』
『意外かな? 教えてもらった古着屋すごくよかったから、紫苑にも教えたい』
 茜はそう打って、消した。紫苑もきっと、夏期講習で忙しい。『だろ。木下君、すっごくセンスいいんだ』打ち直したメッセージを送信してため息を吐く。自分で決めたこととはいえ、こんな日々があと一カ月も続くと思うと気が重い。
 ぶるるっ、ぶるるっ、
 震えているスマートフォンの画面を見て、茜は反射的に通話ボタンを押した。小林からだ!
「もしもしっ、小林っ、どーしたのっ」
『夏休みが始まってから会えていないし、どうしてるかと思って。元気でやってるのか?』
 茜は脚でぱたぱたと水を掻きながら、「じーちゃんみたいなこと言ってんなよ」と応酬した。
「そっちこそ、カキコーシューはどう?」
『授業についていくのに精いっぱいで、目が回りそうだ。復習しているだけなのに、なぜだろう』
「慣れれば大丈夫だって! 紫苑とは同じクラス?」
『ああ。久住はああ言っていたが、おれにはソツなくこなしているように見えるよ。久住はどうも、優成と同じ大学を目指しているようだ』
「そうだったんだ……。それで……」
 優成は県内トップクラスの進学校に通っていて、志望しているのも「エーラン」とかいう難易度の高い大学だ。紫苑、無理してないといいけど……。
『広尾。次はいつ会える? 電話もラインもいいが、顔が見たい』
「でも、カキコーシューが……」
『毎日あるわけじゃない。それに、遅くても夕方には終わる。……なあ、会いたいよ。こんなに恋しいのはおれだけか』
 素直な恋人に胸がときめいて、茜は「別に、いい、けど」と口を滑らせてしまった。
『やった、嬉しい。いつ会える? 夜ならいつだって空いてる。泊っていけばいい。朝になったら塾に行くついでに家まで送るよ』
「ん……、分かった……」
 だめだと分かっていても、誘われれば乗ってしまう。おれのばか! 勉強の邪魔したこと、あんなに後悔したのに……!
『そろそろ授業が始まるからから切るよ。都合のいい日取りをラインに入れておいてくれ』
「うん。休憩中なのに、ごめん」
『ううん。おまえの声がずっと聞きたかったんだ』
 嬉しさの滲んだ声に、茜の表情も綻ぶ。おれだって、ほんとうは、毎日でも一緒にいたい。
『……あかね』
 スピーカーの向こうから『ふ』と、照れたような息が聞こえた。
『好きだよ。会えるのを楽しみにしてる。じゃあな』
 ごうっと、心と身体が燃え上がる。
 どくっ、どくっ、どくっ……。深い鼓動を持て余し、茜は湯の中で身を捩った。心は戸惑っているのに、陰茎は膨れ、腹の奥は切なくなっていく。
「あ、らた、」
 愛しい彼の名を呼ぶと、自然と瞼が下りた。脳裏に過る、熱っぽい瞳、大きい手のひら、甘ったるい声……。あらた、あらた、あらた!
「あらた、あらた、……あらたぁ……!」
 右手で陰茎を握り、左手を秘部に伸ばす。「あ……」ずっと触っていなかったのに、そこは潤いを借りて難なく開いた。もう、これだけで切ない。
 新の真似をして、優しく丁寧に、時に隙を狙うように深く、秘部を乱す。徐々に腰が浮いて、水面がぴちゃんぴちゃんと波打った。
「ふ、ぐ、……うぅ……、」
 唇を噛み、声を押し殺す。茜は立ち上がり、タイルに胸を擦りつけ、急かすように性感を追い立てた。
「ふ、ふ、ん、んく、ゔ、ゔぅ~っ……!」
 鈴口に冷たいタイルが触れた瞬間、脳裏で光が爆ぜた。
「も……、やだ……」
 声だけで、こんなふうになってしまうなんて。小林に会ったら、おれ、どうなっちゃうんだろう。


 インターホンを押し、待つ数秒間。茜はドキドキしながら覗き窓を見つめた。
「いらっしゃい」
「おじゃまします」
 茜は新の微笑みに吸い込まれるようにして玄関扉をくぐった。
「これっ、小林の姉ちゃんに! 百貨店に新しく入った和菓子屋の水羊羹。すっごく美味しいんだって!」
 用意したお土産は、外回りの多い兄に選んでもらったもの。茜は自信たっぷりに差し出した。「悪いな」「ううん。いつもおじゃましてるから」いつか、新の姉と鉢合わせした時のために、ちょっとでも印象を良くしておきたい。
「それさ、兄貴のイチオシらしいから、間違いないと思う!」
「……そうか。おまえの兄貴が……」
 珍しく声のトーンを落とす新に、茜は首を傾げた。「ありがたく頂くよ」新はお土産を受け取り、茜を自室へエスコートした。
 部屋に入った瞬間、新の匂いに包まれる。この感じ、なんだかすごく懐かしい……。
「なんだかすごく久しぶりに会う気がするな」
 どうやら、新も同じことを考えていたらしい。「おれも、同じこと考えてた……」見つめ合い微笑み合う。もうこれだけで胸がいっぱいになった。
「広尾、今日はいつもと違う? なんだか、服のテイストとか、肌の感じとか、うまく言い表せないが、いつものおまえとは違う気がする」
 雪乃に選んでもらったTシャツに、それに合わせて買ったカーゴパンツ。半身浴と適度な運動で艶の増した肌。茜はくるりと回って見せ、得意げにした。
「かっこいいだろっ。古着なんだ、このTシャツ!」
「うん。かわいい。広尾はセンスがいいな」
 うっとりと目を細められ、心臓が弾む。大きな手が頬に触れて、背筋がぴりっと痺れた。小さな宇宙を抱いた瞳には茜だけしか映っていない。理性が押し流されそうになり、茜は新の手を引き剥がした。
「あ、あのさっ! 勉強、教えて欲しいんだっ! 夏休みの宿題で、分かんないとこあって……!」
 トートバッグから教科書と問題集を取り出し、茜は声を張り上げた。
「おれが、おまえに教えるのか?」
「うん! だめ?」
「いや、構わない。珍しいなと思っただけで……」
 茜はいそいそとノートを開いた。こうすれば、適度な距離を保ったコミュニケーションが取れるはず……。
「……うん。そう。ここで代入して……、そう。合ってるよ。ほら、できただろう」
「小林って、すごいな! マジで分かりやすい!」
「それはおまえが素直だからだ。おまえは自身が思っているより学ぶことに向いている。興味のある分野がそのまま強みになるタイプだ」
 手放しで褒められ、むず痒くなる。間違いなく、新は茜の自己肯定感の底上げに一役買っている。
「やる気出てきた! このまま残してた宿題やっちゃおうかな。小林は宿題とかどうなの? もし終わってなかったら一緒にやろ!」
 勉強なんか嫌いだけど、邪魔をしてしまうよりいい。再びペンを取ろうとすると、新がその手を掴んだ。そのまま、ギュッと握り込まれる。う、わ……。茜の心も、ギュッと鷲掴みされた。
「宿題はいいよ。今は集中できそうにない。気遣ってくれたのに、悪い」
 照れくさそうに笑う新に胸がくすぐられて、思わず新の手を握り返す。だめ、このままじゃヤバい、おれ、また……。
「あかね」
 目を見て呼ばれ、息を飲む。迷いが一瞬にして霧散する。
「おれの部屋に来てまで、上の空か?」
 頬に手を添えられ唇を啄まれる。そこからひび割れるようにして理性が崩れていく。
「おれ、小林の、」
 邪魔になりたくない。そう続けたかったのに両肩を掴まれ、そのうちにフローリングの床に押し倒されて……。
「こばやし、」
 眼鏡を外され、新の胸に手をつく。けれどやんわりと払われ、手首を床に縫い付けられてしまった。まるで獲物を狩る猛禽類のように、新は目を細めた。……その時だった。
 ぶるる、ぶるる、
 茜のスマートフォンが震える。新は構わず茜の首筋に口づけたけれど、「兄貴かも」と囁くと、解放してくれた。着信は、兄でなく、雪乃からのものだった。
「木下君? どーした?」
『ごめん。いきなり電話して』
「ぜんぜん。どーしたの?」
 新は茜を真っ直ぐに見下ろしながら、茜の上から退いた。
『あのさ、来週、古着のフリマがあるんだけど、この間連れて行った古着屋の……店長さん覚えてる? その人が、広尾君も連れて来なよって言ってて。もしヒマなら一緒にどーかなって……』
「え!? 行く! 夏服そんなに買えてないし嬉しい!」
 スピーカーの向こうから『あ、よかった』と小さく聞こえ、思わず頬が緩む。
『詳細はラインで送るから。じゃあ、また』
 用件のみで切れる通話。「兄貴じゃなくて、友だちからだった」茜は新に笑いかけた。
「クラスメイトか?」
「うん。ちょっとシャイだけど、紫苑とは別ジャンルのおしゃれさんで、この間は古着屋でおれの服選んでくれたんだ。今、ちょーど着てるヤツ! おれのセンスじゃなくて木下君のセンスだってばれちゃったな」
「……ああ、なるほど。どおりで……」
 Tシャツに触れた新の手は、生地の手触りを楽しんだかと思うと、つーっ、と胸へ上がり、柔い突起をゆっくりと上下に揺すった。
「んっ……、こ、こばやし、ちょっと、」
「広尾、ここ、好きだろう。直に触られるのと、布越しとでは、どちらがいいんだろうな?」
 一定のリズムで、ぴん、ぴん、と弾かれ、胸が反る。
「たってきた。ほら、シャツの上からでもよく分かる……」
 背中でシャツを掴まれ、肌に添った生地から突起が浮かび上がる。睨んでも、新は涼しく微笑んだまま。
「なあ、やだ、こばやしっ、」
 制止の声も空しく、布越しに突起を吸われ、茜は床に背をついた。「や、やぁっ、」いやいやしても愛撫は止まず、それどころかボトムスの前まで寛げられてしまった。
「集中しような」
 数学を教えるように、新は言った。見る間にボトムスと下着を脱がされ、けれど上半身はそのままで、茜はTシャツの裾を握りしめた。膝裏を掴まれ、両脚を広げられる。膨れた中心に視線を注がれ、秘部が喰い締まる。
「おれはいつもふしぎでたまらない。こんなにも小さな場所に、おれのものがぜんぶ飲み込まれていく……」
 濡れた指先が縁をくるりと撫で、その中心へ沈んでいく。茜は背を力ませ、深く息を吐いた。
「背中、痛いよな」
 ベッドから下ろした掛け布団に茜を誘導しながらも、愛撫は止まらない。茜は掛布団に横たわり、「こばやしっ」と必死に恋人を呼んだ。
「ゴムつけてっ……」
「もちろんつけるよ」
「おれのにも、つけて欲しいっ……。汚しちゃう、からっ……」
 きれぎれに訴えると、新は冴えた瞳で茜を見下ろした。
「汚してもらって構わないよ」
 思わぬ返しに、茜は「えっ、」と、短い声を上げた。同時に、二本の指で深く穿たれ、息が詰まった。浅い場所のしこりを揺すり弾かれると、決壊したように涙があふれた。
「う、あ、こばやし、だめ、あ、アッ、」
 先走りがシーツに散って、けれど両脚は意志とは関係なく開いていって、胸は刺激を求めるように反って。「布越しの方が、好きか」耳元で吐息交じりに囁かれ、茜は首を振った。
「……挿れるぞ」
 短い宣告の後、ぐぷ、と、ものの先端が沈んでいく。目尻から涙を転がすと、布越しに腹を撫でられた。
「いきんで。そうすれば届きやすくなるから」
 どこに、と尋ねる余裕もなくし、言われた通りにぐっといきむ。ずるっ、と、中のものが肉を掻き分けた。
「いいよ。おまえはほんとうに飲み込みが早い」
 一気にほどかれた中に戸惑い、茜は新の胸を押し返した。
「こばやし、ちょっと、待ってっ……」
「待たない」
 Tシャツを脱ごうとする茜の両手をまとめ上げ、新ははっきりと言った。
「あっ……!」
 向かい合わせで両手首を引っ張られ腰を揺すられると、脳天で性感が弾けた。「う、あ、う、ああっ……!」そのうちにがくがくと揺さぶられ、わけがわからなくなっていく。身体と心が、離れていく。
「や、やだっ、こばやし、やだぁ……っ!」
 びゅく、前から熱が弾けて、Tシャツに、シーツに、自身の頬にまで散って、茜はつま先を丸めてうち震えた。
「……ははっ」
 新はTシャツの汚れた部分に触れ、笑った。
「このTシャツ、グレーだから。こういう色で汚れると、結構目立つな」
 満足そうに片頬を上げた新は、その一方で怒っているようでもあり、茜はまた一つ涙をこぼした。新は茜の涙を唇で拭い、その心が落ち着いたのを見計らったように、埋まっていたものを引き抜いた。
「あ……」
 さびしい。はっきりとそう感じてしまう。
 欲しい。だめ。欲しい。だめ。欲しい。だめ……。茜の肩に、熱い手のひらが触れた。
「んっ……!」
 深く、長く、口づけられ、手のひらで太ももを摩られる。もうだめ、欲しい。開いていく両脚を撫でながら、新は喉で笑った。
「……欲しい?」
「ほしいっ……」
「なにが欲しい?」
 言わないと、くれないつもりだ。茜は新を睨み、けれど太ももに熱を押し付けられると何も考えられなくなった。
「こばやしの、欲しいっ。挿れてぇっ……!」
「ここに?」
「あぁあっ……!」
 二本の指を根元まで一気に沈められ、コクコクと頷く。新は指を引き抜くと、茜をうつ伏せにさせ、突き刺すように挿入した。
「あ、ああっ……!」
 挿れられた瞬間に果てた茜を押さえつけ、新は腰を動かした。快楽を教え込まれたこの身体は、新がくれるもの全てを歓迎してしまう。茜は一時の快楽に身を委ねた。戸惑っている心を、どこかへ置いてきぼりにしたまま。


 目を覚まし、ベッドから起き上がる。ヘッドボードに置かれたスマートフォンを確認すると、もう朝の七時だった。
『八日の土曜日、一時に駅前でどう?』
 雪乃のメッセージを見てから、茜ははたとした。着ているシャツが、新のものになっている。
「おはよう。朝食できてるぞ。チーズの卵焼き、気に入っていただろう」
 リビングから新が微笑みかけてくる。彼の傍に行こうと立ち上がり、茜は愕然とした。ダイニングテーブルに、ノートや参考書が広げられている。
 おれ、また邪魔しちゃったんだ。
「どうした? 広尾、顔色が……、」
「おれのTシャツ」
 か細い声で問うと、新はソファーに置かれた紙袋を指差した。
「古着だと聞いたから。汚れていたけど、洗っていいのかおれには分からなくて。たたんでナイロン袋に入れてある。汚してしまって、悪かったな」
 さあっと、心が冷えていく。汚したのは小林じゃない。おれだ。
 昨夜はさんざん新を求めた。挙句、気を失って、介抱してもらって……。
 おれが小林にあげたかったものは、こんなものじゃない。温かくて、キラキラした何かだったはずなのに。与えるつもりが奪って。その繰り返しで……。
 昨夜の自分と、今の自分。あまりにかけ離れていて、肌が粟立つ。
 茜は紙袋を掴み、新の部屋に駆け込んで荷物をトートバッグに詰め込んだ。「広尾!」新に呼び止められても、茜はそれを振り切るように玄関まで走った。
「広尾、帰るなら送る、ちょっと待ってくれ」
「大丈夫。一人で帰れる。ごめん、もう行かなきゃだから、」
 茜は浮かんでくる涙を拭い、新に微笑んで見せてから玄関を出た。
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