臆病な僕らは、健気なΩの愛を乞う

野中にんぎょ

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手を取られ、立ち上がる

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「こゆ、どうしたの、明かりも点けずに」
 小雪はソファーで膝を抱えたまま顔を上げた。闇の中で固くなっている小雪に歩み寄り、都はしゃがんで小雪を見上げた。
「……理人は、行ってしまった?」
 出張から戻ったばかりの都は、家を出た時と同じスーツを纏っていた。小雪はリビングの入り口に置かれたボストンバッグとお土産の袋を見て、拳を振り上げた。
「なんで早く帰って来てくれなかったの!なんで理人君を守ってくれなかったの!なんで理人君が苦しんでいることをおれに教えてくれなかったの!」
 都の胸を拳で叩き、怒りと悔しさをぶつける。小雪にだって分かっている、都が悪いのではなく、理人に応えられなかった自分が悪いのだ。都は何も言わずに小雪の感情を受け止めた。
「理人君を、愛していなかったの?」
「……愛してるよ」
「うそだ!都君は理人君を愛してなんかいない!なんで、なんで愛してもいないのに、彼をここへ呼んだの!」
 都は「愛してるよ、ちゃんと」と、重く静かな声で言った。
「でも、それ以上に、あの子はおれに似てるって、そう思ってた。だから、おれならこの子を守れるんじゃないかって思った。……こゆの、愛してる、っていうのと、おれの彼に向けるそれは、確かに違うかもしれない。でもちゃんと、愛してたんだ。愛してたから、おれは彼を、おれとこゆの家に迎え入れたんだ」
 都にも、過去がある。
 都の父は、優秀なαだった。彼は、同じ性を持つ都の誕生を歓迎せず、Ωである妻への愛ゆえに都を拒絶し、とうとう最期まで都の存在を認めなかった。都はΩを知ることでαを知ろうとしている。都がΩの研究に心血を注ぐのは、Ωの母は、αの父が執着し守り抜いた、最初で最後の存在だったからだ。
「分からない。おれには、都君のその気持ちが、どうしても……」
「分からなくていいんだよ。おれとこゆの人生は、性質は、違い過ぎるから。こゆは求められるがまま与え続けた人生で、おれはいつまでも求められず与えられず、だから誰にも与えることをしなかった人生だった。でも君は、そんなおれに、与えてくれた。おれは初めて、君にもらった愛を君以外の誰かに与えたいって……守りたいって、そう思ったんだ。それが、理人だったんだ」
 都のその言葉に、小雪は拳を握りしめ、押し留めた。
 どうして、人の愛の形は違うのか。
 小雪にとっては与えることが愛で、
 都にとっては守ることが愛で、
 理人にとっては確かめることが愛で、
 洋司にとっては憎むことが愛で、
 傍にいたいのに。傍にいてほしいのに。愛の形が違うから、受け止められなくて、すれ違って、離れて。
 あなたの、君の、望むものを、自分に与えられたなら。この期に及んでそう思ってしまう自分が悔しくて、小雪は「ごめん、都君が悪いんじゃないのに、」と言って、きつく下ろした瞼から涙をこぼした。
「謝らないで。だっておれは、君に愛してもらえたからこそ、愛を知れたんだよ。君が、おれの夜に初めて輝いた星だったんだよ。その星の輝きは、おれの人生を優しく照らしてくれた。君のいるこの世界に生れ落ちてよかったって、心から思った。……きっと理人も、おれと同じ気持ちだった」
「おれだって……!」
 小雪が都と理人を守りたいと思えるようになったのは、都の愛を知ったから。そうやって愛されることで、それも愛だと気付けたから。
 小雪はソファーから崩れ落ち、都にしがみついた。襟元を掴んでわんわん声を上げて泣くと、都は黙って頭を撫でてくれた。
「理人君、行っちゃった。おれ、理人君が求めてるものを、差し出せなかった。そうしなきゃ行っちゃうって、分かってたのに。二人の傍にいる為ならなんだってできるって、心からそう思ってたのに。……おれ、どうしたらいいのか、分からない。どうしたら理人君といられるのか、分からない」
 泣きじゃくりながら迷いを吐露すれば、都は身体を離して小雪の涙を拭った。
「こゆ、泣かないで」
「う、うぅ、ひぐっ……、」
「人に与えるのを厭わない君が駄目だと直感したんだ、よほどの理由があったんだね。与えないという選択肢を選ぶことで守りたいものがあったんだろう?……望むものを与えてその場しのぎに満足させても、本当の意味で理人を満たすことはできないって、そう思ったんだろう?」
 都は小雪の顎から滴る涙を拭い、優しく髪を梳いた。
「理人が君の元を去ったのは、君が理人に応えられなかったからじゃなく、理人が君から与えることを学んだからじゃないのか。理人は君の愛を模倣したんだ。理人は、自分のいない日々を、君に与えたんだ。確かめることじゃなく、与えることで、君を愛したんだ。……そうは考えられない?」
 小雪はハッとした。瞳に新しい涙が浮かんで、小雪は頭を振り立てた。
「そ、んなの。いや。おれ、理人君に……」
「傍にいてほしい?」
 頷けば、都は眉根を寄せて微笑んだ。
「君は理人のことも、おれを愛するのと同じように愛するんだろう。……それが嬉しくて、同じくらい、悔しいよ」
 都は立ち上がった。その立ち姿は、理人に似ていた。
「二人で理人を迎えに行こう。手遅れになる前に」
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