上 下
11 / 11

君の季節

しおりを挟む
「タオル、返したんだな」
 青磁がサッカーボールを奪い合っている明香と照太郎を眺めていると、泉が「諸々おつかれさん」と言って紙パックのカフェオレを差し出してくれた。明香の首にはあのタオルが掛かっている。
「明香はいいって言ったけど、新しいの買って渡した。だからそれかも」
泉は明香たちを見やり、「や、おれは、前のタオルと一緒だと思うよ」と訳知り顔で言った。
「セイー!ボール!そっち行ったー!」
 明香の脚から跳ね上がったボールが青磁めがけてやって来る。青磁はその声に応えパッと視線を上げ、ボールを受け止めた。満面の笑みの明香がこちらへ駆けて来る。「邪魔者は退散しましょうかね~……」泉は明香と入れ替わりで照太郎の元へ駆けて行った。
「当たんなくてよかった~……!ごめん!取ってくれてありがと!」
「明香のボールがおれに当たるはずないだろ」
 ボールを受け取ろうと差し出された手を無視し、青磁は上気していく明香の面を見つめた。
「やきもちやいたの?泉とは普通にしゃべってただけだよ」
「バカ!ちがうっ!……ボール返せっ!」
 八重歯を見せてキャンキャン喚く明香をいなし、ひと時じゃれ合ったところでボールを返してやる。明香は目尻をツンと上げて青磁を睨んだ。けれど睨み合えば明香が負けて、知恵の輪みたいになっていた眉根がほどけた。こういう時、青磁は心から思う。自分には明香が一番可愛くて、一番愛しいのだと。
「明香、好きだよ」
 明香の胸に掛かった砂を払うふりをして眼前で囁く。明香は瞳を見開き、確かな答えの出せない自分に焦れているように唇へ指先を寄せた。
 榛色の瞳の中で光が揺れる。それに呼応して、青磁の心も揺れる。この揺れが、今は、心地良い。
「ごめん、セイ。おれ、おまえの気持ちにちゃんと応えられるのかも分かんないのに、」
 責任感が強く誠実な明香は、境界線を前に二の足を踏む。この境界線が二人を隔てても、互いに歩み寄ることはできる。青磁は明香を見つめた。おれも、ここで待つ。明香の答えが出るまで、その心が決まるまで。
「いいよ。明香がここにいてくれるなら、なんでも」
「……でも、」
「明香がここにいてくれることが、おれには一番大切なことだから。おれの恋人になってくれたらすごい嬉しいだろうけど、今のままでも、おれにとっては十分すぎるくらいだから」
 伏せた視線を上げてほしくて頬に触れると、明香の睫毛がふるりと震えた。
「セイ、おれも、おまえがここにいてくれて、嬉しい」
 今の明香に差し出せる精一杯の愛情を受け止め、青磁は「よかった」と言って微笑んだ。
「おれ、明香が爺ちゃんになっても、そん時になっても好きかどうか分かんないって言われても、ここにいる。明香の傍にいる」
 その言葉に、明香の瞳がすうと上がった。
 はたはたと瞬く瞳に微笑みかけ、「クサかった?けど、おれは本気」と念を押す。
 きっと変わらない。身体と心がいくら変わっても、これからの未来にどんな季節が過ぎても、この気持ちは変わらない。
 手の甲に何かが触れたかと思うと温みに包まれ、青磁は自身の手を見下ろした。明香の手が、青磁の手を、抱きしめるように握っていた。
 巡り行く季節と駆け上がる気温が、未だ完成されていない心と身体が、胸の中で強く輝く感情が、二人を引き離し、結びつける。
「セイ、おれ、いま、分かった」
 若葉の季節が巡る。君の季節が、やって来る。
「おれ、多分、セイのこと――、」



【終】
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

片桐くんはただの幼馴染

ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。 藤白侑希 バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。 右成夕陽 バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。 片桐秀司 バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。 佐伯浩平 こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。

俺が勝手に好きな幼なじみに好きって十回言うゲームやらされて抱えてたクソでか感情が暴発した挙げ句、十一回目の好きが不発したクソな件。

かたらぎヨシノリ
BL
幼なじみにクソでか感情を抱く三人のアオハル劇場。 ──────────────── ──────────────── 幼なじみ、美形×平凡、年上×年下、兄の親友×弟←兄、近親相姦、創作BL、オリジナルBL、複数攻3P、三角関係、愛撫 ※以上の要素と軽度の性描写があります。 受 門脇かのん。もうすぐ16歳。高校生。黒髪平凡顔。ちびなのが気になる。短気で口悪い。最近情緒が乱高下気味ですぐ泣く。兄の親友の三好礼二に激重感情拗らせ10年。 攻 三好礼二。17歳。高校生。かのん弄りたのしい俺様王様三好様。顔がいい。目が死んでる。幼なじみ、しのぶの親友。 門脇しのぶ。17歳。高校生。かのん兄。チャラいイケメン。ブラコン。三好の親友。

失恋したのに離してくれないから友達卒業式をすることになった人たちの話

雷尾
BL
攻のトラウマ描写あります。高校生たちのお話。 主人公(受) 園山 翔(そのやまかける) 攻 城島 涼(きじまりょう) 攻の恋人 高梨 詩(たかなしうた)

罰ゲームで告白したら、一生添い遂げることになった話

雷尾
BL
タイトルの通りです。 高校生たちの罰ゲーム告白から始まるお話。 受け:藤岡 賢治(ふじおかけんじ)野球部員。結構ガタイが良い 攻め:東 海斗(あずまかいと)校内一の引くほどの美形

こいつの思いは重すぎる!!

ちろこ
BL
俺が少し誰かと話すだけであいつはキレる…。 いつか監禁されそうで本当に怖いからやめてほしい。

平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された

うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。 ※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。 ※pixivにも投稿しています

番を解除してくれと頼んだらとんでもないことになった話

雷尾
BL
(タイミングと仕様的に)浮気ではないのですが、それっぽい感じになってますね。

【完結・短編】もっとおれだけを見てほしい

七瀬おむ
BL
親友をとられたくないという独占欲から、高校生男子が催眠術に手を出す話。 美形×平凡、ヤンデレ感有りです。完結済みの短編となります。

処理中です...