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君の季節
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「タオル、返したんだな」
青磁がサッカーボールを奪い合っている明香と照太郎を眺めていると、泉が「諸々おつかれさん」と言って紙パックのカフェオレを差し出してくれた。明香の首にはあのタオルが掛かっている。
「明香はいいって言ったけど、新しいの買って渡した。だからそれかも」
泉は明香たちを見やり、「や、おれは、前のタオルと一緒だと思うよ」と訳知り顔で言った。
「セイー!ボール!そっち行ったー!」
明香の脚から跳ね上がったボールが青磁めがけてやって来る。青磁はその声に応えパッと視線を上げ、ボールを受け止めた。満面の笑みの明香がこちらへ駆けて来る。「邪魔者は退散しましょうかね~……」泉は明香と入れ替わりで照太郎の元へ駆けて行った。
「当たんなくてよかった~……!ごめん!取ってくれてありがと!」
「明香のボールがおれに当たるはずないだろ」
ボールを受け取ろうと差し出された手を無視し、青磁は上気していく明香の面を見つめた。
「やきもちやいたの?泉とは普通にしゃべってただけだよ」
「バカ!ちがうっ!……ボール返せっ!」
八重歯を見せてキャンキャン喚く明香をいなし、ひと時じゃれ合ったところでボールを返してやる。明香は目尻をツンと上げて青磁を睨んだ。けれど睨み合えば明香が負けて、知恵の輪みたいになっていた眉根がほどけた。こういう時、青磁は心から思う。自分には明香が一番可愛くて、一番愛しいのだと。
「明香、好きだよ」
明香の胸に掛かった砂を払うふりをして眼前で囁く。明香は瞳を見開き、確かな答えの出せない自分に焦れているように唇へ指先を寄せた。
榛色の瞳の中で光が揺れる。それに呼応して、青磁の心も揺れる。この揺れが、今は、心地良い。
「ごめん、セイ。おれ、おまえの気持ちにちゃんと応えられるのかも分かんないのに、」
責任感が強く誠実な明香は、境界線を前に二の足を踏む。この境界線が二人を隔てても、互いに歩み寄ることはできる。青磁は明香を見つめた。おれも、ここで待つ。明香の答えが出るまで、その心が決まるまで。
「いいよ。明香がここにいてくれるなら、なんでも」
「……でも、」
「明香がここにいてくれることが、おれには一番大切なことだから。おれの恋人になってくれたらすごい嬉しいだろうけど、今のままでも、おれにとっては十分すぎるくらいだから」
伏せた視線を上げてほしくて頬に触れると、明香の睫毛がふるりと震えた。
「セイ、おれも、おまえがここにいてくれて、嬉しい」
今の明香に差し出せる精一杯の愛情を受け止め、青磁は「よかった」と言って微笑んだ。
「おれ、明香が爺ちゃんになっても、そん時になっても好きかどうか分かんないって言われても、ここにいる。明香の傍にいる」
その言葉に、明香の瞳がすうと上がった。
はたはたと瞬く瞳に微笑みかけ、「クサかった?けど、おれは本気」と念を押す。
きっと変わらない。身体と心がいくら変わっても、これからの未来にどんな季節が過ぎても、この気持ちは変わらない。
手の甲に何かが触れたかと思うと温みに包まれ、青磁は自身の手を見下ろした。明香の手が、青磁の手を、抱きしめるように握っていた。
巡り行く季節と駆け上がる気温が、未だ完成されていない心と身体が、胸の中で強く輝く感情が、二人を引き離し、結びつける。
「セイ、おれ、いま、分かった」
若葉の季節が巡る。君の季節が、やって来る。
「おれ、多分、セイのこと――、」
【終】
青磁がサッカーボールを奪い合っている明香と照太郎を眺めていると、泉が「諸々おつかれさん」と言って紙パックのカフェオレを差し出してくれた。明香の首にはあのタオルが掛かっている。
「明香はいいって言ったけど、新しいの買って渡した。だからそれかも」
泉は明香たちを見やり、「や、おれは、前のタオルと一緒だと思うよ」と訳知り顔で言った。
「セイー!ボール!そっち行ったー!」
明香の脚から跳ね上がったボールが青磁めがけてやって来る。青磁はその声に応えパッと視線を上げ、ボールを受け止めた。満面の笑みの明香がこちらへ駆けて来る。「邪魔者は退散しましょうかね~……」泉は明香と入れ替わりで照太郎の元へ駆けて行った。
「当たんなくてよかった~……!ごめん!取ってくれてありがと!」
「明香のボールがおれに当たるはずないだろ」
ボールを受け取ろうと差し出された手を無視し、青磁は上気していく明香の面を見つめた。
「やきもちやいたの?泉とは普通にしゃべってただけだよ」
「バカ!ちがうっ!……ボール返せっ!」
八重歯を見せてキャンキャン喚く明香をいなし、ひと時じゃれ合ったところでボールを返してやる。明香は目尻をツンと上げて青磁を睨んだ。けれど睨み合えば明香が負けて、知恵の輪みたいになっていた眉根がほどけた。こういう時、青磁は心から思う。自分には明香が一番可愛くて、一番愛しいのだと。
「明香、好きだよ」
明香の胸に掛かった砂を払うふりをして眼前で囁く。明香は瞳を見開き、確かな答えの出せない自分に焦れているように唇へ指先を寄せた。
榛色の瞳の中で光が揺れる。それに呼応して、青磁の心も揺れる。この揺れが、今は、心地良い。
「ごめん、セイ。おれ、おまえの気持ちにちゃんと応えられるのかも分かんないのに、」
責任感が強く誠実な明香は、境界線を前に二の足を踏む。この境界線が二人を隔てても、互いに歩み寄ることはできる。青磁は明香を見つめた。おれも、ここで待つ。明香の答えが出るまで、その心が決まるまで。
「いいよ。明香がここにいてくれるなら、なんでも」
「……でも、」
「明香がここにいてくれることが、おれには一番大切なことだから。おれの恋人になってくれたらすごい嬉しいだろうけど、今のままでも、おれにとっては十分すぎるくらいだから」
伏せた視線を上げてほしくて頬に触れると、明香の睫毛がふるりと震えた。
「セイ、おれも、おまえがここにいてくれて、嬉しい」
今の明香に差し出せる精一杯の愛情を受け止め、青磁は「よかった」と言って微笑んだ。
「おれ、明香が爺ちゃんになっても、そん時になっても好きかどうか分かんないって言われても、ここにいる。明香の傍にいる」
その言葉に、明香の瞳がすうと上がった。
はたはたと瞬く瞳に微笑みかけ、「クサかった?けど、おれは本気」と念を押す。
きっと変わらない。身体と心がいくら変わっても、これからの未来にどんな季節が過ぎても、この気持ちは変わらない。
手の甲に何かが触れたかと思うと温みに包まれ、青磁は自身の手を見下ろした。明香の手が、青磁の手を、抱きしめるように握っていた。
巡り行く季節と駆け上がる気温が、未だ完成されていない心と身体が、胸の中で強く輝く感情が、二人を引き離し、結びつける。
「セイ、おれ、いま、分かった」
若葉の季節が巡る。君の季節が、やって来る。
「おれ、多分、セイのこと――、」
【終】
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