上 下
43 / 55

戦慄の泥ゴン

しおりを挟む
秒で気絶したペロロビッチ三世を守るように、アインクーガ教国の従者達があたふたしながらも防御魔法を重ね掛けする。
ガンダーラは、特殊スキルで何やら本を召喚したようだ。
ドラゴンを確認しながら、急ぐようにペラペラめくっている。
恐らく、目の前のドラゴンについて調べ拉れるような特殊スキルなのだろう。

そんな大騒ぎに先導として先頭の馬車に乗っていたメイクロード伯か慌ててやって来た。

「皆さん、大丈夫です!あのドラゴンは、ただの乗り物です!我々を襲うようなことはしませんよ」

「の、乗り物お?」
「ドラゴンがペットとかあり得なくない?」
「ヤバいんじゃね?!」

訛りまくりのアインクーガ教国の者達が、口々にメイクロード伯に質問するのに、メイクロード伯は丁寧に説明した。

「あれは、泥ゴンです。よく見てください。土や泥で出来ているでしょう?よくダンジョンなどに発生する泥人形のドラゴン形態だとでも思ってください」
「ド、泥ゴン?私の【辞典】には載っていないぞ!」
ガンダーラが手にしている本をしきりにめくって探している。
それを見て、メイクロード伯は「無駄ですよ」と断じた。
「あれは、新しく造り出された魔物です。確かガンダーラ枢機卿は【辞典】というこの世の全ての本と繋がる特殊スキルをお持ちでしたよね。ですが、本に書かれていないことまでは、その【辞典】に表示されることはない」

「新種?!」
「マジで!それも竜種の新種とか、大発見じゃね?!ヤバい!」

ざわつくアインクーガ教国の人間達を、泥ゴンは泥団子のような艶やかな瞳で睥睨し、飽きたのか、ぷいと視線を逸らしてグルルと寝そべった。

ガンダーラは唖然としながらも、不可解な表情を浮かべて泥ゴンを見て呟く。

「それにしても、何故こんな所に新種が……。しかも貴重な新種を、乗り物になど……。そもそも、竜種のテイム!?」
「ああ、それはですね……」




ハビット公国の上空に広がる薄青に、死んだ目をしたペロロビッチ三世の嘆息が吸い込まれる。

「それにしてもこの泥ゴンという魔物を、邪し……ドロンズという神が造り出したとは……」

「今、『邪神』と言いかけませんでしたか?」
「い、いえ!まっさかーー!」

メイクロード伯の鋭い眼差しに、ペロロビッチ三世は目を泳がせた。


あの泥ゴンとの遭遇から二日経った。
ペロロビッチ三世は、あの後メイクロード伯の屋敷で目覚め、ガンダーラから泥ゴンが乗り物であることを聞いたのだ。
泥ゴンを使えば、一日も経たずに公都シャリアータに着くという。ペロロビッチ三世は、その速さに驚いた。
とはいえ、すぐに出発というわけではない。これは、外交である。
メイクロード伯は、出発を二日後とした。
その間にアインクーガ教国の使節団をもてなし、山越えによる旅疲れを癒そうというのである。

だが、理由はそれだけではない。
使節団が公都でルイドート、ドロンズやクリソックス、はたまたオーガニックに出会う前に、互いの認識の相違について擦り合わせをする時間を設けたのだ。

当然、ペロロビッチ三世達は、邪神と思われる二柱についての情報を集めた。
だが、もたらされたのは、馬鹿にしているのかと思わせる情報ばかり。
ドロンズが泥団子の神というのもふざけているが、クリソックスの司るクリスマスソックスに至っては、全く意味不明である。
そして、二柱は爺と爺で結婚しているという。
ペロロビッチ三世は、デマを吹き込まれていると大いに憤慨して、出発の日を迎えたのである。


いよいよ出立の時を迎えたペロロビッチ三世達は、泥ゴンの背に据え付けられた三十人ほどなら余裕で入れそうな大きな箱の中に入った。
このまま殺されるのではと渋っていたペロロビッチ三世だったが、メイクロード伯も同乗したため、ようやっと乗り込んだのだ。

そうして現在、ハビット公国の上空をアイキャンフライしているのである。


箱に取り付けられている窓から、恐々と眼下を見下ろすペロロビッチ三世の耳元に、ガンダーラが唇を寄せた。

「これ、マジヤバいやつだよお、教王様っ。泥ゴン使えば、空からバンバン攻撃できんじゃん?ヤバタニ剣(その昔、勇者矢羽谷が使ったとされる剣技。転じて恐ろしい威力を示す語として使われている)だよお……ふぇぇ……」

それを聞いたペロロビッチ三世は、泥ゴンがアインクーガ教国に攻め入り、空から魔法攻撃を浴びせかける様を想像し、恐怖で少しした。

「と、とりま、死なないように、頑張って生きょ☆アインクーガ様、マジ神だから、守ってくれるょ、メイビー……」

ペロロビッチ三世は、絶望の表情でサムズアップして見せる。
ガンダーラも瞳の中のハイライトが失われている。
窓の外では、ペロロビッチ三世の心を表すように灰色の雲が増えてきた。
いつの間にか、雲に囲まれてしまったようだ。


「まずいな。すぐに降りなければ……」

メイクロード伯の呟く声が聞こえ、ペロロビッチ三世は気になって尋ねた。

「何か問題でも?」
「雨雲の中に入るとまずいのです。なんせ泥で出来ていますからね。泥ゴンの体が崩れて、墜落してしまう」
ペロロビッチ三世は目を剥いた。
「な、なんじゃと!?では、雲の上に出れば!」
「あまり上に行くと、何故か息ができなくなるんですよ。かなり寒くなるので、室温調整の魔石も効かなくなりますし。とにかく降りますね……あ」

窓の外に見えた泥ゴンの翼の表面に、前から吹きつける霧状の雨水に当たり続けたせいか、一部がポロリと欠けて飛んでいった。

全員の顔が蒼白になる。

「う、うわああああ!!降ろしてくれええ!」
「早く!早く地上へ!」
「お、落ちるうう!!」

室内はパニックになった。
メイクロード伯は慌てて泥ゴンに至急の降下を指示し、泥ゴンはその意を受けて急降下を開始。


「「「「「いやあああああ!!!」」」」」


メイクロード伯に加え、ペロロビッチ三世と愉快な使節団達は、『オーベラス』の世界で初めて、無重力状態を経験した人間となった。


その後、なんとか地上に降り立った泥ゴンと中の人達は、泥ゴンが雨に打たれてぬかるんだため、空からではなく地上を行くことになった。
泥ゴンは、元々土から出来ている。泥となっても、魔物として活動できるため、ペロロビッチ三世やメイクロード伯らを乗せたまま、地面の上を滑るように移動する。
その機動力の凄まじさに、アインクーガ教国の者達はまたもや戦慄しつつ、旅は順調に進んでいった。

こうしてアインクーガ教国の使節団は、公都シャリアータに無事たどり着いたのである。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

異世界転移で無双したいっ!

朝食ダンゴ
ファンタジー
交通事故で命を落とした高校生・伊勢海人は、気が付くと一面が灰色の世界に立っていた。 目の前には絶世の美少女の女神。 異世界転生のテンプレ展開を喜ぶカイトであったが、転生時の特典・チートについて尋ねるカイトに対して、女神は「そんなものはない」と冷たく言い放つのだった。 気が付くと、人間と兵士と魔獣が入り乱れ、矢と魔法が飛び交う戦場のど真ん中にいた。 呆然と立ち尽くすカイトだったが、ひどい息苦しさを覚えてその場に倒れこんでしまう。 チート能力が無いのみならず、異世界の魔力の根源である「マナ」への耐性が全く持たないことから、空気すらカイトにとっては猛毒だったのだ。 かろうじて人間軍に助けられ、「マナ」を中和してくれる「耐魔のタリスマン」を渡されるカイトであったが、その素性の怪しさから投獄されてしまう。 当初は楽観的なカイトであったが、現実を知るにつれて徐々に絶望に染まっていくのだった。 果たしてカイトはこの世界を生き延び、そして何かを成し遂げることができるのだろうか。 異世界チート無双へのアンチテーゼ。 異世界に甘えるな。 自己を変革せよ。 チートなし。テンプレなし。 異世界転移の常識を覆す問題作。 ――この世界で生きる意味を、手に入れることができるか。 ※この作品は「ノベルアップ+」で先行配信しています。 ※あらすじは「かぴばーれ!」さまのレビューから拝借いたしました。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

処理中です...