上 下
23 / 23

14話

しおりを挟む

 
 二人が生まれてから毎日が目まぐるしく過ぎていく。

 

 毎日2時間おきの授乳は昼夜問わず交互におこなう為、連続して1時間も寝る事ができない。その上一方が泣けば、もう一方もつられて泣く。同時に泣き止ませないとお互いの声に反応して泣き続る。

 だから常に寝不足の状態なのだ。そんな毎日はいつも体力勝負で、記憶が飛ぶほど育児に奮闘していた。

 それでも、二人を育てる権利を自ら懇願して手に入れたので、決して泣き言は言わない。だから私はベルカの手を借りる事はしなかった。そんな私を彼女はいつも心配そうにしながらも黙って見守ってくれるが、本当に困った時はそっと手を貸してくれる。私にとってベルカは信頼できる唯一無二の存在なのだ。



 常に寝不足の状態ではあるが、家事仕事はない。掃除や洗濯、食事の用意などは使用人達が全ておこなってくれるので、私は育児に専念する事が出来た。

 家事と育児を並行して行う事はこの時期、とても大変な事なのだ。

 子供が泣けばすぐに駆け寄ってその原因をすぐに探す。おむつは汚れていないか、お腹は空いていないか。暑いのか、寒いのか。眠くて愚図る場合もある。様々な理由から泣いている原因を探って取り除いていく。しゃべる事ができない乳児は泣く事でしか不快な思いを相手に伝える手段がないのだ。



 そうしているうちに中途半端でやりきれない家事が溜まっていく。例えば掃除の途中に子供が泣くと中断してあやしに行く、泣き止ませた頃、雨が降り始めて慌てて洗濯物を取り込んでいる最中でまた泣き出す。おむつ交換をしてその処理をしているとまた泣く。そうやって中断している家事が溜まっていくとストレスも同じように蓄積されていく。

 その上、毎日の睡眠不足と自分の事にまったく時間がさけない事から、さらにストレスが増えていくのだ。周りの手助けや伴侶の協力と理解がとても大切な時期なのだ。



 だから、育児に専念できる今の生活は本当に有難い事なのだ。

 従来通り、乳母に任せる育児ではなく、自ら行う事で子供達のささいな成長もすぐ傍で発見できる。

 そんな毎日は本当に充実していたし、どんなに寝不足でも二人の笑顔や寝顔を見れば疲れはまたたく間に吹き飛んでいく。とても可愛らしい二人の見た目は親の贔屓目にも美男子に成長するだろう。



 順調に成長していくと二人の目の色もアランの色と同じだと気がついた。

 

 同時に二人の顔の違いにも気が付く。長男はアランに似ていて、次男は私に似ている。どうやら二卵性の双子だったようだ。

 

 他にも発見があった。

 ある時、あまりにも二人が泣き止まなくて、困り果てた事があった。

 ふと、以前の育児を思い出して、いないいないばぁをしてみたのだ。その瞬間、二人は嘘のように泣きやんだ。同時にキャッキャと声を出して笑いだしたのだ。

 童謡を歌えばじっと聞いているし、子守唄を歌えばすぐに寝付いてくれる。以前の育児もこの世界で通用する事が分かった。



 さらに日々は流れ、寝返りが出来るようになり、ハイハイが出来るようになった。カメラはこの世界に存在しないので、どの瞬間も記録できない事がとてももどかしく思えた。



 やがて歩き出した。晴れた日には、広くて安全な屋敷の庭でおもいっきり遊ばせる事が日課になった。



 子供と一緒に遊ぶ時は恥ずかしがってはいけない。時には振り切って一緒に踊って歌う事も必要なのだ。

 ある時、某子供向け番組の曲を思い出した。番組のエンディングでテンション高めのお兄さんが軽快に踊って歌う名曲だ。それを全力でやりきってみたのだ。振りも歌詞も完璧に覚えていた自分の記憶力を褒めてあげたい。最後のポーズがしっかり決まると私は得意気に子供達を見た。二人はキラキラした目を私に向けている。

 それからずぐ楽しそうにしながら、小さな手足を一生懸命動かして私の真似を始めた。あぁ…。なんてかわいいんだろう。フワフワした気分で二人を見ていると、ふと視線に気が付いた。慌てて辺りを見渡すといつの間に来ていたのか、子供達の背後にロディさんが立っているのが見える。届け物を持ったまま、目を丸くしてこちらを見ている。

 

 いつからそこにいたの!もしかしてずっと見られていた!?フリーズしたまま心の中で叫んでいた。

 急速に恥ずかしさがこみ上げていく。

 

「変わった歌と踊りですね!でも、とっても素敵でしたよ!」

 

 そう言われて一瞬で顔の熱が上がっていくのが分かった。いつも以上にニコニコしながら私を褒めるロディさんの顔をまともに見る事ができなかった

 

「あぁ…。ど、どうも…」



 妙なイントネーションでそっけない声を出してしまった。あきらかに挙動不審になっている私を一体彼はどんなふうに思っているのだろう。

 

 そんな毎日を過ごしながら、沢山笑って、沢山遊んだ。二人の成長を垣間見られるそんな日々をとても幸せに感じていた。しかし、一方でこの先の世界がどうなっていくのか、いつも不安でならなかった。

 

 現実に。この体でこの世界に生きている私のリアルは目の前にあるこの世界だ。でも実際はゲーム上の世界で、私という存在はそこで登場するキャラクターの一人にすぎない。

 一方でヒロインマリアは聖女になり王太子妃になった。めでたくゲーム上のエンディングを迎えたのだ。でも、正規のシナリオにはない世界だ。ゲームファンの間で噂になっていた幻のルート。ゲームマニアだった妹の話を思い出すと、おそらくそれが今なのだろう。

 

 アルフォンスと結ばれるためには聖女になる必要がある。でもマリアが得た地位はおそらくただの聖女ではない。特殊な条件を揃えて女神のいとし子になったのだろう。裏ルートを開く為にはその条件が必須なのだ。それを知っていたマリアはきっと私と同じ転生者のはずだ。しかも相当なゲームマニア。



 そもそも、なぜこの世界に治癒魔法しかないのかというと、この世界を創生した神が創造と治癒の女神だからだ。そして、この世界には女神の従属である光の精霊が浮遊している。治療師達はその精霊達から力を借りて治癒魔法を使うのだ。でも精霊達は一般の人間には見えない。治療師の中でもごく少数の限られた強い魔力持ちだけが彼らを見る事が出来る。

 

 神のいとし子はこの世界に浮遊している妖精達にも愛されているので、マリアに害をなせば妖精達がたちまち怒り、人間達に力を貸さなくなる。そうなると治療魔法は使えなくなるのだ。



 妖精達はあちこちに存在していて、誰かがマリアに害をなせばすぐに精霊達に伝わる。ささいな嫌がらせや悪口もその条件に加えられるのだ。



 だから誰も彼女に何も出来ないし言えない。見方によればマリアは王族をも凌ぐ力をもっている事になるのだ。

 そう考えるととても恐ろしくて厄介な存在になるのだ。治療魔法以外、この世界には傷や病を治す術がない。そのため、マリア一人に世界中の人々の命がかかっている事になるのだ。



 だから国はマリアを蔑ろにできない。重要貴族を下げてでもマリアを監視出来る距離に置いておきたかったのだろう。

 一方でもうひとつ懸念がある。私やマリア、フローラは元々のゲーム上に登場する性格ではない。そんな理由で正規のシナリオのイベントはいくつも発生する事なく終わっているし、違う未来を辿っている。その証拠に登場するはずのないアランと私の子が新たに誕生しているのだ。そんな状態でこの先、この世界はどうなるのか。マリアはどうなっていくのか。

 

 こんな馬鹿げた真実を他の誰が信じてくれるのだろうか。

 次世代の子ども達がこの世界で平和に暮らせる未来を勝ち取るには一体どうしたらいいのだろう。

 
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

❄️YUKI🪽
2022.06.13 ❄️YUKI🪽

こんにちは。心情描写が深い作品ですね。ハピエンタグはどのキャラのものなのでしょう。ロレインたちにも救いがあるのでしょうか。なかったら切なすぎるなあと感じます。これからも更新楽しみにしております。

麦 若葉
2022.06.14 麦 若葉

コメントありがとうございます。
更新ペースが遅くてすいません。どのキャラも超ハードモードから始まっているので徐々に好転させていく予定です。
ちなみに、こちらは以前に完結させたものの改訂版なのですが、あちらとは少し違った変化をつけていこうと思います。

解除
リコ
2022.03.30 リコ

事実、王妃が子をなさないってバカ?仕事しない子供産まない。いらないじゃんこんなの。だからって、ロレインを思い浮かべるこのバカ王子もキモい。マリア幽閉コースで愛妾に落とせば?こんな女野放しにしたら被害者たくさん出てくるしね。
絶対この国の落とされた男ども、マリアに魅了かけられてますね。だって、心の底では裏切った婚約者思い浮かべてますもん。だからって同情はしませんがね。

麦 若葉
2022.04.01 麦 若葉

コメントありがとうございます。
マリアは短絡的で欲望のままに行動しているのでたちが悪いです。いわゆるコミュニティ・クラッシャーです。
王子…確かにキモイですね…。お花畑状態がそれに拍車をかけています。そんな理由で閲覧注意にしました。

解除
リコ
2022.02.28 リコ

バカな男。一生父親として会えないし、「父」とも呼んでもらえない地獄を味わえばいい。
出産時に死ねなんて言わなければ、よくある愛のない政略結婚のように、父親として会えただろうに。ビッチのバカ女に騙されたアランは、自業自得としかいいようがない。

麦 若葉
2022.04.01 麦 若葉

コメントありがとうございます。
返信遅れて申し訳ありません。

許される範囲を超えてしまったので自業自得ですね。夫婦間でのパワーバランスはソフィアの方が強くなっているのでより自業自得になっていきます。

解除

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【 完結 】「婚約破棄」されましたので、恥ずかしいから帰っても良いですか?

しずもり
恋愛
ミレーヌはガルド国のシルフィード公爵令嬢で、この国の第一王子アルフリートの婚約者だ。いや、もう元婚約者なのかも知れない。 王立学園の卒業パーティーが始まる寸前で『婚約破棄』を宣言されてしまったからだ。アルフリートの隣にはピンクの髪の美少女を寄り添わせて、宣言されたその言葉にミレーヌが悲しむ事は無かった。それよりも彼女の心を占めていた感情はー。 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい!! ミレーヌは恥ずかしかった。今すぐにでも気を失いたかった。 この国で、学園で、知っていなければならない、知っている筈のアレを、第一王子たちはいつ気付くのか。 孤軍奮闘のミレーヌと愉快な王子とお馬鹿さんたちのちょっと変わった断罪劇です。 なんちゃって異世界のお話です。 時代考証など皆無の緩い設定で、殆どを現代風の口調、言葉で書いています。 HOT2位 &人気ランキング 3位になりました。(2/24) 数ある作品の中で興味を持って下さりありがとうございました。 *国の名前をオレーヌからガルドに変更しました。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

【完結】公爵令嬢はただ静かにお茶が飲みたい

珊瑚
恋愛
穏やかな午後の中庭。 美味しいお茶とお菓子を堪能しながら他の令嬢や夫人たちと談笑していたシルヴィア。 そこに乱入してきたのはーー

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。