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12話
しおりを挟む陣痛が始まった。
最初はだいたい10分置きに1分の間隔で陣痛が始まり、10分から徐々にその間隔は短くなる。その都度襲われる痛みに耐えながら、この過程を半日経て、いよいよ体が出産準備に入る。
そうして、ついに本陣痛が始まった。
引いては押し寄せる波の様のように、陣痛が引いている間は嘘のように痛みが引く。しかし再び陣痛がくると耐えがたいほどの痛みを伴う。まるで体の中心を体内からバリバリと引き裂かれるような激痛だ。そんな痛みに耐えながら精一杯力む事で胎児を押し出していく。頭を下にした胎児が狭い産道を通って少しずつ下がってくるのだ。
どれくらい繰り返したのかもう分からない。次第に次に来る陣痛が怖くてたまらなくなる。痛みに襲われる恐怖で心が支配されていく。それでも逃げる事はできない。自分の気力だけでやり遂げなければいけない。
『先ほどより頭が下がってきていますよ。もう少しです!頑張ってください!』
助産師達が必死に呼びかける声に希望を抱きながら、陣痛がくるたびに力み続けた。
狭い産道を通り抜ける為に子ども達も必死に頑張っているのだ。何度も何度も尽きかける気力を振り出して力む。
それを延々と繰り返した。時間の感覚はもうすっかりなくなっていた。
「…!!」
突然、助産師達の歓声が聞こえた。一気に辺りが慌しくなる。耐えがたい痛みは嘘のようにピタリと引いて行った。何が起きているのかよく分からない。そんな不思議な感覚に襲われていると、突然元気な泣き声が聞こえた。
二人の助産師がそれぞれに抱えている小さな二つの命を見つけて、我が子が無事に産まれたのだと確信した。
「元気なお子達が生まれましたよ」
彼女達は私に微笑むと生まれたばかりの我が子を私の両脇にそっと置いてくれた。子共達は壊れそうなほど柔らかくて、暖かい。ふにゃふにゃの顔で元気に泣き続けていた。そんな様子の子共達見て、気が付くと私は涙を流していた。
陣痛から丸一日かかっていた。ようやく出会えた我が子はとても可愛かった。
産まれてきてくれてありがとう。私は泣きながら心の底から何度も何度もそう呟いていた。
産まれた子供は二人とも男子だった。治療師でもお腹にいる胎児の性別は見分けられないので生まれてみなければ分からないのだ。
一卵性なのか二卵性なのか産まれたてなのでまだよく分からないが、可愛い事に間違いはなかった。
うっすらと生えている二人の髪はドリュバード家特有の藍色の髪の色で私はそれを見て安心した。
誓ってやましい事など微塵もないが、万が一、隔世遺伝や私の家系の髪の色で生まれていれば、この子達の未来は不遇な運命を辿る事になりかねない。この髪の色で生まれてくれた事に安堵していた。
ほどなくして両家の両親が駆け付けた。両家とも私が産気づいてから休む事なく、ずっと傍の部屋で控えていたようだった。
私の母は私と子供達の元気な姿を見ると声をだして泣き出してしまった。アランの母になだめられて何とか落ち着きを取り戻したようだ。真っ赤に目を腫らしながらも感慨深げに子供達を見つめていた。
父もその目にじんわりと涙を浮かべ、アランの父と共に孫が出来た喜びを分かち合っていた。
アランの私に対する一件で亀裂が生じ始めていた両家だったが、子供達の誕生で今だけはみな幸せな空気に包まれていた。
そんな雰囲気の中、瞼は徐々に重くなっていく。気力も体力も使い切った私の体は吸い込まれるように眠りに落ちて行った。そうして私は、しばらく泥の様に眠り続けた。
目覚めると見違えるほどスッキリとした感覚がしていた。
それほど長い時間は経っていないようだった。ベッド脇にはベビーベッドが用意されていて、その中では子供達が眠っている姿が見える。私は、私の願いが無事に聞き入れられた事に安堵していた。
私には、妊娠発覚当初から何においても通したい願いがあった。それは自ら産んだ子を自らで世話をする事だった。
至極当たり前の事だと思う。でもこの世界ではそうではない。
貴族世界での子育ては、乳母に子供の世話の一切を任せる事がごく当たり前で一般的なのだ。
だから、そんな事を言い出した私に、当初、両家両親は訝しがる表情を向けていたのだ。
そんな訳で私の願いは聞き入れられる事はなかった。
それでも私は諦めなかった。
前ドリュバード家当主であるアランの父に手紙を出し、懇願し続けていたのだ。
結果、アランに対する私からの制裁の一つとしてその願いは無事に受け入れられた。その上で条件がひとつだけあった。双子の育児なので一人では限界があると考えた両家の提案で経産婦でもあるベルカに手助けをしてもらいながら二人の育児を行う事を付け加えられた。私は有難くその条件を受け入れる事にしたのだ。
出産後に私に与えられた彼への制裁は、もう一つ増えていて、夫婦間でのあらゆる決定は私に委ねられるという権利を得ていた。
その約束が守らなかった場合、アランは自身の父でもある前ドリュバード当主にすべての権利が剥奪されてしまうのだ。
結果、自らの父には逆らえないアランに、その決定を拒絶する権利は無いに等しい事になる。
これでこの先、アランから何かを強勢させられる事はなくなり、以前よりも穏やかに過ごす事ができるだろう。
そうして私は目覚めた瞬間から子供達の育児をはじめた。
出産の際の傷は治療魔法で既に治されていて、痛みで歩行が苦行になる事もなく、出産で失った体力もすぐに回復する事ができた。この時ほど治療魔法の偉大さを感じた事はないだろう。
次の問題は名前の命名だった。名家なので前当主が決定した名前になるのだろうと思っていた。
しかし以外な事に命名に関して干渉してくることは一切なかった。思わず拍子抜けしてしまったくらいだ。さらには制裁の権利が自動的に発動してしまい、命名の権利が私に委ねらた事には心底驚いてしまった。
それでも一応は妊娠が分かった時点で女児だった場合、男女だった場合、男児だった場合のすべての組み合わせを考えていたのだ。
自ら考えていた候補名がずらりと並んだ紙と、二人の顔を何度も交互に見ながら思い悩んでいると、
難しい顔をしながら自分達を見ている母を不思議に思ったのか、二人は揃ってきょとんとした顔で私を見ていた。
一人の人間が一生使う事になる名を決めるという事は、それだけ重い決断が必要になる。
ましてや自分の子達の名なのだ。責任は極めて重要だ。
翌日もその次の日も私はその決定が出来ないでいた。そろそろ胃に穴があくのではないかと思うほどひどく思い悩んでいたある日、ふと目についたものがあった。
部屋の隅の壁に真っ白な三日月を見つけた。ドリュバード家特有の紋章ではないそれは、屋敷の数か所の何気ない場所に、ひっそりと目立たない程度の大きさで描かれているのだ。
部屋の隅でそれを見つけた瞬間、こんなところにもあったのかと心底驚いたが、その真っ白な三日月をぼんやりと眺めているとふと候補には無かった名前が頭に浮かんでいた。
何故かそれが二人にぴったりと合うように感じた私はついに決断した。
長男はアルヴィス、次男はユリウス。私が彼らにそう命名した。
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