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5話
しおりを挟む何気なくあたりを見ると、人気のない木の下に誰か立っているのが見えた。その人物は真っ黒なローブに身を包み、フードで顔を覆っている。
風で揺れたフードの隙間から、一瞬、サラサラとした銀髪と美しく整った顔が見えた。ひどく物悲しい表情をしている。
彼は攻略対象者の一人、魔導士のルルドだった。
魔導士と言っても、この世界には怪我や病気を治す治癒魔法が全てだ。したがって、正確にはその使い手は治療師と呼ばれる。
ファンタジーの世界によくあるような、火の玉を発生させたり、対象物を凍らせたり、風や水を自由に操ったり、そんなド派手な魔法はこの世界には存在しない。
そんな魔法があったのなら、寒い日はすぐに暖まるし、暑い日には涼む事が出来る。洗濯やお風呂なんて一瞬だ。この世界もファンタジーのような世界観なのに、なぜそんな便利な魔法が存在しないのかと少し残念に思う。
ルルドとマリアは幼馴染で同じ孤児院から来た。
二人とも強い魔力を持っていたので、一緒に学園に編入してきたのだ。
この世界で魔力持ちは希少だ。そのため唯一存在する治療魔法でさえ使える人間は少ない。
ルルドやマリアのように強い魔力持ちはより希少な存在になる。魔力が強ければ、それだけ重度の怪我や病気を短期間で治す事できるし国益にもつながる。したがって強い魔力持ちはどんな身分でも関係なく、国から手厚く保護を受け、良い教育を受ける事ができるのだ。
物静かで心優しい性格のルルドはとても腕の良い治療師だった。在学中も多くの命を救ってきた。
そんなルルドは幼い頃からずっと、マリアに恋心を抱いていた。しかし、マリアの結婚が決まってからというもの、生きる事に絶望し、人目に付く事を避け、やがて姿を消した。フードからわずかに見える彼の整った顔は酷く悲痛に歪んでいる。今のルルドの心情の全てを物語っているのだろう。
妹がこのゲーム以前にプレイしていた他の乙女ゲームでは、ヒロインが誰か一人のルートに入ると他の対象者のイベントは少なくなり、ヒロインと彼らは良い友人関係になるのだ。
やがてヒロインが攻略対象者の誰かと結ばれると、他の対象者達はみな心から祝福をしてくれる。
ハッピーエンドのイベントでは他の攻略キャラクター同士は皆、友好的で爽やかだ。ヒロインにも、ヒロインと結ばれた攻略キャラクターに対してもドロドロとした感情は向けていないし持ってもいない。
しかし、今この状況はどうだろう。無事にハッピーエンドを迎えたはずなのに、この世界の攻略対象者達の状態は異常だった。
主役の二人以外、私達も含め、みな悲惨な現状だ。
私の弟のロイドにいたっては、マリアの婚約が決まった頃から自室に引きこもったままだし、オズワルドは跡目を放棄して行方がわからない。
どの攻略対象者もヒロインに執着とも思える激しい想いを抱えている。こんなドロドロとした負の感情が蠢く重苦しいハッピーエンドなど、他にあるだろうか。
これは本当にハッピーエンドなのだろうか。こんなものでこのゲームのプレイヤーは納得したのだろうか。
本当のハッピーエンド?いや…違う。
これは裏ルートへの入り口だ。
王道ストーリーの乙女ゲームが何故そこまで人気があったのか不思議だった。人気の理由は他にあったからだ。
ある時、一人のファンが偶然、その裏ルートを発見したのだ。やがてその存在は広まり、話題になった。
このルートに入る方法はとても難しく、それを見つける事こそがこのゲームの醍醐味なのだと妹が熱く語っていたのを思い出した。
ネット上での掲示板では、ファン同士での情報交換が頻繁に行われていたが、裏ルートに入る方法はその時その時によって違うので中々見つける事ができないでいた。まるで難易度の高いパズルを完成させるようなものだったらしい。
裏ルートに入ると攻略対象者全員の好感度がマックスのまま、ヒロインはアルフォンスとの挙式をするのだ。
攻略者全員の好感度がマックスという事は今のこの異常な状態にも納得がいく。
ちなみに平民だったマリアがなぜ王太子と結婚して王太子妃になれたかというと、裏ルートの必須攻略イベントで、ヒロインが聖女として覚醒するからなのだ。
聖女は、この世界をあらゆる厄災から守る女神として崇められ、王族同様に強い権力をもつ事が許るされる。それゆえ、高い地位を手に入れたヒロインは王太子と結ばれ王太子妃になれるのだ。
そして、この裏攻略をすると、単に特別なイベントスチルが見られるという事ではなく、このイベントからさらにゲームが続くらしいのだ。
裏ルートがどういうものかを妹に聞く事はなかった。私が結婚して家を出てしまったからだ。
だから、ここから先のゲームの内容を私は知らない。
私達はこの先、一体どうなるのだろう。
次第に不安な気持ちが押し寄せていく。
私の気持ちとは裏腹に幸せな空気に包まれたまま、アルフォンスとマリアの挙式は滞りなく終わった。
この一か月後、複雑な心境のまま、私はアランと挙式の日を迎える。
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