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4話
しおりを挟む妹がこのゲームに熱中しなければ、私はその存在を知る事はなかった。
私自身、このゲームにさほど興味がなかったので、内容はもちろん、この世界の舞台や背景について深く考える事も無かった。
前世の記憶が蘇った今、ついさっきまで、この世界の常識だと至極当然のように思っていた事が実はとんでもない事だと気がつく。そんな発見がいくつもあった。
その一つは、この世界の女性の社会的地位が非常に低いという事だ。それゆえ、女性が自立して生きていく事は非常に難しい。
貴族社会ではその風習がより強い。女性が働くという事は非常にはしたない事として広く認知されている。昔から一般常識としてこの世界に深く浸透しているのだ。
そのため、この世界の女性は皆、自分が生きてゆくために、必死で良い相手を探す。夫となる男性に衣食住の全てを頼りながら一生を生きなければならないからだ。
よりよい相手を探すために、つねに美しく着飾り、時には熾烈な奪いあいさえもする。
結婚とは、この世界の女性にとって死活問題なのだ。
無事に婚約者を見つけて結婚が出来きたとしても油断ができない。万が一、相手から嫌われて婚約破棄や離婚などされようものなら大変だ。家の名に傷をつけたとして自分の一族から責められる。
すぐさま一族から切り離され、大抵は修道院に入れられる。
修道院に入れられれば、まだ運が良い。
最悪の場合は市井にだされる。その場合の彼女達は非常に哀れな運命を辿るのだ。
幼い頃より入浴から身支度まですべての事をメイドがおこなう習慣がある。それらの事にくわえて、当然、料理や掃除などもしない。生活に必要な事は使用人が全て行うのだ。
要するに生きて行くために必要な知識がまったくない。
そんな状態で若い女性がポンと道端に放り出されたら行く末は想像できるだろう。
だからこそ、この世界の女性は相手の男性をとても大切にする。自分の意思ではない政略結婚の相手だとしても、大事にして尽くすのだ。
この世界で女性とは、家の所有物であり、資産。子を産む為の道具でもあり、婚姻で家同士を結び付け、繁栄させるための駒なのだ。
そんな理由から、あまり良い噂の聞かないフローラの一族が、駒として使えなくなった彼女を本当はどうしたのか、私は不安で仕方なかった。
彼女の両親はフローラを、遠い場所にある領地で療養させていると触れ回っていた。しかし私とロレインはそれが嘘だと確信している。
あの家がフローラを手厚く守るはずがない。フローラ自身は一度も口にしなかったが、小さい頃から体中に痣があった事を私とロレインは知っていた。
おそらく彼女はずっと虐待されて育ったのだろう。
この世界はゲームの世界と酷似している。しかし、似ているようでそうでもない。
舞台や登場人物は同じなのに、この世界での実際の経過とゲームのシナリオはまったく違うのだ。
その証拠に、だたの当て馬だった私はアランと婚約したし、ロレインは悪役令嬢ではない、フローラも、取り巻きにならなかった。それゆえ、ゲーム上発生しなければならないイベントはおそらく、この世界では起きていない。それらのイベントが発生していないのなら、ヒロインのマリアが攻略対象者達の好感度を上げる事は不可能なのだ。だとしたら彼女はどうやって彼らの好感度をあげたのだろう。
ゲームのヒロインとして生まれた事すら理解していないマリアが、なぜ攻略対象者達の好感度を上げられるのか。
生まれ持ったヒロインとしての気質のようなものが備わっていたのだろうか…。
それとも、この世界が少しずつゲームのシナリオ通りに軌道修正されていっているのだとしたら…。
もしそうなら、悪役令嬢の断罪を受けたフローラはどうなるのか。一般的に悪役の行く末には悲惨な末路がまっているのだ。
様々な考えが頭の中で浮かんでは消えていく。やがてそれらがゴチャゴチャに混ざり合い、考えがまとまらない。漠然とした不安と混乱が入り混じっていく。そんな中、ロレインが、静かに話を始めた。
「ねぇ…。ソフィア。あなたには先に言っておきたい事があるの」
「えっ?なに?」
「私…アルフォンスの側妃になるの」
「ロレイン、何を言っているの…?側妃って…」
彼女の唐突な発言に私はおもわず絶句してしまった。とんでもないその内容を聞いて、私は彼女の顔を直視できないでいた。
フローラの件で暗い影を落としたままの心に、また一つ、鉛の様に重くて暗い気持ちが広がっていく。
「そんな顔しないで。仕方がない事なのよ…」
マリアが正式に王太子妃になると決まってから、ロレインは違う相手を探すものだと思っていた。
社交界の華と謳われた彼女の美貌と教養があれば、諸外国の王族や有力貴族などから引く手数多だろう。良い相手はすぐに現れるはずだ。そう思っていた。だからこそ側妃という立場でアルフォンスに嫁ぐ事に私はひどく驚いた。
「急な要請だったから私もまだ混乱しているのだけど…。マリアは婚約期間中に最低限必要な教養を学びきれなかったのよ。だから私は、今まで学んできた知識を活かして側妃になるように、王から直接要請がきたの。王太子妃のマリアの代わりに、アルフォンスの代行や執務の補助をしなくてはいけないのよ」
そういった後、ロレインはわずかに寂しそうな顔をした。
「でもね、その権限を存分に使ってフローラの行方を今より深く探る事ができるのよ。私に出来る唯一の事よ。あの一族が隠している全ての真実を暴いてやるわ」
確かに、ロレインが言うように、フローラの捜索に明るい兆しではある。しかし、愛していた人が自分ではない、他の女性と仲睦まじく愛し合う姿を、すぐ近くで見ながら、側妃として嫁ぎ、その上マリアの代わりに王太子妃の執務もこなさなければいけない。ロレインの心情をおもうと想像を絶する苦しみだろう。
幼少から今まで、自分の人生を全てアルフォンスに捧げてきたのだ。彼女の心境は計り知れない。
普通の令嬢なら気がふれてもおかしくない状況だが、彼女は今、気丈にもしっかりと前を見据えている。自分ではどうにもならない現状に必死に折り合いをつけて、この先の自分の運命を受け入れようとしている。
私もロレインのように凛としていられるだろうか。
他の女性に心を奪われているアランとの婚姻に覚悟は出来ているのだろうか。
これから先の未来はきっと辛いものになる。
アランは侯爵家の長男で嫡男、例外なく世継ぎが必要な存在だ。だから私は、彼の子を産むために彼と結婚するのだ。彼にとって私は子を産むだけの存在に成り下がってしまった。
たとえアランに愛されていなくても、私はその役割を全うする事ができるのだろうか。
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