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3章
43話
しおりを挟む私よりも背が高い彼は冷たい視線でじっと私を見下ろしている。
いつもの穏やかで物静かなエルドとはまるで違っていた。
「えっ、あ…。あの…」
情けない私は突然の出来事に動く事ができない。私が女性だという事にいつから気がついていたのだろう。それよりもこの状況をどう切り抜けよう。
張りつめた沈黙がしばらく続いて、唐突にエルドが口を開いた。
「あの男…。婚約者がいるのに他の女と不貞行為しているんだから。まずいよな」
あの男が婚約している事を知っている?二人にどんな関係があるのだろう。同級生なのだから噂で聞いたのだろうか。
「…」
無言を貫いている私を見下ろしながらエルドが再び口を開いた。
「その目の色…。君、あいつの妹?さながら不出来な兄のお目付け役ってところだろう?これ以上の有責は問題だもんな。君も大変だね」
嘲笑うようにエルドが言う。
お目付け役?妹?冗談じゃない。そもそもあの男と血が繋がっている事自体、私にとってはおぞましい事なのに。その確実な証拠のこの目の色は、私がこの世で一番嫌いな色なのだ。
怒りのあまり声を荒げながらエルドを睨みつける。
「妹?お目付け役だって?ふざけるな!!あんな男…!それに…この目の色には二度とふれないで!」
エルドは私の豹変ぶりに心底驚いているようだ。
さっきまであの男に向けていた怒りが、今はエルドに向かっている。私の態度に不意をつかれた彼は壁に付いていた両手を放している。私はその隙に目の前にある彼の胸を両手で思い切り突いて、その場から離れた。エルドは私の突然の行動に呆気に取られていて、その場に立ち尽くしていた。
ミゲラは袋の中で大人しくしていて、めずらしく一言も話しかけてこない。
黙々と歩いていると、前方に港が見えてきた。そこから見える水平線上の空は沈んでいく太陽の光で真っ赤に染まっていた。
私はそのまま波止場まで歩いた。船をつなぎとめるボラートが見えてきて、その岸壁に腰を下ろしてだらしなく足を投げたして座った。辺りに人はいなく、波の音だけが聞こえている。沈んでいく太陽をただぼうっと見ていた。それもでも自然に思考は引き戻され、感情が揺れ動いていく。
婚約していながら不貞を働いているあの男、嘲笑うエルド。グチャグチャとした感情を持て余していると袋からガザガザという音がして、紙袋からミゲラが出て来た。
「レイ…」
ミゲラが静かに話しかけてくる。
その声に被さるように違う声が聞こえた。
「レイさん…」
振り返るとエルドが立っていた。
「またあなたですか…。しつこいですね。もう放っておいてください」
無感情な声でエルドにそう告げ、再び正面に向き直した。
「レイさん。ごめんなさい…。酷い態度を取ってしまった。それに、僕は何か誤解をしていたのかもしれない…」
背後から弱々しくエルドの声が聞こえる。
「誤解?」
私は再び振り返って彼を見た。
「君はあの男側の人間だと思っていた。でも、さっきの君の態度はあの男をひどく憎んでいるように見えた」
「はい、お察しの通り、あの男が心底憎いです」
「深い事情がありそうだね。追及はしないよ。でもさ、それなら僕と協力しない?」
「協力?」
「僕はあの男を破滅させたい」
そう言った彼は真剣な顔でじっと私を見ていた。
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