17 / 33
17.夏の始まり
しおりを挟む
近頃めっきり暑くなった。しかし俺の部屋は以前より快適だ。なんといってもエアコンが自室にあるのだ。室内に居ても熱中集になる昨今、夜もクーラーを付けて寝てね、と秀子さんは言う。
おかげで七月に入ってもこうして朝ゆっくり寝れる……ゆっくり……。
――ゆっくり?
「うわ、やべっ……! 寝坊した……!」
俺は時計を見るなり跳ね起きると、Tシャツを脱いで慌てて制服に着替えた。パリッとしたワイシャツは、ほんの数日前に衣替えが行われたばかりのものだ。
そのまま洗面所に行って洗顔と歯磨きを済ませた俺は、慌てて玄関へ向かう。――と、背中に心地良いバリトンが投げかけられる。
「おはよう誠二さん。もう学校行くの?」
「今日、美化委員の集団清掃!」
「朝ごはんは?」
「いらない!」
スニーカーを履いて立ち上がった俺は勢いのままにドアを開けようとしたが、ぐっと腕を引かれて振り返った。
「だと思って、はいこれ。ホームルーム前に食べて」
渡されたのは、まだ熱を持った水色の紙ナプキンにくるまれた何か。
「おう、サンキュな。じゃあいってきます!」
「いってらっしゃい」
扉を背に、俺は通学路を走り出した。
一連のやり取りが、いわゆる『母親』であれば、きっと俺は普通の高校生ということになるのだろう。だが、そうではない。朝ごはんを持たせてくれたのも、登校を見送ってくれたのも、全て義弟である秀一だ。
親父が再婚してから、俺の生活は変わった。主に、食生活だ。
今までは男所帯だったため「カロリー重視」と言わんばかりのメニューだったが、女性である秀子さんと、彼女に育てられた秀一の作る食事によってそれは大幅に改善された。栄養とか、彩りとか、オシャレ感とか、そういうものだ。渡された朝食も、きっと小洒落た何かだろう。
ひとつ屋根の下に住むにあたって、俺たち家族はいくつかのルールを作った。まず、洗濯は自分ですること。これは秀子さんが女性ひとりだから、下着なんかを考慮してだ。
あとは、朝早い親父と、夜が遅い秀子さんのために、食事は秀一と俺で交代で作ること。それから、週に一回は兄弟の部屋をまるっと掃除すること。
始めこそごたつくだろうと思っていたそれらのルールは、全くもって滞りなく遂行された。なんといっても、秀一の手際がいいのだ。
元々家事に手が回らなかった秀子さんを手伝っていたとはいえ、男所帯で適当に済ませていた俺とはクオリティが違った。
(最初に料理したとき、オリーブオイルとかさらっと使ってたもんなあ)
今まで使ったことのある油といえばサラダ油かごま油、という俺とは根本的に違う。料理中の姿はさながら奥様向けの料理番組か何かのようだった。
ピッと改札を通ってようやく電車に乗り込んだ俺は、ふうと大きく息を吐いた。こんな風に少し変わった――けれど嫌ではない――朝を迎えるのにも、そろそろ慣れた。
おかげで七月に入ってもこうして朝ゆっくり寝れる……ゆっくり……。
――ゆっくり?
「うわ、やべっ……! 寝坊した……!」
俺は時計を見るなり跳ね起きると、Tシャツを脱いで慌てて制服に着替えた。パリッとしたワイシャツは、ほんの数日前に衣替えが行われたばかりのものだ。
そのまま洗面所に行って洗顔と歯磨きを済ませた俺は、慌てて玄関へ向かう。――と、背中に心地良いバリトンが投げかけられる。
「おはよう誠二さん。もう学校行くの?」
「今日、美化委員の集団清掃!」
「朝ごはんは?」
「いらない!」
スニーカーを履いて立ち上がった俺は勢いのままにドアを開けようとしたが、ぐっと腕を引かれて振り返った。
「だと思って、はいこれ。ホームルーム前に食べて」
渡されたのは、まだ熱を持った水色の紙ナプキンにくるまれた何か。
「おう、サンキュな。じゃあいってきます!」
「いってらっしゃい」
扉を背に、俺は通学路を走り出した。
一連のやり取りが、いわゆる『母親』であれば、きっと俺は普通の高校生ということになるのだろう。だが、そうではない。朝ごはんを持たせてくれたのも、登校を見送ってくれたのも、全て義弟である秀一だ。
親父が再婚してから、俺の生活は変わった。主に、食生活だ。
今までは男所帯だったため「カロリー重視」と言わんばかりのメニューだったが、女性である秀子さんと、彼女に育てられた秀一の作る食事によってそれは大幅に改善された。栄養とか、彩りとか、オシャレ感とか、そういうものだ。渡された朝食も、きっと小洒落た何かだろう。
ひとつ屋根の下に住むにあたって、俺たち家族はいくつかのルールを作った。まず、洗濯は自分ですること。これは秀子さんが女性ひとりだから、下着なんかを考慮してだ。
あとは、朝早い親父と、夜が遅い秀子さんのために、食事は秀一と俺で交代で作ること。それから、週に一回は兄弟の部屋をまるっと掃除すること。
始めこそごたつくだろうと思っていたそれらのルールは、全くもって滞りなく遂行された。なんといっても、秀一の手際がいいのだ。
元々家事に手が回らなかった秀子さんを手伝っていたとはいえ、男所帯で適当に済ませていた俺とはクオリティが違った。
(最初に料理したとき、オリーブオイルとかさらっと使ってたもんなあ)
今まで使ったことのある油といえばサラダ油かごま油、という俺とは根本的に違う。料理中の姿はさながら奥様向けの料理番組か何かのようだった。
ピッと改札を通ってようやく電車に乗り込んだ俺は、ふうと大きく息を吐いた。こんな風に少し変わった――けれど嫌ではない――朝を迎えるのにも、そろそろ慣れた。
1
お気に入りに追加
919
あなたにおすすめの小説
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
目が覚めたらαのアイドルだった
アシタカ
BL
高校教師だった。
三十路も半ば、彼女はいなかったが平凡で良い人生を送っていた。
ある真夏の日、倒れてから俺の人生は平凡なんかじゃなくなった__
オメガバースの世界?!
俺がアイドル?!
しかもメンバーからめちゃくちゃ構われるんだけど、
俺ら全員αだよな?!
「大好きだよ♡」
「お前のコーディネートは、俺が一生してやるよ。」
「ずっと俺が守ってあげるよ。リーダーだもん。」
____
(※以下の内容は本編に関係あったりなかったり)
____
ドラマCD化もされた今話題のBL漫画!
『トップアイドル目指してます!』
主人公の成宮麟太郎(β)が所属するグループ"SCREAM(スクリーム)"。
そんな俺らの(社長が勝手に決めた)ライバルは、"2人組"のトップアイドルユニット"Opera(オペラ)"。
持ち前のポジティブで乗り切る麟太郎の前に、そんなトップアイドルの1人がレギュラーを務める番組に出させてもらい……?
「面白いね。本当にトップアイドルになれると思ってるの?」
憧れのトップアイドルからの厳しい言葉と現実……
だけどたまに優しくて?
「そんなに危なっかしくて…怪我でもしたらどうする。全く、ほっとけないな…」
先輩、その笑顔を俺に見せていいんですか?!
____
『続!トップアイドル目指してます!』
憧れの人との仲が深まり、最近仕事も増えてきた!
言葉にはしてないけど、俺たち恋人ってことなのかな?
なんて幸せ真っ只中!暗雲が立ち込める?!
「何で何で何で???何でお前らは笑ってられるの?あいつのこと忘れて?過去の話にして終わりってか?ふざけんじゃねぇぞ!!!こんなβなんかとつるんでるから!!」
誰?!え?先輩のグループの元メンバー?
いやいやいや変わり過ぎでしょ!!
ーーーーーーーーーー
亀更新中、頑張ります。
俺の事嫌ってたよね?元メンバーよ、何で唇を奪うのさ!?〜嵌められたアイドルは時をやり直しマネージャーとして溺愛される〜
ゆきぶた
BL
時をやり直したアイドルが、嫌われていた筈の弟やメンバーに溺愛される話。R15のエロなしアイドル×マネージャーのハーレム物。
※タイトル変更中
ー ー ー ー ー
あらすじ
子役時代に一世を風靡した風間直(かざまなお)は現在、人気アイドルグループに所属していた。
しかし身に覚えのないスキャンダルで落ちぶれていた直は、ある日事故でマンションの11階から落ちてしまう。
そして何故かアイドルグループに所属する直前まで時間が戻った直は、あんな人生はもう嫌だと芸能界をやめる事にしたのだった。
月日が経ち大学生になった直は突然弟に拉致られ、弟の所属するアイドルグループ(直が元いたグループ)のマネージャーにされてしまう。
そしてやり直す前の世界で嫌われていた直は、弟だけでなくメンバーにも何故か溺愛されるのだった。
しかしマネージャーとして芸能界に戻って来てしまった直は、スキャンダル地獄に再び陥らないかという不安があった。
そんな中、直を嵌めた人間がメンバーの中にいるかもしれない事を知ってしまい───。
ー ー ー ー ー
直のお相手になるアイドルグループには
クール、オレ様、ワンコ、根暗がいます。
ハーレムでイチャイチャ、チュッチュとほんのりとした謎を楽しんでもらえば良いと思ってます。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
-悪役兄様ルートのフラグの折り方-
青紫水晶
BL
乙女ゲームの世界に転生したら悪役キャラの少年に拾われて義理の兄が出来ました。
まだ闇堕ち前の兄の悪役フラグをへし折るために奮闘します!
魔法使いと人間が暮らすファンタジーな世界、差別が当たり前の世界で特殊な魔法使いの兄と転生少年のラブストーリー。
二種魔法使いクール美形×武術が得意の健気平凡
兄の溺愛が過激すぎてちょっと困っています。
※現在大幅修正中のため、ページを順次公開していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる