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お菓子より甘いモノ

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悪役令嬢シャーロットの死亡エンド回避計画のため、転生した瞬間に婚約破棄、両親に無理を言って転学させてもらいましたの。

そこでスローライフを求めていたのに隣国の王子のことが気になってしまうなんて…。

2月14日バレンタインデー。この日は1年を通して一番お菓子が売れる日であり、同時にお店側も客の心を掴もうとしたり購買意欲を掻き立てるため様々な工夫を凝らす日である。
そしてここ、レミ魔法学院の調理室でもその例に漏れず、休日である今日も生徒達が自主的に集まって思い思いのお菓子作りに挑戦していた。
「このケーキはこれで良いのか?」
「そうですわね……。クリームをもっとなめらかなテクスチャーにすることで華やかさを持たせますわ」
中でも一番気合が入っているのはシャーロットだった。何故なら彼女は今現在、ここで助手として働いているからである。それもこれも今日こそ作ると決めていた自分の為のチョコレートのためである。
「こうか?」
「そう!上手ですわ!」
彼女に褒められて鼻高々になるブライアンに、シャーロットは嬉しそうに頬を綻ばせながらオーブンからスポンジケーキを取り出した。そして綺麗な焼き色に仕上がり満足しながら次の工程へ移っていく。
「生クリームを泡立てますわよ!これが一番大事な作業なので力を入れてくださいな」
シャーロットが言うと、男子生徒達は力強く頷いた。この学院では菓子作りと言えば女性だけと思われがちだが、そんなこともない。それもこれも全部……。
「どうしてまた料理研究会じゃなくて、こっちにいらっしゃるんですの?」
シャーロットは泡立て器をブライアンに手渡しながら不思議そうに尋ねた。彼が甘いものが好きだからというのも理由の一つだろうけれど、そこまで菓子作りに興味があるとは思えなかったのだ。
しかし当の本人はそう聞かれるとどこか恥ずかしそうに鼻を掻きつつ答えた。
「そりゃあ、お前がいるからな」
その言葉にシャーロットは思わずドキッとするも、平静を装うために無表情を取り繕った。
「わ、私だっていつまでもこうしていられるわけではありませんのよ?」
それは暗に距離を置くぞという警告だったのだが、ブライアンはそんな言葉など全く気に留める様子はなかった。それどころかむしろ彼女に密着してきて泡立て器を握らせながら顔を覗き込んでくる始末だ。
「もしシャーロットの助手の仕事がなくなったら、俺の家に永久就職すればいいさ」
そう言って頬に口づけされるのでシャーロットの顔は途端に赤く染まってしまった。彼女は思わず辺りを見回してみるが、他の生徒達は各々製菓に夢中になっているようでこちらの様子など全く気にも留めていなかった。
「なっ……な……!」
シャーロットがあまりのことに言葉を失っていると、ブライアンは愛おしそうに彼女の頭を撫でた。まるで駄々をこねる子供をあやすかのように優しく触れられると、シャーロットの心臓はもう破裂寸前だった。
(なんでコイツはっ!そんな恥ずかしいことをさらっと言えるんですのよ!?)
他の生徒に聞かれていたらどうするんだと思い周囲を警戒するが、みんな自分の作業で手一杯のようでこちらのことなど見向きもしていなかった。
「もう!私はあなたの助手ではなく、菓子作りの手伝いをするためにここにいますのよ!」
シャーロットはブライアンの手を振り払うと、顔を真っ赤にして言い返した。それを聞いて彼は一瞬寂しそうな顔をしたものの、すぐにまたいつもの明るい笑顔を見せると今度は彼女の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「分かってるって!でもよ、お前と一緒に何かできるってだけで俺は嬉しいんだよ」
そんなことを言われたら何も言い返せなくなってしまうではないか。シャーロットは拗ねたように唇を尖らせつつも、されるがままになっていた。
「ほら、前よりも上達しただろ?これはお前のおかげだな」
そう言ってシャーロットの頬についたクリームを指で掬い取ってペロリと舐めるブライアンに、彼女は思わずドキッとした。
(だからそういうことを躊躇なくやるなって言っているんですのよ!)
ただでさえ異性との交流に慣れていないシャーロットにとっては、彼のこういった行為は非常に心臓に悪いのだ。今までどんな男性と接してもときめいたことなんて一度もなかったのに、ブライアンと接しているとドキドキが止まらないのである。
「ま、まあ……少しは上達したようですけれど、まだまだですわね」
「ちぇっ。厳しいな、シャーロットは」
本当は素直に褒めてあげたいのだが、そうするとまた彼が調子に乗ってしまうのでここはぐっと堪えることにしたのだ。だが彼はそんなシャーロットの気持ちなどお見通しのようで、クスクスと笑っていたのだった。
「……ほらっ!口よりも手を動かさないと!本番に間に合いませんわよ!」
照れ隠しのようにまくし立てるシャーロットだったが、ブライアンはそんな彼女の様子が可愛くて仕方がなかった。
「はいはい、分かりましたよお姫様」
「~~っ!!」
もう我慢の限界だとばかりにシャーロットはブライアンを押し除けると、怒りに任せてチョコレートを混ぜ合わせた。その様子を見て彼は楽しそうに笑っているのだが、彼女は全く気がつく様子はなかったのだった。
*****

あれからしばらくして無事に調理を終えたブライアン達だったが、その際に作った菓子はどれもとても美味しくできていたというのにシャーロットが作ったものだけ明らかに差があったのだ。
(シャーロットが作ったヤツの方が見た目も綺麗だし、何より美味いんだよなぁ)
他の生徒達の作ったお菓子は初心者らしく少々不格好だったり焦げていたりするのだが、シャーロットの作ったものだけはまるで売り物のように輝いて見えた。味だけでなく見た目や飾り付けに至るまで完璧だと言わざるを得ない。
「あら?まだ残っていますの?」
「あぁ……悪い、ちょっとボーッとしてた」
ブライアンが慌てて取り繕うと、彼女は不思議そうに首を傾げたもののそれ以上追及することはなかった。そして彼はほっとした表情を見せたものの、シャーロットは何故か何か言いたげにこちらを見ていた。
「ねえ、ブライアン」
「……なんだよ?」
訝しむ彼に対し、シャーロットはおもむろに鞄から可愛くラッピングされた箱を取り出すとそれを彼に手渡した。それは明らかにバレンタインのチョコレートだった。
「えっ?これは……」ブライアンが驚きながら受け取ると彼女は少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。
「あなたの為に作りましたのよ……誰にもあげていませんからね!」
それだけ言うと返事も聞かずに調理室を出ていってしまった。

残されたブライアンはしばらく呆然としていたが、徐々に実感が湧いてくると歓喜のあまり叫び出しそうになった。
(嘘だろ……!?シャーロットからバレンタインチョコをもらえるなんて!)
嬉しくて舞い上がりそうになる気持ちを抑えながらそっと箱を開けてみると、そこには美味しそうなカップケーキが入っていた。しかもメッセージカード付きで『いつもお世話になっています』と不器用に書かれているものだから余計に嬉しさが込み上げてきた。
「なんだこれ……可愛すぎるだろ!」
ブライアンは宝物のようにそれを抱えると、急いでシャーロットを追いかけた。
「シャーロット!待ってくれないか!」廊下に出ると既に彼女の姿はなかったのだが、ブライアンは迷うことなく追いかけ始めた。彼女の行動パターンなどお見通しだと言わんばかりにあっという間に追いついてしまい、そのまま後ろから抱きしめた。
「きゃあっ!?」突然の出来事に驚いたシャーロットだったが、すぐにそれが誰なのか分かると慌てて逃げようとするもギュッと強く抱きしめられてしまい身動きが取れなくなってしまった。
「もう……いきなり何をなさるんですの……」
そう言って彼女は頬を膨らませるものの本気で怒っているわけではないらしく、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。そんな彼女を見てブライアンは愛おしそうに目を細めると、そのまま彼女の顎を掴んでこちらを向かせると口付けた。
「ん……っ」
何度も角度を変えて繰り返される口づけにシャーロットは次第に頭がボーッとしてきたのだが、それでも必死に彼から逃れようともがくものの全く力が入らなかった。
「っ!気が早いですわ…。」
「婚約をしてほしい。いや正直今すぐに結婚式を挙げたい気持ちだ。」
「ふふ、仕方ないですわね。」
シャーロットは苦笑しながらブライアンの首に腕を回すと、今度は自分からキスをした。そして二人は幸せそうに微笑み合うとどちらからともなく再び口付けを交わしたのだった。
(なんつーか……チョコレートより甘いな)
そんな甘ったるい雰囲気の中、ブライアンはシャーロットを抱き寄せるとその身体を優しく抱きしめたのだった。
その後、学院中が二人の婚約に驚くことになるのだがそれはまた別のお話である……。
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