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改心した悪役令嬢の恋

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わたくしは、何としてもフェンリル様にまた会わなければなりません。

「ミーシャの婚約者候補についてなんだが…」

「あら、そのようなお話は当主のお父様とお母様がしてくださればよろしいでしょう?」

わたくしはそう言ってニコリと笑いました。

その言葉は本当ですし、お母様にもお話があるように誘導していただきました。

けれど、自分がどうしても、という意思は伝わらないでしょう。

「フェンリル様の話題は置いておいて、領主会議で何か変わったことはありませんでしたか?」

わたくしがそう聞くと、ゲオル様は何とも複雑そうな表情で笑いました。

「エレンに何かあったのか?」

「何か、というよりは、エレン様が困ったことを起こしたと言った方が正確だと思います」

「……また何かしでかしたのか……」

わたくしが中央行きを辞退したことをお話しすると、ゲオル様は深い溜息を吐いて項垂れてしまいました。

どうやらフリート様からの連絡を受けていて、中央行きの話を断るとは思わなかったようです。

……それに関してはわたくしにも言い分がありますけれど。

「ゲオル様、側近はどれほど連れていらっしゃるのですか?」
「側仕えと護衛騎士を2人、文官も1人連れていく予定だ」

……全員が領主候補生の側近で、しかも上級貴族ですか。

それならばゲオル様は大丈夫でしょう。

中央へ行ったことがないはずなので不安要素ではありますが、少なくとも領地内でトラブルを起こすことはないはずです。

「お父様はどう思われますか?」

ゲオル様の言葉に固まっていたお父様に声をかけると、ハッと我に返ったようです。

そして少し困ったようにわたくしを見ました。

「……ミーシャは修道院へ戻るということで良いのだな?」

「えぇ、そのつもりです」

ここまでは思惑通りです。

「……わかった。ゲオル様には更に側仕えと護衛騎士を3人ずつ貸し出しよう」

「ありがとうございます、お父様!」

領主候補生の人数から考えれば少ないかもしれませんが、中央へ行く場合はそれで充分でしょう。

他の方々もそれで納得したようですし、これでわたくしは修道院へ向かうことになりました。

……お手紙を書くことができなくなるなんて言いませんけれど!

こうして話し合いは終わったのですが、まだ終わりではありません。

わたくしの修道院へ戻ることが確定した今、大切な方々へお手紙を出さなければなりません。

「ゲオル様、この後時間はありますか?」

「あぁ」

ゲオル様に時間があることを確認したわたくしは、先に下がろうと立ち上がったお母様に声をかけました。

「お母様、少しゲオル様とお話をしてきても良いですか?」

「……ええ。構わないわ。」

不思議そうにするお母様にニコリと微笑んでから部屋を見回します。

「本当に修道院に行けばフェンリル様に会えるんですよね?」

「あぁ。今頃他国から帰ってきているはずだから問題なく会えるだろう」

ゲオル様が頷きます。

それを聞き、わたくしは一度深呼吸をしてニコリと笑いました。

「ありがとうございます。」

お母様には聞こえないように小声でそう伝えた後、わたくしはゲオル様と共に部屋を出ました。

◇ ◆ ◇ 
部屋に残った者達の話し合いは続いていますが、修道院行きに賛成してくれる方たちはわたくの部屋に集まりました。

「……それで?ミーシャが破滅の道に向かって修道院送りにされて更生してもらった相手のフェンリル様ってわけ?」

そう問いかけたのはわたくしの悪友であるナタリア。

「そうよ。本当に素敵な方なんですわ。私が修道院から家に戻るまでの生活の途中で他国へ向かわれてしまわれたのが残念ですわ。ずっとまたお会いしたいと思っておりましたわ。」

「まさか、ミーシャがそこまでフェンリル様にご執心だったとは思わなかったわ。」

呆れたように溜息を吐かれてしまいましたが、仕方ありません。

本当に素敵な方なのですから!

「ミーシャがフェンリル様に嫁ぎたいとか言い出さないで安心したわよ」

ナタリアの言葉にわたくしは首を傾げました。

「何を言っているのですか?ゲオル様に嫁ぐと決まったのですからそんなこと言うわけがありませんわ。今のところはですけど!」

そんなわたくしの言葉に、この場にいた全員がきょとんとした表情をしています。

「……ゲオル様はミーシャの婚約者候補じゃないのですか?」

「ミーシャが選んだ殿方が婿として来てくださるという話だったわよ?」

周りの言葉にわたくしは苦笑しながら首を左右に振りました。

「実はゲオル様はわたくしに婚約話を持ちかけてはくださらなかったのですよ。これは取引ですわ。」

わたくしがそう言うと、全員が驚きで目を見張った後、何とも言えない表情になってしまいました。

「……いくら家同士が決めたと言っても、幼馴染みであるミーシャとゲオル様にそんなことがあったなんて……」

「まさかそんな取引をしていたとは思わなかったわ」

「本当にわたくしもびっくりいたしましたわ。ですがゲオル様から婚約話は出ませんでしたし、この機会にフェンリル様の婚約を斡旋していただくつもりですの!」

わたくしがそう宣言すると、全員の視線が集まりました。

「……ミーシャは、本当にフェンリル様がお好きなのですね。」

その言葉に深く頷きそれぞれに別れを告げてこの街を出た。

*****

ミーシャが去った後の応接室でゲオルは疲れたように息を吐き出した。

「まさかこんなにあっさりと了承するとは思わなかったな……」

「あら、そう?ゲオルだってミーシャが婚約をしなければ中央へ行けないとはわかっていたのでしょう?」

紅茶を一口飲んだ後で妻であるマルテはそう言った。

「だが、それでも修道院送りにするとは思わないだろう」

そんな言葉に溜息まじりに返すゲオル。

そんな弟の様子を見ながらクスクス笑うマルティナは手元にある扇を開いて口元を軽く隠した。

「それにしたって、どうして中央行きを拒むのか理由を聞き出さなかったのですか?」

質問にゲオルはじろりと姉を見た。

「それを聞いてミーシャが納得すると?」

「納得はしませんでしたけれど、絶対に頷かないわけでもありませんでしたでしょう?」

そんなマルティナの言葉にゲオルは苦い表情になる。

「……確かにな」

そう言いながらゲオルは自分の左手にある指輪を見た。

中央に嫁ぐと決まってから交換した物だ。

中央の貴族と結婚できないわけではないが、中央の貴族と縁を結ぶのはどちらかと言うと格上の家だ。

そこに嫁げばミーシャの立場が強くなるのはわかっていた。

ただ、それだけではなく、ゲオルとしても中央へ行く理由としてミーシャを婚約者にしたかっただけなのだが……

「本当に嫌ならば他の手も考えたのですがね……」

そんなマルティナの言葉にゲオルは深く溜息を吐き出した。

「諦めろという方が無理だろう」

ミーシャへの想いに蓋をして諦めなければならないと思っていたのに、婚約者候補として話が回ってきた。

それだけでも嬉しいのに、ミーシャがフェンリルに好意を寄せているなんて聞かされたら諦めることなんてできなくなった。

「ふふ……ではゲオルはこれからどうするのですか?」

「それは……」

そう聞かれると答えられないゲオル。

するとコンコンと扉がノックされ、扉の外から入室の許可を求める声が聞こえてきた。

「ナタリアです」

そんな声にマルティナは入室を許可すると同時に扉を少し開けた。

「丁度良かったわ。貴女も紅茶はいかが?」

「ではお言葉に甘えて」

そう答えて入ってきたのは先程まで共にいたナタリア。

「ゲオル様、ミーシャが修道院入りするのは構わないのですか?」

いきなりの質問にゲオルは少し目を見開いた後、困ったような表情になる。

「ミーシャを嫁に出すくらいなら俺が中央に入った方がましだ」

そんな言葉にマルティナだけでなくナタリアも溜息を吐いた。

2人の溜息を聞いてから不機嫌そうに尋ねるゲオル。

「……なんだ」

そんな姿に苦笑しながらマルティナは答えを返す。

「ゲオル、それではミーシャが可哀想ですよ?ミーシャとフェンリル様の婚約が嫌ならば、ゲオル自身の中央入りを嫌がるのもわかりますけれど」

マルティナの言葉に、ゲオルはまたため息を吐く。

そんな様子に苦笑しながらナタリアは問いかける。

「あのミーシャの様子だと簡単に引き下がるとお思いで?」

ナタリアの質問にゲオルは少し考えた後、ゆるりと首を振った。

「……いや」

そんな言葉にナタリアだけでなくマルティナも苦笑を浮かべた。

「まずはミーシャはゲオルに嫌われていると思い込んでいますものねぇ……」

「そうでもなければあそこまで頑なに拒否することはないでしょうね」

その言葉に頭を抱えたゲオル。

そんな姿に2人は苦笑するしかない。

2人にとってゲオルの初恋はミーシャであり、その初恋を拗らせたまま成長してしまったことを間近で見続けてきたからこそ、ゲオルとミーシャには幸せになってほしいと願っている。

そこにフェンリルの婚約が絡めば更に話は拗れていくだろうことは想像に難くない。

けれど2人にとって、ゲオルもミーシャも可愛い弟や妹のような存在で、幸せになってほしいと願わずにはいられない。

「とりあえずまずはミーシャをどう思っているのかお話しするところから始めましょうか」

「……そうだな」

溜息を吐き出しながら頷いたゲオルを見てマルティナはホッとするように笑った。

そんなゲオルとゲオルの姉の表情を見たナタリアも笑みを浮かべると紅茶に手を伸ばすのだった。

*****
三角関係序章 -完結-
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