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聞けなかった言葉

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 祥を抱いてしまった。

 起きた俺は混乱している頭を抱えていた。腰掛けているベッドを見ると、目元が赤く、身体中体液塗れの祥がいる。『他でもない俺が双子の弟を抱いた』という事実に、俺は打ちのめされていた。祥になんて謝ればいいんだ。

「……頭冷やそう。」

 俺はまず祥の体を濡らしたタオルで清め、下着や服を着させる。祥は疲れ果てているのか起きる気配は無い。そのまま祥に布団をかけ寝かせる。身支度を整え朝食を作って、メモを残して家を出た。



 第9話 聞けなかった言葉



 街中を当てもなくぶらぶら彷徨く。時刻はとっくに夜の11時を回っている。祥を抱いた時の『祥が可愛らしい、美味しそうだ』という気持ちと、冷静になって『祥になんて事をしたんだ』という気持ちが混ざり合い、頭が混乱する。俺の本当の気持ちは、どっちなんだろう。そう思うと帰りたくなくて、足が家から遠ざかる。
 気が付けば繁華街に来ていた。こんな時間でも街は賑やかだが、閉店時間の店がちらほら散見される。その時、後ろから声を掛けられた。

「もしかして、祥のお兄さんか?」

 振り返ると、そこには祥の友達が数名いた。声を掛けて来たのは確か祥と同じ学部の『剛さん』だったはず。

「剛さん、ですよね。祥がお世話になってます。」

「それより祥のやつ、大丈夫なのか?」

「……『大丈夫』、とは?」

「祥、今日の合コンに『風邪引いたから休む』って連絡を入れたんだよ。だからてっきりお兄さんが看病していると思っていたから。」

「……!」

 俺は血の気が引く思いをした。祥が風邪を? 昨日のアレのせいだ。きっと寝ている間に風邪をひかせてしまったに違いない。

「お兄さん、顔色悪いよ?」

「……すみません。祥が風邪ひいてるなんて知らなくて……。」

「そうだったのか。まぁそういう時くらいはあるっしょ。」

 そう言うと剛さんは俺にコンビニ袋を差し出す。受け取った中身はプリンとゼリーだ。
 
「祥にやってくれ。見舞いって事で。」

「わざわざありがとうございます。俺、帰りますね。」

「おう! 祥の事頼んだぜ。」

 剛さんと別れて、俺は閉店間際のドラッグストアに駆け込んだ。冷えピタ、風邪薬、栄養剤、飲料ゼリー、スポーツドリンク。思いつくものを買いこみ、急ぎ足で帰路についた。

 ______

「ただいま……!」

 家に帰ると既に部屋は暗い。祥は眠っているのだろう。だが、風邪薬を飲ませる為に一度祥を起こさないと。ふと俺はテーブルを見る。冷めきった生姜焼きと、メモが一枚。

『おかえり。ご飯食べたら、俺の部屋に来て。 祥』

「祥……。」

 具合の悪い中書いたんだろう、少々筆跡が乱れている。それに『部屋に来て』と書き助けを求めるくらいだ、かなりの風邪を引かせてしまったのだろう。俺は急いで祥の部屋に入る。
 祥は布団に包まり。すやすやと寝入っている。だが寝返りをうつときに、少し唸っている。体の節々が熱で痛いのだろう。俺は祥をゆすって起こした。祥はゆっくり目を開け、俺を見るなり抱き着いてきた。

「兄ちゃん……!」

 いつもの祥だ。昨日のあの色っぽさはない、いつも通りの祥だ。俺は祥を引きはがすと祥に聞いた。
 
「祥! お前、風邪は大丈夫か!?」

「……へ?」

 祥はポカンとしている。熱で意識がはっきりしていないのかもしれない。俺は祥の額に手を当てる。祥の顔は赤く、額にも熱を感じる。思ったほどの熱ではないが、油断は禁物だ。急いで冷えピタを貼ってやり、薬を飲ませる為の水を取って来てやる事にした。部屋を出ようとすると、祥が俺に倒れ込んできた。間一髪でそれを受け止める。

「どうした?」

「あ、あのね、兄ちゃん。」

 祥はそれを言い俺を見る。でも直ぐに俯いてしまう。

 祥が可愛い。

 その思考を急いで振り払い、祥の肩を掴んで言い聞かせる。

「……話は後で聞くから、まずは薬飲もう。な?」

「……うん。」

 祥の部屋を出てキッチンへ向かう。水を持って再び部屋に入る。祥は布団にしっかり戻っていた。俺は祥をゆっくり起こさせて水と風邪薬を飲ませる。落ち着いた頃合いに、俺は祥に聞いた。

「祥、何か話したい事あるのか?」

「う、うん……。」

 祥は顔を真っ赤にして頷く。風邪で熱が出ているのだろう。

「あのね、兄ちゃん。」

「何だ?」

 祥の頭を撫でてやる。祥は俯きながら何度か口をパクパクさせていたが、やがて俺にいつもの笑顔を向けてこう言った。

「あのね! 今日は一緒に寝て欲しいんだ! その、風邪ひいて人恋しい、っていうか……。」

 俺は何だかホッとした。それと同時に何故か落胆もした。何に落胆をしたのかは、分からないけれども。
 
「……仕方ないな。着替えてくるから、少し待ってろ。」

「……うん。」

 弱っているんだろう、心なしか祥の声には力が無い。俺は急いでパジャマに着替えて祥の部屋に戻る。そのまま祥のベッドに潜り込む。シングルベッドに男が二人も入ると狭いが、この際仕方ない。枕を祥に譲り、自分は枕無しで寝ようとした時、祥が『お願い』をしてきた。

「兄ちゃん。腕枕して抱きしめて欲しい……。」

 昨日の今日でこんな事されたら正直どうにかなってしまいそうだが、堪える。今祥は風邪を引いているのだ。
 
「しょうがないな。」

「……ありがと。」

 祥の枕を外し、俺の腕に祥の頭を乗せる。そしてぴたりと体を寄せ合い、抱きしめてやる。暖かくて心地が良い。

「お休み、祥。」

「……うん、お休み、兄ちゃん。」

 そのまま俺は目を閉じ眠る。寝入る直前、祥の呟きが聞こえた気がした。

「……言えなかったなぁ。」

 祥は、俺に何を言えなかったんだろう。考える間もなく、俺は意識を手放した。
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