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弟は嫉妬する

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「では瀬田大学入学、おめでとー! カンパーイ!」

 コンパ当日。俺は結局祥の頼みでコンパに来てしまった。『友達と話したい』という祥の頼みなのもあるが、もっぱら祥のお守りである。出されたウーロン茶のグラスを周りの人とくっ付け、乾杯をする。俺の横は祥と、祥の女友達の里美さんだ。

「カンパーイ! いやぁ、兄ちゃんと来れて良かったぁ!」

「そうね! ところで祥くんのお兄さん、名前は?」

「啓です。弟の祥が世話になってます。」

「固いよー? もっと砕けていいのに!」

「いえ、初対面ですし……。」

「兄ちゃん、相手が良いって言ってるなら良いじゃん! ね、里美ちゃん!」

「あはは! 祥くんホントにノリ良いよね~!」

 いつの間にか周りの人の中心に祥が加わっていく。祥のコミュ力は凄い。俺はあまり人と関わるのが苦手だから、どうしてコミュ力は似なかったのか不思議なくらいだ。



 第3話 弟は嫉妬する



 飲み会は俺を置いて盛り上がっていき、未成年でも飲める甘酒まで出てきて、新入生に飲ませる大会まで行われている。辺りは酒臭く、二十歳以上は皆酔っぱらいだ。泥酔している者もいる。俺が見張っていた祥は甘酒大会に参加している。止めたのだが、周りが無理矢理参加させたのだ。

「啓くん、ホントにノリ悪いよね。」

 そう周りに言われて放っておかれている状態だ。祥が甘酒を一気飲みしているのを見て「ペルリーゼ買おうかな」と思っていると、隣から声がかかった。見ればいつの間にか別の女性が座っていた。

「貴方も、のけ者にされたの?」

 女性はロングの髪を一つの三つ編みにしている。緑の瞳が俺を見る。

「私は『ノリが悪い』とか言われて、蚊帳の外よ。」

「はぁ……。貴方は?」

「私は橘 朔夜(たちばなさくや)。文学部よ。」

「俺は颯水 啓。理学部だ。よろしく。」

 俺の名前を聞き、朔夜さんが祥に指をさす。

「『颯水』って、今甘酒一気飲みしてる祥くんのご兄弟?」

「ええ、祥の双子の兄です。」

「あら、双子なの! ご兄弟で同じ国立大なんて、凄いわね。」

「そうですかね。まぁ、祥は文系の天才肌ですから。」

「ふふ、貴方も倍率の高い理学部なんて凄いわ。」

 祥が一気飲みし終わるのを見ながら、朔夜さんとウーロン茶片手に話しをする。ゆっくり、お互いのペースを探りながら。祥以外で話のペースが合うのは初めてだ。

「ところで何故朔夜さんはこのコンパに?」

「数合わせ、ってところかしら? 啓くんは?」

「俺は祥にねだられたので。」

「仲の良いのね。羨ましいわ。」

 次第に互いの目を見ながら会話をする。不思議な眼に吸い込まれそうだ。

「ご兄弟はいらっしゃるんですか?」

「いいえ、私ひとりっ子なの。だから兄弟って羨ましいわ。」

「なかなかに大変ですよ。俺は手間のかかる弟だけですが。」

 その時、後ろから声がかかった。祥の声だ。

「兄ちゃーん! 俺を放っておいて何女の子と話してるのさ~!」

 その声に振り返ろうとしたところ、後ろから祥に抱き着かれた。酒臭い、というか甘酒臭い。褐色の肌が甘酒のアルコールで赤みがかっている。

「祥、いくら甘酒とはいえ飲み過ぎだ。少し水飲め。」

「やだー! 兄ちゃんが飲ませてよぉ~!」

 祥は俺から一度離れると、口を開ける。俺に飲み物を飲ませる気満々だ。仕方なく自分のウーロン茶のクラスをゆっくり飲ませる。ごくごくと喉仏が動くのを数回見て、グラスを離してやる。

「ぷはーぁ! 生き返ったぁ!」

「やれやれ……。」

「いいわね、仲良しで。私も兄弟欲しかったわ。」

 そう朔夜さんが言うと、祥は俺に抱き着き朔夜さんへ向かって大声を出した。

「兄ちゃんは俺の兄ちゃんだもん! あげないから!」

 それを聞き、朔夜さんは目をぱちくりさせる。そして本当におかしそうに笑った。

「ふふっ……! そうね、啓くんは祥くんのお兄さんだものね! ふふふ……っ!」

「そうだよ! あげないもんね!」

 それでもおもちゃを取られまいとする子供のように、俺に抱き着き朔夜さんへ向かう祥。俺は一度祥を引きはがして立ち上がる。そして祥の手を引き立ち上がらせる。

「祥、飲み過ぎだぞ。もう帰ろう。」

 祥は俺の言葉にニコニコとしなから返事をする。

「はーい! みんな、俺兄ちゃんと帰るからー!」

「祥くん、もう帰っちゃうの?」

「二次会行こうよー!」

「んー、兄ちゃんが『帰る』って言ったから、俺も帰る!」

 祥は俺の手を繋ぎ、ルンルンとしながら俺と店を出た。

 ______

 2人で店を出て暫く。ご機嫌だった祥がいきなり不機嫌になった。口を尖らせまゆ根を寄せている。

「兄ちゃん、あの女の子の事どう思ってるの?」

「はぁ? まあ、不思議な目だなとは思ったな。」

「……それだけ?」

「『それだけ?』って、何だよ?」

 今度は俺がまゆ根を寄せる番だ。何が言いたいんだ?

「その、『可愛い』とか『好みだ』とか無い? 普通だった?」

 なるほど、俺に恋愛話でも持ちかけてるのか。だが生憎、そういった感じはなかった。強いて言えば……。

「……俺と話のペースが、合ったな。」

「それホント!?」

 祥が俺の胸に抱きつく。何なんだ一体。

「兄ちゃん、あの女の子のところ、行かない、よね……?」

「行く気はないけど、どうしたんだ?」

 祥が口を尖らせたままそっぽを向く。顔が先程より赤い。酔いが回ってきたのだろう。

「……兄ちゃんが取られる、って思ったら、凄く嫌だって思って、その……。」

「何だ?」

「……嫉妬、しちゃった。」

 その時、その赤らめた顔に胸が締め付けられる思いがした。ひやり、というより、ギュン、とする感じの胸の締めつけだ。心臓がバクバク動く。何だ。何だこれ。

 祥を、無性に抱きしめたくなるなんて。
 その赤らんだ頬が、美味そうだと思うなんて。

「……兄ちゃん? 顔赤いよ?」

「……ッ! か、帰るぞ!」

 俺は不思議そうにする祥の腕を引っ張って帰路に着いた。
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