俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

なつか

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【連載版】俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

15.

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「おい、おまえら俺の存在を忘れてるだろ」
「チッ、空気読んでよ」
「ここ俺の部屋だからな?!」

 三輪の言う通りなんだけどね。ちょっと今いい感じにまとまりそうだったのに、と俺も思ってしまった。
 とりあえず節度は必要だと、背中に回していた腕をほどいて、透から離れようとするが、残念ながら透が俺を離さない。
 でも、これでは三輪と話ができないから。俺は透に一瞬腕を緩めてもらって、体を三輪の方へ向けた。後ろから俺を透が抱えている状態ね。
 透を引きはがすのに使う時間が無駄だなと思っているだけで、別にイチャイチャを見せつけたいわけではないとだけ言っておく。
 三輪はすごく嫌そうな顔でこちらを見ているが、三輪の信用はすでに俺の中で完全に失墜しているから、機嫌をとる必要もない。とは言え、情がなくなったわけではないから。

「さっきの話だけど。俺は、三輪の気持ちには応えられない」

 だから、ちゃんとケリを付けなければいけないんだ。

「その体勢で言われるの、すごい嫌なんだけど」
「後ろは気にするな」
「どう考えても気になるだろ?!」
「え~ひどい。気にしてよ~」

 俺の頭に顔をぐりぐりするのやめろ。でもまぁ透がいてもいなくても俺の答えは変わらない。
 さっき少しだけぐらついたのは……墓までもっていくだな。俺だって弱ることくらいはある。

「それから、お前のしたことを許す気もない」

 さっきから話が脱線しまくってうやむやになりかけているが、本題はこっちだったはずだ。
 透が言った通りに三輪を警察へ突き出したとしても、多分、大した罪にはならないだろう。でも、俺を一番追い込んだのは間違いなく三輪だ。
 腹が立つ。というよりは、ただ、悲しい。

「お前は地元で周りの目に苦しんだんだろう? それなのに、俺を同じ目に合わせた。なにも知らずにお前の思い通りに動いた俺は、さぞかし滑稽だっただろうな」
「そんなつもりは……!」
「じゃあ、どういうつもりだったんだよ」

 三輪はまた言葉を詰まらせたように黙った。都合が悪くなるとなにも言わなくなるのは、相手への甘えだと俺は思っている。それを理解して、三輪の心情を汲み取ってやるほど俺は優しくない。

「三輪、俺はお前のこと、いい友達だと思ってたよ。でも、もうこれっきりだ」

 懇願するような視線を振り切り、俺は透からいったん離れて荷物を持つ。ベランダに干された服も、回収して。少し思案してから、まだ湿気ったままのそれに着替えた。

「じゃあな」

 立ち尽くしたままの三輪に背を向け、玄関のドアを開けた。

「坂口……!」

 三輪はあとを追ってきてはいない。振り返ると開いたままのリビングの扉から、Tシャツの胸元をぎゅっと握る姿が見えた。

「ごめん、坂口のこと本当に好きだったんだ。ごめん、ごめんなさい」

 悲痛な声に応えないまま、俺たちは部屋を出た。




 外に出れば嫌味なほどに青い空が広がっていて、地面には太陽の光が凶器のように降り注いでいる。今日も暑くなりそうだ。いや、もうすでに暑いわ。
 通勤通学の時間を過ぎているからか、人の姿はほとんどない。俺たちの影だけが伸びる道を透と二人で歩いていく。残念ながら足取りは重い。まるで夏の日差しに上から押さえ付けられているようだ。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろうな……」

 自然とため息が漏れる。先月までは何事もなく、普通に大学生活を送っていたのに。一気にいろいろと起こりすぎて、頭がついていかない。
 視線を足元に落とせば、相変わらず薄汚れた靴が目に入る。心機一転、靴でも買おうかな。

「祐也」

 透の声に顔を上げた。相変わらず透は夏の太陽に負けないくらい眩しい。
 そういえば通学の時以外でこうして並んで外を歩くのは初めてかもしれない。これから、透との関係もなにか変わるだろうか。
 俺がぼうっとその顔に見とれているうちに、透は俺の手を掴んだ。

「おっ、おい」
「早く帰ろ」

 このくそ暑いのに。なんて思ったけど、俺は結局手を振りほどかないまま少し前を歩く透に付いて歩く。
 小さな頭に輝く黒髪のサラサラストレートヘアー。適度に筋肉の付いた背中に長い手足。相変わらず均整の取れた後ろ姿にぽつりと言葉を落とす。

「俺たち、これからどうなるかな」

 人の気持ちは変わる。周囲の環境も変わっていく。俺が透と一緒にいる限り、今回みたいなことがまた起こるかもしれない。きっと、俺たちだけ変わらないままではいられないだろう。

 手をつないだまま乗った電車にはほとんど人がいなかった。並んで座って、窓から流れていく景色を見つめる。三輪のマンションから俺のマンションまでは一駅だから、時間にすればほんの数分の距離だ。それでも次々と変わる景色が延々と続いていくように思えて、心もとなく感じてしまう。
 透はしばらく黙ったままでいたが、次の駅に到着するというアナウンスが聞こえてきたころ、静かに口を開いた。

「先のことは考えてもわかんないよ。だから、一緒にいよ」

 電車が止まると同時に立ち上がり、透は俺の手を引いてまた歩き出す。つないだ手はもう汗でべちょべちょで気持ち悪いはずなのに、離したらいけないような気がして。俺はきゅっと手に力を込める。すると、透も握り返してきて。お互いにぎにぎと握りあいっこみたいになって、ちょっと笑ってしまう。さっきまでは必要以上に不安が伸し掛かってきているように感じたけど、なんとなく気が抜けてしまった。

 結局、俺のマンションまでそんな状態で歩いて。鍵を開けるためにようやく手を離した。なにげに二人そろってこのマンションに帰ってくるのも初めてだ。
 俺がいないと透はこの部屋に来ない。いつも俺が先に帰ってきてから、そのあとに透がやってくる。一応俺の部屋だからって遠慮してるのかな? って深く考えたことはなかったんだけど。今日はなんとなくドアを開けたあと、透に先に入るように促してみた。
 すると、透は少しだけ躊躇ったように足を止めた。その様子を見て、あぁなにか意味があったんだなって思ったけど、どう聞いたらいいのかわからなくて。
 そうこうしているうちに、透は先に部屋の中に入って、俺の方へと振り返った。

「おかえり、祐也」

 久しぶりに俺を見る透の顔をちゃんと見た気がする。
 そうか、透はこんなに優しい顔で俺を見ていたのか。しょっちゅう会ってたのにな。
 それすら気づけないくらい、俺は視野が狭くなっていたんだ。
 でも、ようやく気付けたから。俺たちはきっとここから変わっていける。
 二人で、一緒に。

「うん、ただいま」

 俺たちは互いに手を伸ばして、唇を重ねた。
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