俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

なつか

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【連載版】俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

11.

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 みそ汁のいい匂いで目が覚める、なんて描写をマンガなんかで見たことがあるが、現実に自分に起こりうるとは思ってもみなかった。
 寝ぼけ眼をこすりながら布団から起き上がって伸びをする。あたりを見回すと、冷蔵庫を開けていた三輪がこちらへ振り返った。

「あっおはよ、寝れた?」
「うん、いい匂いがする」
「朝飯作ったけど、食べれそう?」
「うん、食べれる」
「よかった、顔洗ってきな」

 普段の朝ごはんはヨーグルトとパンを手早く食べるくらい。だから、顔を洗ってダイニングに戻ってきた俺はテーブルの上の状態に目を見張った。
 焼き鮭に卵焼き、みそ汁に白米。小鉢はほうれん草の胡麻和え? こんなの実家にいた時も食べたことない。旅館で出てくるような『The 日本の朝飯』だ。

「すごいな。毎朝こんなに作ってんの?」
「まさか、一人の時はもっと適当だって。今日は坂口がいるから特別」

 三輪はいたずらっぽくひひっと笑う。俺はもう開いた口が塞がらない状態。おもてなし精神がすぎる。俺にこんなにサービスしてもなんにも出ないぞ。

「なんか、気使わせて悪い……」
「いやいや、俺が好きでやってんだから気にすんなよ。ほら、冷めないうちに喰え」

 手を合わせて、遠慮なくみそ汁から箸をつけると、疲れ切った精神に出汁の優しさが染みわたる。大根とわかめというシンプルな具材がまたいい。
 ほうれんそうも塩味がちょうどいいし、焼き鮭と白米の相性は日本人なら言わなくてもわかるだろう。

「三輪の恋人になるやつは幸せだな」
「唐突」
「単純に思っただけ」

 俺は久々に食べた満足度の高い朝食にほくほくとした気持ちになっていた。
 ほんとに三輪はいいやつだなぁって。爽やかイケメンなことはもう周知のとおりだし、優しくて世話焼きで、しかも料理がうまいなんて。これが世にいうおかん属性?! なんて思っていただけで。当然、フラグを立てたつもりもなければ、深い意味もなかったんだけど。満たされてゆるんだ口が、普段言わないようなことを口走っていて。それに気が付いたのは用意してもらった朝食を平らげた時だった。

「ごちそうさまでした」
「あぁお粗末さま。……なぁ坂口」
「ん? おいしかったよ、全部」

 なぜだか口ごもる三輪に首をかしげる。どうやら、求められていたのは朝食の感想ではなかったらしい。そのまま言葉を待っていると、三輪は決意を決めるように俺を正面から見据えた。

「坂口は、あいつのことが好きなのか?」
「あいつって……、まさか透のこと?!」
「そうだよ」
「いや、」

 違う、そんなわけない。そう、言おうとして。言葉がのどに詰まった。

 透は俺を「好きじゃない」と言った。それは、あいつの言葉だ。
 ――じゃあ、俺は?

 俺は答えられなかった。
 だって、俺はずっと逃げてきたから。
 俺は透をどう思っているのか。透が俺をどう思っているのか。俺たちの関係は何なのか。
 はっきりさせるのが怖くて。考えることから逃げてきた。
 そろそろ、はっきりさせた方がいいと、昨日思ったばかりだ。それなのに。いきなり答えろと言われてできるはずがない。

「わかん、ない」

 情けなく俯く俺の頭に、ポンポンと優しい手が触れる。三輪が俺の頭を撫でたのだ。思わず顔を上げると三輪は困ったように笑っている。きっと俺が情けない顔をしていたからだろう。

「でも付き合ってはいなんだよね」
「……あぁ、うん」

 俺と透はもう長いこと一緒にいる。一緒にご飯を食べて、一緒に風呂に入って。キスもすればセックスもする。そのあとは一緒のベッドで眠って、抱きしめられたまま目を覚ます。
 それでも、俺たちは恋人ではない。だって、透は俺を好きじゃないから。

 ――俺と透の関係は透が始めたことだ。透がまだ続けるといえば、続くし、もう終わりだといえば終わる。俺にコントロールできるものじゃない――

 そう思ってきた。でも、本当は違う。
 俺はなにも言わなかったし、なにもしなかった。ただずっと流されるまま、透との関係も、俺の感情すらも、『透のせい』にしてきただけだ。
 そのツケが今、表面化し始めている。
 朝食のおかげで得られたほくほく感はもうなく。透の言葉を思い出して沈んだ精神が体まで沈めていく。そんな俺を引っ張り上げるように、三輪はテーブルの上で拳を作っていた俺の手を握った。


「じゃあさ、俺にしない?」
「……は?」
「さっき坂口も言ってたじゃん。俺の恋人になるやつは幸せだって」
「そう、だけど……」
「それなら俺は、坂口を幸せにしたいよ」

 あまりに優しいその笑顔に、体温が上がっていく。咄嗟に、握られた手を引いた。

「あっ今日も休むよね」
「えっ? あっ、うん、そうしようかと」

 急に話題の方向を転換し、三輪は机の上にあった食器を片付け始めた。俺も慌てて三輪の後を追って食器を流しへ運ぶ。

「作ってもらったから俺洗うし」
「そう? じゃあお願いしようかな。俺は準備してくる」

 そう言ってあっさりと三輪はその場を去っていった。まるで何事もなかったかのように。

 ――あれ? 今俺、告白されませんでした??

 そんな疑問符を頭にたくさん生やしながら皿を洗っていく。泡を落とし、ピカピカになった皿をかごに乗せながら、何度もさっきのやり取りを反芻してみる。
 三輪はゲイだ。だから、恋愛対象が男で、つまり、俺であってもおかしくはない。その可能性を考えたことは一度もなかったが。
 ふとかごの中を見れば、洗い終わったコップにさえない男の顔が写っていた。
 これと言って特徴のない平凡な造形。インドア過ぎて生っ白い肌。愛嬌のない表情。誰がこんな男を好きになる? うん、ないな。
 気を取り直してダイニングに戻ると、ちょうど準備を終えたらしい三輪も戻ってきた。手に服の入ったかごをもって。

「昨日、坂口が着てたやつもついでに洗っちゃったんだけど」
「それはどうもお手数をおかけして」
「なんだそれ。出かけるなら俺の服貸すけど、どうする?」

 今着ているのは昨日かしてもらった無地のTシャツと、黒いハーフパンツ。コンビニくらいならいけそうなだが、いかにも部屋着な格好で日中電車に乗るのはさすがに抵抗がある。

「俺の服が乾くまで部屋にいさせてもらっていい? んで、乾いたら帰るわ」
「俺が帰ってくるのは待っててくれないんだ?」

 今日は天気もいいし、昼過ぎには乾くだろう。そう思ったんだけど。三輪の言葉に俺は体を固まらせた。もしかして、さっきの告白めいたものは、やっぱり気のせいじゃない?
 汗がどっと噴き出るような感覚に襲われる。

「そんなに引くなよ」

 洗濯物を干す手を止めないまま三輪は苦笑する。パンっと洗濯物を振る音が部屋に響いた。
 また言葉がのどに詰まる。昨日からこんなのばっかりだ。つくづく考えが足りないことを思い知らされる。
 でも、このままではダメだっていうのもわかっている。

「三輪、俺は」
「さっき言ったこと、すぐに答えが欲しいとは思ってない。もちろん、OKなら嬉しいけど、NOなら友達のままだ」

 それは俺に都合が良すぎるのではないか。
 三輪の中には俺と付き合うという選択肢があるわけで。俺の中には正直ない。その状態で友達付き合いを続けることができるか? 普通、そんなにうまくいくわけがない。

 ――でも……。

 三輪とは学部が同じだから当然とっている講義もほぼ同じだし、昼も一緒に食べてるから学内ではほぼ一緒に行動しているし、今は噂のせいで他の友人らからは距離を置かれている。サークルは入っていないから、他のつながりもない。つまり、三輪がいなければ俺は大学で完全にボッチだ。
 バイトはどうかって? 
 深夜シフトは基本一人だし、いても親よりの上の年代の店長だけ。もちろん同年代の人と一緒になることもあるが、そもそも週に数回しか会わない人と俺は仲良くなれるタイプではない。ということでそちらの人間関係もほぼないに等しい。
 前は「それでも平気だ」って言えた。家に帰れば、透がいたからだ。でも、今後はどうだ? 今回のことで透だっていなくなるかもしれない。

 一人で大学に行って、講義を受けて、一人でご飯を食べて、家に帰ってきても、一人で風呂に入って、一人でゲームをして、一人で寝る。そうして、誰とも話すことなく一日を終える。
 想像してゾッとした。

 本当の俺は、こんなにも弱かったんだ。

「坂口の答えがどっちでも、俺は側にいる」

 立ち尽くす俺の手を三輪が掴む。いつの間にか小さく震えていたらしい。「大丈夫だと」ささやきかけるように三輪がほほ笑むから。
 俺の手が無意識に三輪の手を握り返えそうと動いたその時。スマホの着信音が鳴った。
 普段は何も感じないその音はまるで現実に引き戻すようにけたたましく響き、必要以上に背がビクリと跳ねた。

「あっ、で、でんわ」

 慌てて三輪の手を振りほどき、まだ充電コードにつながれたままのスマホを手に取る。画面に表示されたのは、透の名前だった。
 一瞬、躊躇う。でも、このまままた三輪との会話に戻るのも気まずくて、俺は通話ボタンをタップした。

「なに、どうかした?」
「あ、祐也、ちょっとベランダ出てきてくれない?」
「は? なんで? ってか今家にいないけど」
「わかってる。いいからベランダに出て」

 どういうことだ。そう思いながらも俺は電話をつないだまま言われた通りにベランダに出る。三輪も不思議そうな顔をして後ろをついてきた。

「出たけど?」
「あ、いたいた。そこね」
「は?」
「下見て」

 まさか、とベランダから外を見下ろす。

「迎えに来たよ」

 そこには見慣れた整った顔の男が、手を振りながら立っていた。

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