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【連載版】俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

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「助けて!!!」

 ドアの前には俺のいる方が見えないようにホワイトボードが置かれている。だから俺の声が届くかはわからない。でも、ちょうど黒髪女子が出ていくところだったから、ドアの鍵が空いていたのは幸いだった。
 開いたドアの向こうから顔を出したのは、予想通り三輪だ。

「坂口?! お前ら何してんだ!!」

 三輪の乱入に俺の上に乗っていた男たちが怯んだ隙を見て俺はもがき、暴れる。何とか男たちの下から這い出すと、脱がされたチノパンと下着をひったくって、男たちから距離をとった。
 ドアが開けっぱなしだったせいで、三輪の声が響いたんだろう。何事かと部屋に走って来た図書館職員の人が下半身丸出しの俺を見て目を丸めている。部屋の外にも野次馬がちらほら集まり始めていた。
 俺の姿と、部屋の中にいる男たちを睨みつける三輪の様子から、何が起こったか察しがついてしまうだろう。大事になりそうな予感に、俺はため息を吐いた。
 そうだな、とりあえずパンツを履こう。


 そのうちやってきた大学の職員に連れられ事情聴取を受けていたら、家に帰れたころにはもう空に月が浮かんでいた。バイトも休む羽目になったし、ほんといいことなしだ。

「迷惑かけて悪かったな……」

 三輪もバイトを休んで事情聴取に立ち会ってくれた。最近、迷惑をかけてばかりだ。横に並ぶ三輪の顔が見れなくて、俺は街頭がぼんやりと照らす自分の靴に視線を落とす。お気に入りの黒いスニーカーは、長い間履いているせいで薄汚れてしまっている。そろそろ、買い換えた方がいいだろうか。

「坂口は悪くないだろ」

 三輪が自習スペースにやってきたのは、俺に伝言をした同じ学部のやつに会って、話を聞いたからだった。
 ちなみに俺たちと同じ学部の彼は、黒髪女子に伝言を頼まれただけでグルではなかったらしい。帰ろうと歩いていたところを唐突に呼び止められ、黒髪女子から伝言を”お願い”をされたのだという。なぜ自分が、とは思ったみたいだが、あまりの圧に逆らわない方が吉だと判断したと言っていたそうだ。
 あの時の彼は結構怯えていた。相当怖かったんだろうな、黒髪女子。
 無事(?)俺に伝言を伝えられてほっと一息ついていたのに、俺を呼び出したはずの三輪と遭遇したのだから、彼も相当戸惑っただろう。それで、話を聞いた三輪が慌てて自習スペースまで俺を探しに来てくれたというわけだ。おかげで俺は助かったのだが、ぎりぎりの綱渡り感が半端ない。
 伝言役にされた彼が三輪と遭遇しなかったら。その後、三輪が俺を探しに来てくれなかったら。俺は確実にあいつらにヤられていた。声高に叫ぶほど大切にしている貞操ではないとはいえ、無事であればそれに勝るものはない。

「最近こんなやり取りばっかりだな」

 苦笑いを含んだ声に、三輪は同じように眉を下げながら笑う。
 その後はたわいもない話をしながら一緒に電車に乗った。三輪は俺のマンションがあるところから一つ先の駅に住んでいたはずだが、「じゃあな」と電車から一人で降りると、なぜか三輪もあとからつい来る。

「あれ? 家こっちだっけ?」
「あー、家まで送る」
「えっ?! そこまでしなくてもいいって!」
「いいから。行くぞ」

 大丈夫だという俺を無視して三輪は歩いて行ってしまう。俺に対する過保護が発動中の三輪は有無を言わせない雰囲気がある。結局三輪に先導され、気づいたころには家についていた。

「じゃあ、今日はゆっくり休めよ」
「おう、ありがとな」

 マンションの前で三輪と別れ、エントランスをくぐってポストの前に立つ。
 黒髪女子が持っていた写真はポストに入れられたものと同じだった。だから多分、写真も黒髪女子、もしくは仲間の仕業だったんだろう。そうは思っても、どこか緊張は取れない。
 ドキドキしながら開いたポストには、何も入っていなかった。



 翌日、俺は透の「ただいま~」という相変わらず気の抜けた声で目を覚ました。
 時計を見てみればもう夕方。朝に一度起きたものの、どうしても大学に行く気にはなれなず、三輪に休むと連絡をいれた。
 たっぷり寝たからすっきり起きられるかと思ったのだが。寝すぎたせいなのか、精神的な問題なのか、体も頭も重い。

「おかえり」
「祐也、具合悪い? 学校も休んでたよね」
「うーん、ちょっと」

 ベッドから降りて伸びをすると、滞っていた血流が戻ってくる感じがする。昨日から何も食べてなかったことを思い出して、冷蔵庫を開けた。すぐに食べれそうなものは、ヨーグルトくらいしか入っていない。まぁ胃には優しいだろうと取り出したところで、後ろから透に抱きしめられた。

「なに?」
「んーべつに~? ぎゅーってしたくなっただけ」

 透は甘えるように頬を頭に擦り付け、俺の首元に腕を回してくる。途端、昨日の出来事が頭によぎり、背にゾクリと悪寒が走った。気がつけば俺は透の腕を振り払っていた。
 やってしまった、と慌てて振り返ると、案の定、透は驚いて固まっている。

「あー体調良くないし、あんま近づかない方がいいと思う……」

 自分でもごまかし方が下手すぎると感じるくらい、言葉が尻すぼみしていく。さすがの透でも違和感に気付くレベルだ。思った通り、きれいな形をした眉を不機嫌そうに顰めている。
 そのあと俺たちの間に漂った気まずい沈黙を先に破ろうとしたのは透だった。

「祐也、」
「お、おまえはさ、なんで俺にこういうことすんの?」

 俺の方に一歩踏み出し、手を伸ばそうとする透を、俺は言葉で制した。
 触れられて、やっぱり"ダメ"だったら? そう思って咄嗟に出た言葉だったんだけど。 
 完全に間違えた。一番聞いたらダメで、一番意味のないことじゃないか。たとえそれが俺の中にずっとくすぶっていた本音だったとしても。

「こういうこと?」
「キスしたり、セックスだって……」

 ――やめろ、やめろやめろやめろ。

 頭の中ではそう叫んでいるのに、言葉が勝手に口から飛び出していく。ダメだと思っても止められない。まるで黒いもやが俺の体を支配して、勝手に口を動かしているみたいだ。

「祐也としたいからしてるに決まってるじゃん」
「俺のこと好きでもないくせに」
「……そうだね、『好き』とか、そんなものじゃない」

 わかっていた答えだ。それなのに、胸が死ぬほど痛む。

 意味のわからない写真も、くだらない噂も、昨日の出来事だって。平気だと思ってた。あのくらい大したことないって思ってた。
 でも、本当は少しずつ傷が増えていっていたんだろう。それは見えないところでいつの間にか膿んでいて。どうやら俺の精神はしっかりとダメージを受けていたらしい。

「だよな?! 俺じゃなくても、お前には他にいっぱいいるもんな?!」

 だからきっと、こんなふうにままならなくなってしまっているんだ。

「それ、どういう意味?」

 全身がヒヤリとするような低い声だった。その冷気に反してカッと体が熱くなる。
 なんで、透が怒るんだ、なんで、俺が怒られないといけないんだ。

 ――誰のせいで、俺があんな目にあったと思ってるんだ!

「そんなの、透が一番わかってるだろ!」

 俺は持っていたヨーグルトを透に投げつけ、部屋を飛び出した。
 その時透がどんな顔をしていたか、気が付かないまま。
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