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【連載版】俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし
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透は翌日の昼前にやってきた。
相変わらず、「ただいまー」と気の抜けた声は、俺の寝不足の頭に響かないだけよかったかもしれない。でも、「おかえり」と返事をしながら、そののんきさに、つい「こっちの気も知らないで」と透の顔をじっとりと睨んでしまった。
寝不足の理由はもちろん、ポストに入れられていた写真のせいだ。
写真には俺と透が写っていた。と言うことは、俺と透の関係を暴きたいのかもしれない。
でも、俺も透も別に知り合いだということを隠しているわけではない。聞かれないから言わないだけだし、交友関係が違うから外では一緒にいないってだけ。
三輪にも話した通り、実家が隣同士だったというちゃんと対外的に説明できる理由もある。
そもそもの話、俺と透の関係を疑ったとしても、だから何だって話だ。お遊びの内の一人だとしか思わないだろう。そう思われたところで、俺は別に痛くもかゆくもない。
俺みたいな地味な男が透と関係を持っているのが気に入らない?
まぁそれはあるかもしれない。でも、だからと言ってあんな写真をわざわざ撮ってまでけん制するほどの価値が俺にあるだろうか。
考えても答えなど出るはずもなく、不機嫌な俺の顔を見てきょとんとあざとい顔をするイケメンにため息をつく。
でも、透にあの写真を見せようとは思わなかった。
だって、こんなの面倒だろ? 遊び相手の一人がこんな嫌がらせ ――そもそも嫌がらせなのかもよくわからないけど―― の相談なんてしてきたら。
見せたところで、「ほっとけばいいんじゃない?」としか言わない気もするし。
とりあえず、相手も、目的もわからないんだから相手の出方を待つしかない。努めて気にしないようにしよう。そう考えた俺が甘かったことを、翌週大学に行ってから思い知った。
その日は透と一緒に家も出てないし、駅で三輪が待っているなんてこともなかった。
これが日常。ごく普通の日。
そのはずだったのに、教室のドアを開けた瞬間、一瞬でいつもとは違うことに気が付いた。
「えっ……?」
いつもは教室に入ってきた俺のことなんて気にする人は一人もいない。それなのに、俺が現れた途端、教室は一瞬にして静まり返り、一斉に視線を浴びたのだ。
これまで経験したことのない事態に、俺がつい後ずさったことは言うまでもない。でもそれは一瞬のことで、その後はこちらをチラチラと見ながら声を潜め、何か噂するように話をしているか、またはわざとらしく背を向けるか。
体を硬直させたまま、泳がせた視線が捉えたいつも一緒に講義を受けているやつらからも、ぱっと視線をそらされてしまった。多少、気まずそうな顔をしてくれただけましというものか。
気が付いてみれば、ここに来るまでの間も妙に視線を感じた。わざわざ俺に視線をよこす理由なんてないからと、「気のせい」で済ましてしまっていたが、今のこの状況はそれでは済まない。
多分、何かよからぬことが起こっている。
硬直したまま立ち尽くしていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「おはよ、坂口。何してんの?」
「えっ、あ、あぁ三輪……おはよ……」
振り向けば、そこにはいつもと変わらず爽やかな三輪がいた。その変わらない態度にどれだけ心が安堵のため息を吐いたか。
三輪につられて教室に入ったが、俺は一番後ろの席に座る。いつも一緒に講義を受けているやつらのところまで行ってからそれに気が付いた三輪が、振り返って俺を呼ぼうとしたが、そいつらの中の一人が三輪の腕を引いた。
そのあと、なにかひそひそと耳打たれる三輪の眉間にはしわが寄り、どんどん表情が歪んでいく。そんな悪い話なのか、と逸る心臓を押さえていると、三輪はつかまれていた腕を強く振り払った。
「そんなわけないだろ?!」
三輪はいつも爽やかで、笑顔が眩しい。そんな男が大声を出したことに驚いたのは俺だけじゃない。教室中の視線を集めながら、三輪はずんずんと俺が座る席へと歩み寄ってくると、そのままドカリと横に座った。
「み、三輪、」
話しかけようとしたところでちょうど講師が教室に入ってきたせいで、結局もやもやとしたまま講義を受ける羽目になった。
もちろん講義が終わったらすぐに三輪と話をしようと思っていた。でも、そんな隙もなく、講義が終わったとたんに三輪は俺の腕を掴んで引っ張り上げると、そのまま有無を言わさず教室を出た。
「三輪、ちょっと待って」
そんな俺の声も聴かず、ぐいぐい、ずんずんと。もちろん周りからも注目を浴びている。三輪がどんな表情をしているか見えないが、それでもその後ろ姿からあふれんばかりの怒りが見えた。
すれ違う人たちが驚いているのはそのせいもあるだろう。でも、その中に混じる、これまで感じたことのなかった嫌な視線は、侮蔑とでもいうのだろうか。周囲からの視線なんて気にしたことがなかったのに、これだけあからさまでは気づかざるを得ない。
「あれって噂の……?」
「うっそ、あれ三輪くんにまで手出してんの?!」
「マジビッチじゃん」
そんな視線とともに耳に入ってきた言葉が俺のことを指していたのだと知ったのは、三輪につられるままにたどり着いた図書館にある自習スペースだった。
グループ向けの自習スペースで、机とホワイトボードなんかがある、小さな部屋だ。防音にも割と優れていて、グループ課題なんかの話をするのに使う。
鍵もかかるし、ドアにある小窓をホワイトボードで塞げば密室になるから、よからぬ使い方をする人もいる、なんて噂も聞いたことがあるけど。
本当にいるのかな、そんなやつら。なんてどうでもいいことに意識を飛ばしてしまったのは、三輪から聞いた話が余りにも荒唐無稽だったからだ。
「いんらんびっち……?」
余りにも意味が分からなく漢字変換を失敗するレベル。その『いんらんびっち』くん ――男なのにビッチという表現は正しいのか?―― は、ゲイ向けの風俗で働いていて、パパ活 ――って何?―― なんかもしていて、とにかく体を売って金を稼いでいるようなやつらしい。しかも、話はそれだけじゃない。
「体を売って稼いだお金を透に貢いでいると」
「……あぁ」
すごいな、いんらんびっちくん。献身的だ。しかも貢げるレベルということは、結構稼いでいるんだろう。
「そんで、それ、誰の話だって?」
「だから、お前だって」
「そんな、バカな」
俺が鼻で笑うと、三輪は額に手を当て、ため息を零した。どうやら、本当に俺のことらしい。
「お前が金に物を言わせてあいつにまとわりついている、って話になってるらしいぞ」
俺のバイトでの月の稼ぎは大体、四~五万円。親は学費とマンションの家賃と光熱費なんかのもろもろの諸経費は払ってくれていて、それとは別に、食費の名目で毎月一万くれる。つまり、今の俺がひと月で使えるお金はマックスで六万円。
ここから、電車の定期代、食費、被服費、教科書代なんかを出す。ほとんど遊びには出かけないし、ゲームだって無課金派。たまに電子マンガとゲームソフトを買うくらいで、残った分は貯金。
貧乏学生ってわけではないが、だからといって、人に貢げるほどの余裕はない。ってか、そんなことするくらいなら貯金するわ。
ましてや相手は透だ。そもそも金でどうにかなるタマかよ。
「まぁ噂は嘘だってわかるけど……もしかして、あいつと付き合ってる?」
「まさか?!」
「……でも家に入れるくらいは仲いいんだろ」
「言っただろ、ただの腐れ縁だって」
そう、ただの腐れ縁。俺と透の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。もし、それすら気に入らないといわれたとしても、透のことで俺になにかするのはお門違いもいいところだ。
俺たちの関係は、透が始めたものだ。
だから、透がまだ続けるといえば、続くし、もう終わりだといえば終わる。俺にコントロールできるものじゃない。
ってそんなこと、犯人は知らないからこうなってるのか。
「あっそろそろいかないと、次の講義遅れるぞ」
急いで自習スペースを出て、三輪と二人並んで大学の構内を歩いていると、またあちらこちらからいやな視線を感じる。講義のために入った教室でもそう。
噂が広まるのが早すぎやしないか。それだけ、透が有名人だっていうことだろうか。それとも、何かしら作為的なものがあるのか。
そんなふうに些細な噂から巨大な陰謀に巻き込まれる俺、みたいな中二病的妄想をしていたら、あっという間にその日の授業は終わっていた。
相変わらず、「ただいまー」と気の抜けた声は、俺の寝不足の頭に響かないだけよかったかもしれない。でも、「おかえり」と返事をしながら、そののんきさに、つい「こっちの気も知らないで」と透の顔をじっとりと睨んでしまった。
寝不足の理由はもちろん、ポストに入れられていた写真のせいだ。
写真には俺と透が写っていた。と言うことは、俺と透の関係を暴きたいのかもしれない。
でも、俺も透も別に知り合いだということを隠しているわけではない。聞かれないから言わないだけだし、交友関係が違うから外では一緒にいないってだけ。
三輪にも話した通り、実家が隣同士だったというちゃんと対外的に説明できる理由もある。
そもそもの話、俺と透の関係を疑ったとしても、だから何だって話だ。お遊びの内の一人だとしか思わないだろう。そう思われたところで、俺は別に痛くもかゆくもない。
俺みたいな地味な男が透と関係を持っているのが気に入らない?
まぁそれはあるかもしれない。でも、だからと言ってあんな写真をわざわざ撮ってまでけん制するほどの価値が俺にあるだろうか。
考えても答えなど出るはずもなく、不機嫌な俺の顔を見てきょとんとあざとい顔をするイケメンにため息をつく。
でも、透にあの写真を見せようとは思わなかった。
だって、こんなの面倒だろ? 遊び相手の一人がこんな嫌がらせ ――そもそも嫌がらせなのかもよくわからないけど―― の相談なんてしてきたら。
見せたところで、「ほっとけばいいんじゃない?」としか言わない気もするし。
とりあえず、相手も、目的もわからないんだから相手の出方を待つしかない。努めて気にしないようにしよう。そう考えた俺が甘かったことを、翌週大学に行ってから思い知った。
その日は透と一緒に家も出てないし、駅で三輪が待っているなんてこともなかった。
これが日常。ごく普通の日。
そのはずだったのに、教室のドアを開けた瞬間、一瞬でいつもとは違うことに気が付いた。
「えっ……?」
いつもは教室に入ってきた俺のことなんて気にする人は一人もいない。それなのに、俺が現れた途端、教室は一瞬にして静まり返り、一斉に視線を浴びたのだ。
これまで経験したことのない事態に、俺がつい後ずさったことは言うまでもない。でもそれは一瞬のことで、その後はこちらをチラチラと見ながら声を潜め、何か噂するように話をしているか、またはわざとらしく背を向けるか。
体を硬直させたまま、泳がせた視線が捉えたいつも一緒に講義を受けているやつらからも、ぱっと視線をそらされてしまった。多少、気まずそうな顔をしてくれただけましというものか。
気が付いてみれば、ここに来るまでの間も妙に視線を感じた。わざわざ俺に視線をよこす理由なんてないからと、「気のせい」で済ましてしまっていたが、今のこの状況はそれでは済まない。
多分、何かよからぬことが起こっている。
硬直したまま立ち尽くしていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「おはよ、坂口。何してんの?」
「えっ、あ、あぁ三輪……おはよ……」
振り向けば、そこにはいつもと変わらず爽やかな三輪がいた。その変わらない態度にどれだけ心が安堵のため息を吐いたか。
三輪につられて教室に入ったが、俺は一番後ろの席に座る。いつも一緒に講義を受けているやつらのところまで行ってからそれに気が付いた三輪が、振り返って俺を呼ぼうとしたが、そいつらの中の一人が三輪の腕を引いた。
そのあと、なにかひそひそと耳打たれる三輪の眉間にはしわが寄り、どんどん表情が歪んでいく。そんな悪い話なのか、と逸る心臓を押さえていると、三輪はつかまれていた腕を強く振り払った。
「そんなわけないだろ?!」
三輪はいつも爽やかで、笑顔が眩しい。そんな男が大声を出したことに驚いたのは俺だけじゃない。教室中の視線を集めながら、三輪はずんずんと俺が座る席へと歩み寄ってくると、そのままドカリと横に座った。
「み、三輪、」
話しかけようとしたところでちょうど講師が教室に入ってきたせいで、結局もやもやとしたまま講義を受ける羽目になった。
もちろん講義が終わったらすぐに三輪と話をしようと思っていた。でも、そんな隙もなく、講義が終わったとたんに三輪は俺の腕を掴んで引っ張り上げると、そのまま有無を言わさず教室を出た。
「三輪、ちょっと待って」
そんな俺の声も聴かず、ぐいぐい、ずんずんと。もちろん周りからも注目を浴びている。三輪がどんな表情をしているか見えないが、それでもその後ろ姿からあふれんばかりの怒りが見えた。
すれ違う人たちが驚いているのはそのせいもあるだろう。でも、その中に混じる、これまで感じたことのなかった嫌な視線は、侮蔑とでもいうのだろうか。周囲からの視線なんて気にしたことがなかったのに、これだけあからさまでは気づかざるを得ない。
「あれって噂の……?」
「うっそ、あれ三輪くんにまで手出してんの?!」
「マジビッチじゃん」
そんな視線とともに耳に入ってきた言葉が俺のことを指していたのだと知ったのは、三輪につられるままにたどり着いた図書館にある自習スペースだった。
グループ向けの自習スペースで、机とホワイトボードなんかがある、小さな部屋だ。防音にも割と優れていて、グループ課題なんかの話をするのに使う。
鍵もかかるし、ドアにある小窓をホワイトボードで塞げば密室になるから、よからぬ使い方をする人もいる、なんて噂も聞いたことがあるけど。
本当にいるのかな、そんなやつら。なんてどうでもいいことに意識を飛ばしてしまったのは、三輪から聞いた話が余りにも荒唐無稽だったからだ。
「いんらんびっち……?」
余りにも意味が分からなく漢字変換を失敗するレベル。その『いんらんびっち』くん ――男なのにビッチという表現は正しいのか?―― は、ゲイ向けの風俗で働いていて、パパ活 ――って何?―― なんかもしていて、とにかく体を売って金を稼いでいるようなやつらしい。しかも、話はそれだけじゃない。
「体を売って稼いだお金を透に貢いでいると」
「……あぁ」
すごいな、いんらんびっちくん。献身的だ。しかも貢げるレベルということは、結構稼いでいるんだろう。
「そんで、それ、誰の話だって?」
「だから、お前だって」
「そんな、バカな」
俺が鼻で笑うと、三輪は額に手を当て、ため息を零した。どうやら、本当に俺のことらしい。
「お前が金に物を言わせてあいつにまとわりついている、って話になってるらしいぞ」
俺のバイトでの月の稼ぎは大体、四~五万円。親は学費とマンションの家賃と光熱費なんかのもろもろの諸経費は払ってくれていて、それとは別に、食費の名目で毎月一万くれる。つまり、今の俺がひと月で使えるお金はマックスで六万円。
ここから、電車の定期代、食費、被服費、教科書代なんかを出す。ほとんど遊びには出かけないし、ゲームだって無課金派。たまに電子マンガとゲームソフトを買うくらいで、残った分は貯金。
貧乏学生ってわけではないが、だからといって、人に貢げるほどの余裕はない。ってか、そんなことするくらいなら貯金するわ。
ましてや相手は透だ。そもそも金でどうにかなるタマかよ。
「まぁ噂は嘘だってわかるけど……もしかして、あいつと付き合ってる?」
「まさか?!」
「……でも家に入れるくらいは仲いいんだろ」
「言っただろ、ただの腐れ縁だって」
そう、ただの腐れ縁。俺と透の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。もし、それすら気に入らないといわれたとしても、透のことで俺になにかするのはお門違いもいいところだ。
俺たちの関係は、透が始めたものだ。
だから、透がまだ続けるといえば、続くし、もう終わりだといえば終わる。俺にコントロールできるものじゃない。
ってそんなこと、犯人は知らないからこうなってるのか。
「あっそろそろいかないと、次の講義遅れるぞ」
急いで自習スペースを出て、三輪と二人並んで大学の構内を歩いていると、またあちらこちらからいやな視線を感じる。講義のために入った教室でもそう。
噂が広まるのが早すぎやしないか。それだけ、透が有名人だっていうことだろうか。それとも、何かしら作為的なものがあるのか。
そんなふうに些細な噂から巨大な陰謀に巻き込まれる俺、みたいな中二病的妄想をしていたら、あっという間にその日の授業は終わっていた。
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