上 下
5 / 14
【連載版】俺の部屋に「ただいま」と言いながら入ってくるクズ男のはなし

5.

しおりを挟む
 透は翌日の昼前にやってきた。
 相変わらず、「ただいまー」と気の抜けた声は、俺の寝不足の頭に響かないだけよかったかもしれない。でも、「おかえり」と返事をしながら、そののんきさに、つい「こっちの気も知らないで」と透の顔をじっとりと睨んでしまった。

 寝不足の理由はもちろん、ポストに入れられていた写真のせいだ。
 写真には俺と透が写っていた。と言うことは、俺と透の関係を暴きたいのかもしれない。
 でも、俺も透も別に知り合いだということを隠しているわけではない。聞かれないから言わないだけだし、交友関係が違うから外では一緒にいないってだけ。
 三輪にも話した通り、実家が隣同士だったというちゃんと対外的に説明できる理由もある。
 そもそもの話、俺と透の関係を疑ったとしても、だから何だって話だ。お遊びの内の一人だとしか思わないだろう。そう思われたところで、俺は別に痛くもかゆくもない。

 俺みたいな地味な男が透と関係を持っているのが気に入らない?
 まぁそれはあるかもしれない。でも、だからと言ってあんな写真をわざわざ撮ってまでけん制するほどの価値が俺にあるだろうか。
 考えても答えなど出るはずもなく、不機嫌な俺の顔を見てきょとんとあざとい顔をするイケメンにため息をつく。

 でも、透にあの写真を見せようとは思わなかった。
 だって、こんなの面倒だろ? 遊び相手の一人がこんな嫌がらせ ――そもそも嫌がらせなのかもよくわからないけど―― の相談なんてしてきたら。
 見せたところで、「ほっとけばいいんじゃない?」としか言わない気もするし。
 とりあえず、相手も、目的もわからないんだから相手の出方を待つしかない。努めて気にしないようにしよう。そう考えた俺が甘かったことを、翌週大学に行ってから思い知った。



 その日は透と一緒に家も出てないし、駅で三輪が待っているなんてこともなかった。
 これが日常。ごく普通の日。
 そのはずだったのに、教室のドアを開けた瞬間、一瞬でいつもとはことに気が付いた。

「えっ……?」

 いつもは教室に入ってきた俺のことなんて気にする人は一人もいない。それなのに、俺が現れた途端、教室は一瞬にして静まり返り、一斉に視線を浴びたのだ。
 これまで経験したことのない事態に、俺がつい後ずさったことは言うまでもない。でもそれは一瞬のことで、その後はこちらをチラチラと見ながら声を潜め、何か噂するように話をしているか、またはわざとらしく背を向けるか。
 体を硬直させたまま、泳がせた視線が捉えたいつも一緒に講義を受けているやつらからも、ぱっと視線をそらされてしまった。多少、気まずそうな顔をしてくれただけましというものか。
 気が付いてみれば、ここに来るまでの間も妙に視線を感じた。わざわざ俺に視線をよこす理由なんてないからと、「気のせい」で済ましてしまっていたが、今のこの状況はそれでは済まない。
 多分、何かよからぬことが起こっている。
 硬直したまま立ち尽くしていると、後ろからポンと肩を叩かれた。

「おはよ、坂口。何してんの?」
「えっ、あ、あぁ三輪……おはよ……」

 振り向けば、そこにはいつもと変わらず爽やかな三輪がいた。その変わらない態度にどれだけ心が安堵のため息を吐いたか。
 三輪につられて教室に入ったが、俺は一番後ろの席に座る。いつも一緒に講義を受けているやつらのところまで行ってからそれに気が付いた三輪が、振り返って俺を呼ぼうとしたが、そいつらの中の一人が三輪の腕を引いた。
 そのあと、なにかひそひそと耳打たれる三輪の眉間にはしわが寄り、どんどん表情が歪んでいく。そんな悪い話なのか、と逸る心臓を押さえていると、三輪はつかまれていた腕を強く振り払った。

「そんなわけないだろ?!」

 三輪はいつも爽やかで、笑顔が眩しい。そんな男が大声を出したことに驚いたのは俺だけじゃない。教室中の視線を集めながら、三輪はずんずんと俺が座る席へと歩み寄ってくると、そのままドカリと横に座った。

「み、三輪、」

 話しかけようとしたところでちょうど講師が教室に入ってきたせいで、結局もやもやとしたまま講義を受ける羽目になった。


 もちろん講義が終わったらすぐに三輪と話をしようと思っていた。でも、そんな隙もなく、講義が終わったとたんに三輪は俺の腕を掴んで引っ張り上げると、そのまま有無を言わさず教室を出た。

「三輪、ちょっと待って」

 そんな俺の声も聴かず、ぐいぐい、ずんずんと。もちろん周りからも注目を浴びている。三輪がどんな表情をしているか見えないが、それでもその後ろ姿からあふれんばかりの怒りが見えた。
 すれ違う人たちが驚いているのはそのせいもあるだろう。でも、その中に混じる、これまで感じたことのなかった嫌な視線は、侮蔑とでもいうのだろうか。周囲からの視線なんて気にしたことがなかったのに、これだけあからさまでは気づかざるを得ない。

「あれって噂の……?」
「うっそ、あれ三輪くんにまで手出してんの?!」
「マジビッチじゃん」

 そんな視線とともに耳に入ってきた言葉が俺のことを指していたのだと知ったのは、三輪につられるままにたどり着いた図書館にある自習スペースだった。
 グループ向けの自習スペースで、机とホワイトボードなんかがある、小さな部屋だ。防音にも割と優れていて、グループ課題なんかの話をするのに使う。
 鍵もかかるし、ドアにある小窓をホワイトボードで塞げば密室になるから、よからぬ使い方をする人もいる、なんて噂も聞いたことがあるけど。
 本当にいるのかな、そんなやつら。なんてどうでもいいことに意識を飛ばしてしまったのは、三輪から聞いた話が余りにも荒唐無稽だったからだ。

「いんらんびっち……?」

 余りにも意味が分からなく漢字変換を失敗するレベル。その『いんらんびっち』くん ――男なのにビッチという表現は正しいのか?―― は、ゲイ向けの風俗で働いていて、パパ活 ――って何?―― なんかもしていて、とにかく体を売って金を稼いでいるようなやつらしい。しかも、話はそれだけじゃない。

「体を売って稼いだお金を透に貢いでいると」
「……あぁ」

 すごいな、いんらんびっちくん。献身的だ。しかも貢げるレベルということは、結構稼いでいるんだろう。

「そんで、それ、誰の話だって?」
「だから、お前だって」
「そんな、バカな」

 俺が鼻で笑うと、三輪は額に手を当て、ため息を零した。どうやら、本当に俺のことらしい。

「お前が金に物を言わせてあいつにまとわりついている、って話になってるらしいぞ」

 俺のバイトでの月の稼ぎは大体、四~五万円。親は学費とマンションの家賃と光熱費なんかのもろもろの諸経費は払ってくれていて、それとは別に、食費の名目で毎月一万くれる。つまり、今の俺がひと月で使えるお金はマックスで六万円。
 ここから、電車の定期代、食費、被服費、教科書代なんかを出す。ほとんど遊びには出かけないし、ゲームだって無課金派。たまに電子マンガとゲームソフトを買うくらいで、残った分は貯金。
 貧乏学生ってわけではないが、だからといって、人に貢げるほどの余裕はない。ってか、そんなことするくらいなら貯金するわ。
 ましてや相手は透だ。そもそも金でどうにかなるタマかよ。

「まぁ噂は嘘だってわかるけど……もしかして、あいつと付き合ってる?」
「まさか?!」
「……でも家に入れるくらいは仲いいんだろ」
「言っただろ、ただの腐れ縁だって」

 そう、ただの腐れ縁。俺と透の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。もし、それすら気に入らないといわれたとしても、透のことで俺になにかするのはお門違いもいいところだ。

 俺たちの関係は、透が始めたものだ。
 だから、透がまだ続けるといえば、続くし、もう終わりだといえば終わる。俺にコントロールできるものじゃない。
 ってそんなこと、犯人は知らないからこうなってるのか。

「あっそろそろいかないと、次の講義遅れるぞ」

 急いで自習スペースを出て、三輪と二人並んで大学の構内を歩いていると、またあちらこちらからいやな視線を感じる。講義のために入った教室でもそう。
 噂が広まるのが早すぎやしないか。それだけ、透が有名人だっていうことだろうか。それとも、何かしら作為的なものがあるのか。

 そんなふうに些細な噂から巨大な陰謀に巻き込まれる俺、みたいな中二病的妄想をしていたら、あっという間にその日の授業は終わっていた。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

頭の上に現れた数字が平凡な俺で抜いた数って冗談ですよね?

いぶぷろふぇ
BL
 ある日突然頭の上に謎の数字が見えるようになったごくごく普通の高校生、佐藤栄司。何やら規則性があるらしい数字だが、その意味は分からないまま。  ところが、数字が頭上にある事にも慣れたある日、クラス替えによって隣の席になった学年一のイケメン白田慶は数字に何やら心当たりがあるようで……?   頭上の数字を発端に、普通のはずの高校生がヤンデレ達の愛に巻き込まれていく!? 「白田君!? っていうか、和真も!? 慎吾まで!? ちょ、やめて! そんな目で見つめてこないで!」 美形ヤンデレ攻め×平凡受け ※この作品は以前ぷらいべったーに載せた作品を改題・改稿したものです ※物語は高校生から始まりますが、主人公が成人する後半まで性描写はありません

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子
BL
あの時、あの場所に近づかなければ、変わらない日常の中にいることができたのかもしれない。居酒屋でアルバイトをしながら学費を稼ぐ苦学生の桃瀬朱兎(ももせあやと)は、バイト終わりに自宅近くの裏路地で怪我をしていた一人の男を助けた。その男こそ、朱龍会日本支部を取り仕切っている中華マフィアの若頭【鼬瓏(ゆうろん)】その人。彼に関わったことから事件に巻き込まれてしまい、気づけば闇オークションで人身売買に掛けられていた。偶然居合わせた鼬瓏に買われたことにより普通の日常から一変、非日常へ身を置くことになってしまったが…… 想像していたような酷い扱いなどなく、ただ鼬瓏に甘やかされながら何時も通りの生活を送っていた。 ※付きのお話は18指定になります。ご注意ください。 更新は不定期です。

俺は完璧な君の唯一の欠点

白兪
BL
進藤海斗は完璧だ。端正な顔立ち、優秀な頭脳、抜群の運動神経。皆から好かれ、敬わられている彼は性格も真っ直ぐだ。 そんな彼にも、唯一の欠点がある。 それは、平凡な俺に依存している事。 平凡な受けがスパダリ攻めに囲われて逃げられなくなっちゃうお話です。

地味顔陰キャな俺。異世界で公爵サマに拾われ、でろでろに甘やかされる

冷凍湖
BL
人生だめだめな陰キャくんがありがちな展開で異世界にトリップしてしまい、公爵サマに拾われてめちゃくちゃ甘やかされるウルトラハッピーエンド アルファポリスさんに登録させてもらって、異世界がめっちゃ流行ってることを知り、びっくりしつつも書きたくなったので、勢いのまま書いてみることにしました。 他の話と違って書き溜めてないので更新頻度が自分でも読めませんが、とにかくハッピーエンドになります。します! 6/3 ふわっふわな話の流れしか考えずに書き始めたので、サイレント修正する場合があります。 公爵サマ要素全然出てこなくて自分でも、んん?って感じです(笑)。でもちゃんと公爵ですので、公爵っぽさが出てくるまでは、「あー、公爵なんだなあー」と広い心で見ていただけると嬉しいです、すみません……!

処理中です...