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9. 何でもない
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洗濯機の荒波にもまれ、情事の痕跡を消し去ろうと回り続けるシーツを眺めながら、巴は隣にある風呂場から聞こえるシャワーの音に耳を立てていた。
さっきまでこのシーツの上で巴に縋りついていた旭も今、その痕跡を消し去ろうとしている。
“発情”は大抵、早朝に一度、昼過ぎから夕方ごろにもう一度、その後にもう一度起こる日もあればそうじゃない日もある。今も今日一度目の“発情”を終えたところ。
そんな状態で外に出ることもできず――巴が許すはずもなく――この一週間、旭は結局ずっとこの部屋から出ていない。
巴の望み通り、旭はずっとこの部屋にいる。それなのに、世界は色をなくし、心は海の底に沈んだまま。
発情状態の時には恋人のように甘く求められ、我に返ったとたんに突き離される。
相変わらず旭は何も教えてくれないし、会話もほとんどない。
旭と一緒にいられるのならば、何でもできる、何だってしてやる、そう思っていたはずなのに、旭との間にはもう取り戻せないほどの溝ができてしまったように感じる。
それでも、手放すことなどできない。
意地になっていると言われたらその通りかもしれないが、旭のいない未来など想像すらしたくない。
シャワーの音が止まり、旭が出てきそうな気配を察して巴は寝室へと向かった。
今日は朝から雨が降っている。
窓から見えるどんよりと重い空から落ちる雨は、地上にあるものを打ち据えているように見えた。
ベッドに新しいシーツを引き直し、その上にゴロンと横になる。
今、旭が使っているこのベッドで巴が過ごすのは旭が発情状態の時だけで、夜はソファで寝ている。もちろん旭は、巴がベッド使いなよ、とか、一緒に寝ればいい、などと言ってくれたが、旭をソファで寝かせるなんて論外だし、旭との間にある溝が明確になってしまったらと思うと、一緒にベッドに入ることも躊躇ってしまった。
――ちょっと疲れちゃったかも……。
目を閉じ、まっさらなシーツの感触を肌に感じると、今までのことなど夢だったのではないかと思ってしまう。
でももう、戻れない。
旭の唇の柔らかさも、昂った肌の熱も、濡れた声の甘さも、何度もむさぼったそれを、忘れることなんてできない。
旭が役目とやらを終えるまであとおそらく二週間弱ほど。必ず目的を果たして見せる。
覚悟の裏側にこみ上げてくる何かを抑えるために顔を両手でグッと覆うと、寝室のドアが開く音が聞こえた。
「巴?! どうかしたのか?!」
怯えのない声を久しぶりに聞いた気がする。それだけで、あぁまだ大丈夫、と思えた。
体を起こし、「何でもないよ」と旭の髪を撫でると、旭は不安を瞳に浮かべながら、グッと口を引き結んだ
「ソファだとやっぱり疲れが取れないのかも。今日からこっちで寝ようかな」
「……うん、そうだよな。それがいいと思う」
じゃあ俺はソファで寝るよ、とか、俺はそろそろ家に帰るから、とか言われるかと身構えていたが、これは一緒に寝ることを受け入れてくれたということか。
嬉しくてつい顔がほころぶ。久々に色のない曇天の世界に光が差し込んだような気がした。
その夜、一緒にベッドに入ると旭は今日三度目の発情状態になった。
またいつものようにしばらくは一人で耐えようとするのだろう。
様子を見ようと体を起こすと、旭は少し焦ったように強く巴の服を引いた。
「どこ行くんだ?!」
「えっ、どこも行かないよ。ここにいるから安心して」
そう言って服を掴む手をそっと握ると、旭は体を起こし、巴の上に正面から跨って座った。
「ともえ……ごめん……」
大きな瞳からハラハラとこぼれ落ちていく涙をぬぐう暇もなく、旭は巴の首に手を回し、唇を重ねた。
重なった唇から差し出された舌は巴の舌に触れると、その中心を前から後ろへゆっくりと舌先でなぞっていく。そのまま舌先で届くギリギリ奥まで這わせると、次は上あごへとその先を向けた。ゆっくりとそこを舐めつくし、また巴の舌と絡まり合う。
その動きに初めてこの部屋で発情状態になった時を思い出す。同じ動き、同じ熱。違うのは、今の旭からは“自分の意思”を感じること。
絡まり合う舌に沸き立つ水音と、お互いの荒い息で脳が痺れていく。
堪らなくなり、服の裾から手を挿し込んで素肌をまさぐると、旭はピクリと体をよじらせた。
舌先だけを絡ませたまま服を脱ぎ棄て、二人とも下着一枚で素肌をぴったりと寄せ合ってまた唇を重ね続ける。旭の舌をジュっと吸い込みながら、指で胸の突起をはじく。重なった唇の端から漏れる旭の息が甘さを含み、つまんだ胸の突起が硬さを得たことを確かめると、今度は片手を下着の中で窮屈そうに膨らむ旭のものを撫でた。
「んんっ」
大きく体を震わせ、唇を離した旭の頭をグッと寄せてまた唇を重ねる。その唇の柔らかさと、絡まり合う舌の温度と、塞がれた息苦しさが気持ちいい。
旭を後ろへ倒して、唇を重ねたまま舌をなめ合い、唾液を絡めとる。酸素が回らなくなった脳が本能のままに腰を動かすと、互いに張り詰めた股間が擦れ、低周波に肌を撫でられているかのようなピリピリとした快感が全身を覆った。
「ともえ、くるしっ」
快感にとろりと溶け始めた旭の声を合図にしてようやく旭の口内から出ると、今度はぷっくりと赤く膨らんだ乳首を舌先で転がす。その間もゆるゆるとお互いをこすり合わせる腰が止まらない。
これまでは性急で激しくむさぼり合うようなセックスばかりしていたけど、今はうっとりとした快感がたまらなく気持ちいい。
ゆっくりと時間をかけて味わうように小さな赤い果実を舐め、つつき、吸い上げると、旭は弾けたように体を一度大きく震わせた。
「イッちゃった?」
「ん……」
「ふふっ、かわいい」
吐き出した白濁と後孔からあふれ出る蜜でドロドロになった下着を脱がせ、またキスを交わしながら中指をゆっくりと旭のナカへと入れる。もうずいぶんと柔らかくなった入り口は巴の指をすぐに飲み込んだ。指を二本に増やし、旭の好いところを探りながらナカを押し広げていく。
「あっ、あっ、そこ、きもちっ……」
「うん、気持ちいね」
またぴんと上を向いた旭のものを根元から舐め上げると、後孔がナカで動き回る指を締め付けるかのようにきゅうとすぼまった。
透明な液体が漏れ出る小さな穴をグリグリと舌先で刺激すると、湧き水のように薄く白んだ液体が溢れてくる。それを舌先に乗せて味わいながら、膨らんだ先端の下にあるくぼみを一周くるりと舐め、咥え込んだ。
「だめっりょうほぅ…すぐイッちゃ……」
その言葉通り、数回しごいただけで旭は巴の口内で再度果てた。
口の中に溜まった旭の精液を手のひらに出し、それを血管が浮かび上がるほど固く腫れあがった巴のものに塗り付け数回自分でしごく。その様子を旭は達したばかりのぼんやりとした瞳でぼうっと見つめながら小さく息を呑んだ。
「挿入るよ。どっち向きがいい?」
「前からがいい、キスしながらして」
これまでは旭の容をしただけの、旭の意思を持たない別のモノを抱いているような感覚を覚える時があった。でも今は違う。目の前にいるのは旭の意思を持った旭だ。
こみ上がる喜びが瞳からこぼれ落ちそうになるのをこらえながら旭の唇をぺろりと舐めると、まるでその中へと誘うように旭は唇を開いた。
導かれるままに舌を絡ませながら、ゆっくりと旭のナカへ挿入していく。始めは浅く突き、旭の好いところをゆっくりと押し上げる。
「あっんっいぃ。ともえ、きもちい」
徐々に律動を強め、さらに旭の奥を押し開いていく。進むにつれ快楽に喘ぐ声は大きくなり、より興奮を煽る。
「旭、あさひっ……」
「ともえ、もっと、もっとキスして」
ナカに入っていくのに夢中になっていつの間にか離していた唇を再度強く、噛みつくように塞ぐ。唇も舌も吸い上げながらさらに奥へと腰を落とし、揺さぶると旭は小さな痙攣を何度も起こした。その度にキュウッと後孔が締まる。
「もしかして、ずっと甘イキしてる?」
「わかんな……あっあぁっ――」
「ほら、また締まった」
「あっ、やっいわない、で」
体を起こして旭の足をグッと持ち上げ、汗ばんだ膝の裏に唇を這わす。甘い香りを味わうように強く吸い上げると、その跡が赤く咲き乱れていく。
「ともえ、ともえ、こっち」
「今日は甘えん坊だね」
差し出された両腕に包み込まれながら、旭の身体を折り曲げてさらに奥へと入り込む。耳にかかる熱のこもった息も、ぴったりと張り付く濡れた肌も、背に食い込む爪の鈍い痛も、旭に与えられるその全てが気持ちいい。
奥を突き上げるたびに旭は巴を柔らかく締め付け、快感の高みが近づいてくる。腹の間に挟まり、こすられ続けている旭のものからは薄く白濁した液体が絶えずこぼれ落ち、律動の潤滑油となっている。旭もそれが気持ちいのだろう。そこを押し当て擦り付けるように腰を揺らしている。
「旭、もうイキそ……」
「ん、だして、」
顔の横に置いていた両腕を背に回し、旭を抱え込んだままさらに激しく腰を打ち付ける。獣のように荒くなった息を漏らす唇を旭の首元に押し付けながら、突き上げた最奥に精を吐き出した。
全てを注ぎきるまで、できうる限りぴったりと全身を重ねていると、旭と一つの塊になっているかのような錯覚に陥る。
セックスの後はいつも、旭と繋がった多幸感と、それでも決して一つにはなれない虚無感が同時に襲ってくる。
――このまま一つになれたらいいのに。
ぎゅうっと背に回した腕に力を籠めると、旭は小さく声を上げ、「苦しいよ」と笑った。
腕の拘束を解いて、旭の額にキスをする。汗ばんだ肌は甘くて、しょっぱい。
いつもならこれでお終い。熱を失った瞳は巴から逃げようと宙をさまよい始める。
でも、この時は違った。旭の瞳は凪いだ海のような静けさを湛え、巴を真っ直ぐと見つめていた。
戸惑ったままでいると、旭の手が巴の頬に伸ばされ、指が唇をなぞった。その指をぺろりと舐めると、旭はふっと軽く息を漏らすように微笑んだ。
それは夜の海に浮かぶ月のように美しくて、その穏やかさとは反対に無性に心をかき乱していく。
好きだ、好きだ、好きでたまらない。
唇に添えられたままの親指をついばむようにキスをする。そのまま口内に含み、指の付け根からゆっくりと指先へ舌先を動かす。舌の中心で指先をこすりながら、根元に少し歯を立てると旭は「んっ」と息を漏らして少し眉根を寄せた。
まだ旭の中に入ったままになっていたものがまた芯を取り戻していく。ゆるゆると腰を前後させると、それに合わせて旭は短い息を吐いた。
口内に含んだ親指を咥えたまま律動を強めていく。指に唾液が絡まる音と、さっき旭のナカに出した精液が擦られ、泡立つ音がベッドのきしむ音と混ざりあい、部屋を埋めていく。
みっともなく唾液を垂らしながら指をしゃぶり、壊れたおもちゃのように腰を振る巴を旭はどう思いながら見ているのか。まだじいっと巴を見つめたままの旭の真っ黒な瞳の中に吸い込まれ、堕ちて行けたらどれほど幸せだろう。
その夜は旭がこの部屋に来てから初めて、抱き合ったまま眠った。
翌朝は良く晴れていた。
「旭、仕事に行ってくるね。ご飯準備しておいたから食べて。夕方には帰ってくるから」
昨夜たっぷりとシたおかげか、今朝は“発情”が起きず、まだベッドの上でまどろんでいる旭に声をかけ、部屋を出る。
ドアを閉めようとした直前、小さく旭の声が聞こえた気がした。「何か言った?」 と振り向くと、旭は「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた。
久しぶりに柔らかい心地で雨あがりの街を歩く。
地面の上に残された水たまりには陽の光が差し込み、青く輝いている。どこにも吸い込まれなかった雨たちはこの光の道を通ってまた空へと還っていく。
地面に吸い込まれて海へ流れつく雨と、空に還る雨はどちらが多いのだろう。
水溜まりを靴の先でつついてみると、広がった波紋は少しだけ光の道を揺らし、静かに消えていった。
その日、仕事を終えてスタジオから出る頃にはもう陽が落ちかけていた。夕食は一緒に食べられる時間だが、いつも夕方ごろに来る今日二度目の“発情”に間に合うだろうか。涙を浮かべ、肩を震わす旭を思い浮かべ、足を速める。オレンジ色に染まる水溜まりを踏みつけ、バチャンと水が跳ねる音に気を留める間もなく走り、息を荒げたままマンションの前で足を止めた。
巴の部屋はこのマンションの五階、正面から見て左の角部屋。マンションの入り口がある通りには寝室が面している。見上げた先にあった違和感に、走ったせいでいつもより早く脈打つ鼓動がそれとは違う速さでドクンと一度強く鳴った。
小刻みに口から漏れる息を呑みこみながらエレベーターに乗り込み、震える手で玄関のドアを開ける。
そのまま薄暗い部屋を進み、寝室へと足を踏み入れた。
「あさ、ひ……?」
窓から差し込む夕日が照らしていたのは、全てを消し去った後のまっさらなシーツだけだった。
絶望に打ち据えられた体が色のない世界へと吸い込まれ、空へ還ることができないまま海の底へ沈んでいく。
「そっか、やっぱり僕を置いていくんだね……」
たどり着いたのは旭の居ない無の世界だった。
さっきまでこのシーツの上で巴に縋りついていた旭も今、その痕跡を消し去ろうとしている。
“発情”は大抵、早朝に一度、昼過ぎから夕方ごろにもう一度、その後にもう一度起こる日もあればそうじゃない日もある。今も今日一度目の“発情”を終えたところ。
そんな状態で外に出ることもできず――巴が許すはずもなく――この一週間、旭は結局ずっとこの部屋から出ていない。
巴の望み通り、旭はずっとこの部屋にいる。それなのに、世界は色をなくし、心は海の底に沈んだまま。
発情状態の時には恋人のように甘く求められ、我に返ったとたんに突き離される。
相変わらず旭は何も教えてくれないし、会話もほとんどない。
旭と一緒にいられるのならば、何でもできる、何だってしてやる、そう思っていたはずなのに、旭との間にはもう取り戻せないほどの溝ができてしまったように感じる。
それでも、手放すことなどできない。
意地になっていると言われたらその通りかもしれないが、旭のいない未来など想像すらしたくない。
シャワーの音が止まり、旭が出てきそうな気配を察して巴は寝室へと向かった。
今日は朝から雨が降っている。
窓から見えるどんよりと重い空から落ちる雨は、地上にあるものを打ち据えているように見えた。
ベッドに新しいシーツを引き直し、その上にゴロンと横になる。
今、旭が使っているこのベッドで巴が過ごすのは旭が発情状態の時だけで、夜はソファで寝ている。もちろん旭は、巴がベッド使いなよ、とか、一緒に寝ればいい、などと言ってくれたが、旭をソファで寝かせるなんて論外だし、旭との間にある溝が明確になってしまったらと思うと、一緒にベッドに入ることも躊躇ってしまった。
――ちょっと疲れちゃったかも……。
目を閉じ、まっさらなシーツの感触を肌に感じると、今までのことなど夢だったのではないかと思ってしまう。
でももう、戻れない。
旭の唇の柔らかさも、昂った肌の熱も、濡れた声の甘さも、何度もむさぼったそれを、忘れることなんてできない。
旭が役目とやらを終えるまであとおそらく二週間弱ほど。必ず目的を果たして見せる。
覚悟の裏側にこみ上げてくる何かを抑えるために顔を両手でグッと覆うと、寝室のドアが開く音が聞こえた。
「巴?! どうかしたのか?!」
怯えのない声を久しぶりに聞いた気がする。それだけで、あぁまだ大丈夫、と思えた。
体を起こし、「何でもないよ」と旭の髪を撫でると、旭は不安を瞳に浮かべながら、グッと口を引き結んだ
「ソファだとやっぱり疲れが取れないのかも。今日からこっちで寝ようかな」
「……うん、そうだよな。それがいいと思う」
じゃあ俺はソファで寝るよ、とか、俺はそろそろ家に帰るから、とか言われるかと身構えていたが、これは一緒に寝ることを受け入れてくれたということか。
嬉しくてつい顔がほころぶ。久々に色のない曇天の世界に光が差し込んだような気がした。
その夜、一緒にベッドに入ると旭は今日三度目の発情状態になった。
またいつものようにしばらくは一人で耐えようとするのだろう。
様子を見ようと体を起こすと、旭は少し焦ったように強く巴の服を引いた。
「どこ行くんだ?!」
「えっ、どこも行かないよ。ここにいるから安心して」
そう言って服を掴む手をそっと握ると、旭は体を起こし、巴の上に正面から跨って座った。
「ともえ……ごめん……」
大きな瞳からハラハラとこぼれ落ちていく涙をぬぐう暇もなく、旭は巴の首に手を回し、唇を重ねた。
重なった唇から差し出された舌は巴の舌に触れると、その中心を前から後ろへゆっくりと舌先でなぞっていく。そのまま舌先で届くギリギリ奥まで這わせると、次は上あごへとその先を向けた。ゆっくりとそこを舐めつくし、また巴の舌と絡まり合う。
その動きに初めてこの部屋で発情状態になった時を思い出す。同じ動き、同じ熱。違うのは、今の旭からは“自分の意思”を感じること。
絡まり合う舌に沸き立つ水音と、お互いの荒い息で脳が痺れていく。
堪らなくなり、服の裾から手を挿し込んで素肌をまさぐると、旭はピクリと体をよじらせた。
舌先だけを絡ませたまま服を脱ぎ棄て、二人とも下着一枚で素肌をぴったりと寄せ合ってまた唇を重ね続ける。旭の舌をジュっと吸い込みながら、指で胸の突起をはじく。重なった唇の端から漏れる旭の息が甘さを含み、つまんだ胸の突起が硬さを得たことを確かめると、今度は片手を下着の中で窮屈そうに膨らむ旭のものを撫でた。
「んんっ」
大きく体を震わせ、唇を離した旭の頭をグッと寄せてまた唇を重ねる。その唇の柔らかさと、絡まり合う舌の温度と、塞がれた息苦しさが気持ちいい。
旭を後ろへ倒して、唇を重ねたまま舌をなめ合い、唾液を絡めとる。酸素が回らなくなった脳が本能のままに腰を動かすと、互いに張り詰めた股間が擦れ、低周波に肌を撫でられているかのようなピリピリとした快感が全身を覆った。
「ともえ、くるしっ」
快感にとろりと溶け始めた旭の声を合図にしてようやく旭の口内から出ると、今度はぷっくりと赤く膨らんだ乳首を舌先で転がす。その間もゆるゆるとお互いをこすり合わせる腰が止まらない。
これまでは性急で激しくむさぼり合うようなセックスばかりしていたけど、今はうっとりとした快感がたまらなく気持ちいい。
ゆっくりと時間をかけて味わうように小さな赤い果実を舐め、つつき、吸い上げると、旭は弾けたように体を一度大きく震わせた。
「イッちゃった?」
「ん……」
「ふふっ、かわいい」
吐き出した白濁と後孔からあふれ出る蜜でドロドロになった下着を脱がせ、またキスを交わしながら中指をゆっくりと旭のナカへと入れる。もうずいぶんと柔らかくなった入り口は巴の指をすぐに飲み込んだ。指を二本に増やし、旭の好いところを探りながらナカを押し広げていく。
「あっ、あっ、そこ、きもちっ……」
「うん、気持ちいね」
またぴんと上を向いた旭のものを根元から舐め上げると、後孔がナカで動き回る指を締め付けるかのようにきゅうとすぼまった。
透明な液体が漏れ出る小さな穴をグリグリと舌先で刺激すると、湧き水のように薄く白んだ液体が溢れてくる。それを舌先に乗せて味わいながら、膨らんだ先端の下にあるくぼみを一周くるりと舐め、咥え込んだ。
「だめっりょうほぅ…すぐイッちゃ……」
その言葉通り、数回しごいただけで旭は巴の口内で再度果てた。
口の中に溜まった旭の精液を手のひらに出し、それを血管が浮かび上がるほど固く腫れあがった巴のものに塗り付け数回自分でしごく。その様子を旭は達したばかりのぼんやりとした瞳でぼうっと見つめながら小さく息を呑んだ。
「挿入るよ。どっち向きがいい?」
「前からがいい、キスしながらして」
これまでは旭の容をしただけの、旭の意思を持たない別のモノを抱いているような感覚を覚える時があった。でも今は違う。目の前にいるのは旭の意思を持った旭だ。
こみ上がる喜びが瞳からこぼれ落ちそうになるのをこらえながら旭の唇をぺろりと舐めると、まるでその中へと誘うように旭は唇を開いた。
導かれるままに舌を絡ませながら、ゆっくりと旭のナカへ挿入していく。始めは浅く突き、旭の好いところをゆっくりと押し上げる。
「あっんっいぃ。ともえ、きもちい」
徐々に律動を強め、さらに旭の奥を押し開いていく。進むにつれ快楽に喘ぐ声は大きくなり、より興奮を煽る。
「旭、あさひっ……」
「ともえ、もっと、もっとキスして」
ナカに入っていくのに夢中になっていつの間にか離していた唇を再度強く、噛みつくように塞ぐ。唇も舌も吸い上げながらさらに奥へと腰を落とし、揺さぶると旭は小さな痙攣を何度も起こした。その度にキュウッと後孔が締まる。
「もしかして、ずっと甘イキしてる?」
「わかんな……あっあぁっ――」
「ほら、また締まった」
「あっ、やっいわない、で」
体を起こして旭の足をグッと持ち上げ、汗ばんだ膝の裏に唇を這わす。甘い香りを味わうように強く吸い上げると、その跡が赤く咲き乱れていく。
「ともえ、ともえ、こっち」
「今日は甘えん坊だね」
差し出された両腕に包み込まれながら、旭の身体を折り曲げてさらに奥へと入り込む。耳にかかる熱のこもった息も、ぴったりと張り付く濡れた肌も、背に食い込む爪の鈍い痛も、旭に与えられるその全てが気持ちいい。
奥を突き上げるたびに旭は巴を柔らかく締め付け、快感の高みが近づいてくる。腹の間に挟まり、こすられ続けている旭のものからは薄く白濁した液体が絶えずこぼれ落ち、律動の潤滑油となっている。旭もそれが気持ちいのだろう。そこを押し当て擦り付けるように腰を揺らしている。
「旭、もうイキそ……」
「ん、だして、」
顔の横に置いていた両腕を背に回し、旭を抱え込んだままさらに激しく腰を打ち付ける。獣のように荒くなった息を漏らす唇を旭の首元に押し付けながら、突き上げた最奥に精を吐き出した。
全てを注ぎきるまで、できうる限りぴったりと全身を重ねていると、旭と一つの塊になっているかのような錯覚に陥る。
セックスの後はいつも、旭と繋がった多幸感と、それでも決して一つにはなれない虚無感が同時に襲ってくる。
――このまま一つになれたらいいのに。
ぎゅうっと背に回した腕に力を籠めると、旭は小さく声を上げ、「苦しいよ」と笑った。
腕の拘束を解いて、旭の額にキスをする。汗ばんだ肌は甘くて、しょっぱい。
いつもならこれでお終い。熱を失った瞳は巴から逃げようと宙をさまよい始める。
でも、この時は違った。旭の瞳は凪いだ海のような静けさを湛え、巴を真っ直ぐと見つめていた。
戸惑ったままでいると、旭の手が巴の頬に伸ばされ、指が唇をなぞった。その指をぺろりと舐めると、旭はふっと軽く息を漏らすように微笑んだ。
それは夜の海に浮かぶ月のように美しくて、その穏やかさとは反対に無性に心をかき乱していく。
好きだ、好きだ、好きでたまらない。
唇に添えられたままの親指をついばむようにキスをする。そのまま口内に含み、指の付け根からゆっくりと指先へ舌先を動かす。舌の中心で指先をこすりながら、根元に少し歯を立てると旭は「んっ」と息を漏らして少し眉根を寄せた。
まだ旭の中に入ったままになっていたものがまた芯を取り戻していく。ゆるゆると腰を前後させると、それに合わせて旭は短い息を吐いた。
口内に含んだ親指を咥えたまま律動を強めていく。指に唾液が絡まる音と、さっき旭のナカに出した精液が擦られ、泡立つ音がベッドのきしむ音と混ざりあい、部屋を埋めていく。
みっともなく唾液を垂らしながら指をしゃぶり、壊れたおもちゃのように腰を振る巴を旭はどう思いながら見ているのか。まだじいっと巴を見つめたままの旭の真っ黒な瞳の中に吸い込まれ、堕ちて行けたらどれほど幸せだろう。
その夜は旭がこの部屋に来てから初めて、抱き合ったまま眠った。
翌朝は良く晴れていた。
「旭、仕事に行ってくるね。ご飯準備しておいたから食べて。夕方には帰ってくるから」
昨夜たっぷりとシたおかげか、今朝は“発情”が起きず、まだベッドの上でまどろんでいる旭に声をかけ、部屋を出る。
ドアを閉めようとした直前、小さく旭の声が聞こえた気がした。「何か言った?」 と振り向くと、旭は「行ってらっしゃい」と手を振ってくれた。
久しぶりに柔らかい心地で雨あがりの街を歩く。
地面の上に残された水たまりには陽の光が差し込み、青く輝いている。どこにも吸い込まれなかった雨たちはこの光の道を通ってまた空へと還っていく。
地面に吸い込まれて海へ流れつく雨と、空に還る雨はどちらが多いのだろう。
水溜まりを靴の先でつついてみると、広がった波紋は少しだけ光の道を揺らし、静かに消えていった。
その日、仕事を終えてスタジオから出る頃にはもう陽が落ちかけていた。夕食は一緒に食べられる時間だが、いつも夕方ごろに来る今日二度目の“発情”に間に合うだろうか。涙を浮かべ、肩を震わす旭を思い浮かべ、足を速める。オレンジ色に染まる水溜まりを踏みつけ、バチャンと水が跳ねる音に気を留める間もなく走り、息を荒げたままマンションの前で足を止めた。
巴の部屋はこのマンションの五階、正面から見て左の角部屋。マンションの入り口がある通りには寝室が面している。見上げた先にあった違和感に、走ったせいでいつもより早く脈打つ鼓動がそれとは違う速さでドクンと一度強く鳴った。
小刻みに口から漏れる息を呑みこみながらエレベーターに乗り込み、震える手で玄関のドアを開ける。
そのまま薄暗い部屋を進み、寝室へと足を踏み入れた。
「あさ、ひ……?」
窓から差し込む夕日が照らしていたのは、全てを消し去った後のまっさらなシーツだけだった。
絶望に打ち据えられた体が色のない世界へと吸い込まれ、空へ還ることができないまま海の底へ沈んでいく。
「そっか、やっぱり僕を置いていくんだね……」
たどり着いたのは旭の居ない無の世界だった。
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疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。
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