神様の言うとおりに

なつか

文字の大きさ
上 下
2 / 15

1. ふざけんな

しおりを挟む
 土地神の話を聞いたあと、呆然とした状態で部屋から出ると、本殿前で父親が待ち構えていた。どうやら、笹目家の役目については家の後を継いだものだけが聞かされるらしく、父親も承知のことだったらしい。だが、それを息子が担うことになるとはさすがに思っていなかったのだろう。昔から基本的に無表情で、沈着冷静な父親の眉間にもさすがにしわが寄っている。
「種主にあてはあるのか」
「あるわけないだろ……どうしろっていうんだよ、こんな話」
 父親が眉間に寄せるしわの深さの分だけ、この話が嘘ではないことを表しているかのようで、旭は思わず頭を抱えその場に座り込んだ。
「……ともえは、」
「やめてくれ、こんなことに巴を巻き込めるわけないだろ」
「だが……」
「巴だけはダメだ。はぁ……とりあえず東京に戻る。あっちなら多分すぐに相手も見つかると思うから。このこと巴には絶対に何も言わないでくれよ」
 東京にはこんな田舎では考えられないような“出会いの場”がたくさんある。それこそ、SNSやら掲示板やらで探せば“男の相手をしてくれる男”もきっといるだろう。問題はそれを受け入れる覚悟が旭にあるかどうかだ。

 ――くそ、くそっ。あんな村、大っ嫌いだ。

 大嫌いな村のためになぜ自分がこんな目に合わないといけないのか。呪わしい気持ちで東京での住まいがある駅で降り立つと、その先に見覚えのある姿を見つけた。
 キレイに整えられた栗色の真っ直ぐな髪に、長い睫毛が揺れる少しだけ吊り上がった大きな目。その間を通る高い鼻筋の下には、優しく上向いていることの多い薄い唇。その美しいパーツが収まる小さな顔は、いつ見ても完璧な造形だ。そこから伸びる細い首筋と長い手足も相まって、何にもない駅に立っているだけなのに、ファッション雑誌の一ページのようにみえる。
「巴、わざわざ待ってなくてもよかったのに」
「おかえり、旭」
 この完璧な造形の持ち主、宇多川うたがわ ともえは、旭と同じ村の出身で、家が隣同士でもある、いわゆる幼馴染。保育園から高校までずっと同じ学校で過ごし、大学は別々ではあるものの、進学時に一緒に上京してきた。しばらくは旭と同じアパートの隣の部屋に住んでいたが、バイトがてら始めたモデルの仕事がそれはもう順調にいき、雑誌の表紙を飾るほど人気モデルとなった今は事務所が用意したマンションで暮している。
 でも、結局毎日のように旭のところに来ているため、旭の住むアパートから数駅離れたところにあるそのマンションにはほとんど寝に帰るだけだと言っていた。
 さっきも実家から戻る電車の中で『今から行く』と巴からメッセージが届いていることに気が付いた。まだ電車の中だ、と返すと、『それなら駅で待ってる』と返信があった。
 モデルとして華やかな世界にいる巴が、なぜ自分のような地味な幼馴染とつるみたがるのかよくわからないが、本人曰く、“そういうところ”は疲れるらしい。
 確かに、村全員が顔見知りと言う超絶田舎育ちからしてみれば、東京は人が多すぎる。その上、なぜかみんな駆け足で進んでいるかのようにせわしない。当然、居心地がいいとは言えないし、巴の言う通り疲れる。それでも村に帰りたいと思ったことは一度もない。もう帰らないと心に決めて東京へ来た。
 そのつもりだったのに、急に背負わされた意味不明な役目のことを思い出し、旭は思わず深いため息を吐いた。
「どうしたの? 親父さんの話、そんなに気が重い話だったの?」
「あっ、い、いや、それは別に大した話じゃなかった。それより、今月も雑誌の表紙を飾ってたような奴が、なんでこんな狭いアパートで野菜切ってんだよ、って思っただけ」
 父親に言った通り、この役目のことには絶対に巴を巻き込みたくない。
 巴は優しい。本人はそうとは言わないけど、毎日のように旭のアパートに来るのだって、料理が壊滅的にできない旭に夕飯を作るためだ。
 村にいる頃から、ずっとずっと巴は旭に優しかった。そんな巴に甘えてきたという自覚がある。だからきっと頼めば“種主”とやらも引き受けてくれてしまう。でも、そんなことは絶対にさせたくはない。

 ――そもそも、巴と“そういうこと”をするなんて……。

 狭いキッチンでいそいそと二人分の夕食を準備する、造詣の美しい幼馴染をチラリと目を向ける。今は菜箸を持つあの長い指が、炒めた野菜を味見しているあの口が、自分に向かって伸ばされ、触れようとする姿がふと頭に浮かぶ。その瞬間、生ぬるい風に撫でられたような感触がゾクリと背を這い、思わずぴんと背筋を伸ばした。
「どうしたの旭、顔真っ赤だよ?」
 出来上がった料理を机に並べながら不思議そうな顔をする巴の声にハッとし、旭は浮かんだ映像を吹き飛ばすように首を横に大きく振った。
「えっどうしたの。なんかさっきからおかしいよ。やっぱり、何か……」
「いやいや、なんもないって。今日はチンジャオロース? 今日もうまそうだな。いつも悪い」
「……うん。ご飯は二人分の方が作りやすいし、好きでやってるから気にしないで」
「そうは言っても、毎日俺のところ来るの面倒だろ。俺だってご飯くらい自分で何とか出来るし……」
「僕が来るの迷惑?」
「違う、違う! そうじゃなくて……」
「なら、気にしないで。こうやって料理して食べてもらうのも僕のストレス発散になってるんだよ。だから、旭が迷惑じゃないならこれからもやらせて」
「迷惑なわけない。いつも助かってる。ありがと」
 旭がそういうと、巴は「うん」と頷きながらきれいな形の唇の端を柔らかく上げた。


 巴が帰った後、旭はソファにゴロンと寝転びながら『男同士 出会い』などとスマホで検索を始めた。もし本当に役目を果たす必要があるのなら、“種主”は後腐れのない相手がいい。それなら現実の知り合いではなく、ネットで見知らぬ相手を探すのが一番だ。便利な世の中でよかった、なんて思いながらいろいろ検索をしていく。

 ――あーあ、彼女がいたこともないのに、なんでこんな……。

 村には学校がなく、旭は村で唯一の同級生だった巴と一緒に、保育園から高校までそこそこ人口の多い隣町に通っていた。巴は幼い頃から格別に美しい子供で、小学生、いや、保育園のころから当然のように女子たちの視線は巴に集まった。そんな巴の隣に常にいた旭は、あからさまに巴の付属品のような扱いで、ラブレターやプレゼントの受け渡しを頼まれることなんてしょっちゅうだったし、たまに旭に興味があるそぶりを見せる女子がいても、結局は旭を通じて巴に近づこうとするやからばかりだった。
 それは都会に出て大学生になった今でも変わらない。みんな旭を通じてその先にいる巴を見ている。思春期の頃なんかはそれで多少がっかりすることもあったが、今ではそうなるのが普通で、当然のことだと思っている。
 何とか巴に取り入ろうとする女子たちの言動は、かわいらしいと思うどころか、恐怖を覚えるレベルだったし、それの相手をしないといけない巴には憐れみさえ覚えた。むしろ、守ってやらなければ、とすら思っていた。
 そもそもどんな女子よりも巴の方がずっと美人だ。その上、優しくて、気遣いができて、料理もできる。幼い頃からずっと一緒にいるから旭の性格も、嗜好ももちろんすべて把握済み。
 そんな完璧で最高に居心地のいい存在が常に側にいるのだ。当然、女子に大した興味も抱けないから彼女が欲しいと思ったこともないし、モテもしなかったせいで、旭は彼女いない歴を毎年更新している。つまりは女性経験もない、童貞だ。
 それなのになぜ、“男”との出会いを探さなければいけないのか、スマホの画面をスクロールしながら、旭はため息しか出ない。とりあえず、口コミも多くて、安全そうなマッチングアプリに登録し、掲載されている登録者たちを見ていく。当たり前だが、顔がはっきり写った写真を載せている人はほとんどいない。簡単なプロフィールと雰囲気がわかる程度の写真から体の関係を持つ相手を選ぶなんて、正直恐怖しかない。でも、このアプリを利用している人たちは、きっとそうしているんだろう。こういうのはきっと勢いだ、と自分に言い聞かせ、画面を送っていく。

 この人はちょっと怖そう。この人はちょっと年上すぎる。
 どうせなら優しくて、年の近い人がいい。
 この人は優しそう。でも巴より背が低いな。この人は髪の色が巴に似てる。でも、すごくチャラそう。この人は巴と同じくらいの背だな。でもちょっと太ってる。
 なんて、自然と巴を基準にしていたことに気が付き、スクロールする指を止めた。

 ――“巴みたいな人”がそう簡単にいてたまるかよ……。

 美人で優しい自慢の幼馴染。その美しい顔を頭に思い浮かべると、ふと今日会った土地神と名乗った男の顔立ちに、なぜか既視感を覚えたことを思い出した。
 髪の色が違うからぴんと来なかったが、そうだ、あの土地神は巴に似ているんだ。少しだけ吊り上がった大きな目とその間を通る高い鼻筋。形の良い眉と唇は、土地神と巴で正反対の方向を向いていたが、その美しいパーツも、それが収まる小さな顔の形も、驚くほどよく似ている。自分の幼馴染の美しさは神レベルなのかと感動していると、突然、心臓がドクンと大きく動いた。
 その衝撃で、思わず手に持っていたスマホを落とした。カツンと音を立てて床に転がったスマホを拾い上げようと手を伸ばしたが、なぜか視界がぐにゃりとゆがむ。スマホが拾えないまま、息が上がり始め、内側からせりあがってくる熱で体が火照っていく。その症状は風邪で高熱を出した時に似ているが、なぜかその熱は、頭ではなく下半身に向かって集まっていく。
 しばらくその熱に耐えるようにギュッと服の胸元を掴みながらソファで丸くなっていると、なぜか下着の後ろ側に不快感を覚えた。前は痛いほど熱く張り詰めているのに、なぜか後ろは湿り気を帯びて冷たい。荒げた息と早い鼓動をぐっと握った服に縫い留めながら、恐る恐るそこに触れると、ぬるりとした液体が指に張り付いた。
 その感触に背筋がゾッと凍り付く。熱を増す体に反して冷えていく心を握りしめるように強く目を瞑ると、土地神の言葉がこだまのように脳内に響いた。

『発情は種を受けないと収まらないから、早いうちに種主を捜すんだな』

 ――ほんとに、こんな……。ふざけんなよ。

 朦朧とする意識で悪態をつきながら、自然とあふれ出る涙を何とかこらえようと旭は唇を噛んだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

ヤンデレでも好きだよ!

はな
BL
春山玲にはヤンデレの恋人がいる。だが、その恋人のヤンデレは自分には発動しないようで…? 他の女の子にヤンデレを発揮する恋人に玲は限界を感じていた。

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

処理中です...