神様の言うとおりに

なつか

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プロローグ

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 “青天の霹靂”ってこういうことをいうのか。
 笹目ささめ あさひは目の前にいる、白装束を纏い銀色の長い髪を揺らす男を呆然と見つめながら、頭の中に凄まじい勢いでこの言葉が駆け巡った。


 住人のすべてが氏子という、小さな村にある神社の神主の家系に長男として生まれた旭は、初めて話した言葉も、初恋の相手も、おねしょを小二までしていたことも、やることなすこと全部が村人たちに筒抜けの小さな世界に辟易し、絶対に家は継がないと日本でトップと言われる大学に進学を決め、村を出たのが二年と少し前。
 大学生活三回目の夏休みを目前に控えた土曜日、突然父親に呼ばれて久方ぶりに実家へ戻ってきていた。何の説明もなく、普段は入れないご神体が祀られた神社の本殿の奥に行くよう言われてきてみたら、そこに座っていたのが今、目の前にいる銀髪の男。不審者だと焦って部屋を出ようとしたが、なぜか戸が開かない。『誰か!』と叫んでみても、もちろん反応が返ってくることはなかった。
「うるさいな。いいから、そこに座れ」
 銀髪の男は露骨に面倒そうな顔をしながらそう言うと、なぜか旭の体は勝手に動き始め、男の目の前に正座したところで止まった。
 旭は否応なしに目の前に据えられた男を恐る恐る見やる。真っ直ぐに伸びた床につくほど長い銀色の髪に、同じ色の長い睫毛が揺れる、少しだけ吊り上がった切れ長の大きな目。
 目を見張るほど美しい顔をした男は、どこか現実感のない雰囲気も相まって、『畏怖』というものを抱かせるような存在感がある。
 でもなぜか、その美しい顔立ちには既視感があった。
 どこかで見たかな、と男の顔をじーっと黙ったまま眺めていると、その銀髪の男は旭の様子など少しも気にすることなく、眉間にしわを寄せたまま勝手に話を始めた。
「回りくどい話は好かぬから単刀直入に言う。我はこの神社に祀られた土地神だ。お前は“神生みの器”に選ばれた。これから子を孕み、生むために、まずは種主となる男を捜せ」
「は?!」
 思わず間の抜けた声が出たが、旭は優秀な頭に備わった理解力を駆使して、目の前の銀髪の男が放った言葉を反芻してみる。
 だめだ、一言一句解読できない。まず、この男は自分のことを土地神だと言った。この時点で相当やばいやつだ。
 旭は“神社の子”だからといって、神様も幽霊も信じていない。でも、確かに見た目は神様っぽいし、さっき体が勝手に動いたし、ここにはご神体があるし、普段、人が入ることはできない部屋にいたことに間違いはない。
 出だしからつまずいたら先に進まないし、百歩、いや、一万歩譲って神様だと名乗ったことは受け入れよう。その次、“神生みの器”。無理だ、わからない。きっとこれは考えても時間の無駄だ。
 旭はあっさりと自分で考えることを放棄して、目の前の男から回答を得る方針に転換した。
「えっと、土地神様? おっしゃってることが一つも理解できないので、詳細な説明を求めます」
「はぁ?! 面倒な奴だな。まぁ仕方がない、説明してやる」
 そう言って土地神は眉間にしわを寄せたまま話始めたが、話を聞く途中、旭は終始開いた口が塞がることはなかった。

 土地神の話を掻い摘むと、この神社に祀られている土地神は定期的に代替わりが行われ、次は来年だという。笹目家はその代替わりの際、次代の神を生む“神生みの器”と呼ばれる役目を代々担っており、その器に今回、旭が選ばれたと言うことらしい。
 まとめてみても、何を言っているのさっぱり理解できない。そのせいで、意見も反論もできずにいる旭を置き去りにして、土地神は話を続ける。
「器の腹に宿る“神の御珠みたま”を孵すためには、人の子から種をもらい受け、精を得る必要がある。その種を授ける男のことを種主と呼ぶ。以前は種主となる男はこの村のものでないといけないなどという決まりがあったが、人の子も減っておるからな。この国の男であれば誰でもよいぞ」
「あの……種をもらい受けるっているのは……?」
「まぐわることに決まってるだろう」
「ま、まぐわ……そもそも俺は男ですが?! そうやって子供ができるのは男女間だけですけど?!」
「何を言っている。人間の男女がまぐわってできるのは人の子だろう。お前が生むのは神の子だ」
 まるで当然のことだと言わんばかりの土地神に、旭は理解できずにいる自分の方がおかしいのではないかと錯覚すら起こしそうになってくる。
 つまり、旭は神の子を身ごもり、生むために、男とセックスをしなければいけないということらしい。決して受け入れたくはないが、この話が事実であるかをこの銀髪の男と議論しても仕方がないということだけはわかってきた。
「俺が、その器だって言うのはなんでわかるんですか」
「適齢の笹目家の直系男子がお前だけだからだ」
 今、生存している笹目家直系男子は、旭と、すでに五十を過ぎた旭の父親、それから中学一年生の弟、悠陽ゆうひの三人。その中で“妊娠出産に適した年齢”と言えるのは確かに旭だけだ。突っ込みどころしかない答えに反論の余地はなく、旭はもう心の中で観念するしかなかった。
「念のため聞きますが、俺がその役目を放棄とか、拒否とかしたらどうなりますか」
「お前の弟に役目が移るだけだ。だが弟はまだ子供だろう。役目を果たせる歳になるまでこの村は土地神を失うことになるから、その間、厄災にまみれるだろうな」
 神は残酷だ、などとはよく言ったものだ。とても信じられる話ではないのに、「こんな話は嘘だ」と旭が受け入れなければ、弟が、ひいては村が犠牲になるかもしれないという不安をしっかりと植え付けられた。旭は受け入れざるを得ない突然降ってわいた役目とやらに大きくため息を吐いた。
「そう難しく考える必要はない。人の子を“産む”のとはわけが違う。適当な男とまぐわって御珠を孵せばいいだけだ」
 土地神あたかも簡単なことのように言うが、神と人とでは倫理観も違うらしい。旭の常識では『男とまぐわる』ことは『それ』のこととは言えない。
 そして、残念ながら土地神の話はそれだけで終わらなかった。
「あぁそれから、腹にはもう御珠を宿しておいたから、直に種を求めて発情を起こす。発情は種を受けないと収まらないから、早いうちに種主を捜すんだな」
「はぁ?! 何を勝手に、は、発情?! はぁ??!!」
「御珠は二十日余りで孵るだろう。その間、当然発情は続く。種主はずっと同じ相手でも、複数人から精を受けても問題はない。そのあたりは好きにしろ」
「は、二十日?! 長いだろ?!」
 わけのわからない話にもう混乱と動揺しかない旭は、初めに感じた『畏怖』とやらはとっくに吹っ飛んでいた。
「いちいちうるさい。“夏休み”とやらに合わせてやっただけありがたいと思え。話はこれで終わりだ。“神生みの器”としての役目をしっかりと全うしろ」
 そう土地神が言った途端、パンッという大きな音と共に、目の前が真っ白になるほどの閃光が走る。その光に奪われた視界が元に戻ったときには、部屋から土地神の姿は消えていた。
「嘘だろ……」
 こうして、旭の妊活(?)は否応なしに始まったのだった。
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