夢見るイルカはサメに恋をする

なつか

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20.夢

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 一つ学年が上がり、降りしきる雨が外気を蒸す季節が巡ってきたころ、涼音はいつもと同じように駅の構内で自分を待つ伊野を見つけ、目じりを下げた。
 同じように涼音を見つけた伊野も、ふにゃんと溶けたような笑顔でいつもと変わらぬ優しい眼差しを涼音に向ける。
「おかえり、涼音くん」
「うん、ただいま」

 “バグ”を解消して精神的にも落ち着いてきたこともあり、水泳部の監督に紹介してもらったパラ水泳のクラブの練習に参加するようになった。
 今もその帰りで、週末の今日はこのまま伊野の家に泊まりに行く。これもすっかり恒例になっていた。
「やっぱり、駅じゃなくてプールまで迎えに行きたいなぁ。顔を見るまで気が気じゃない……」
「過保護すぎだから。駅で十分だって」
 伊野の過保護も相変わらずだが、前とは違い光で透けなくなった伊野の髪に涼音は手を伸ばした。
「すっかり黒くなったね」
 クラブの練習がない日は水泳部にマネージャーとして参加している涼音と共に伊野も水泳部に復帰し、それに合わせて金色に染めていた髪色を戻していた。
「金髪のほうがよかった?」
「んー金髪の時はキラキラしてきれいだなと思ってたけど、こっちはこっちで似合うと思う」
 褒められたことで機嫌をよくした伊野は、部屋に入るなり涼音にキスをしてベッドに押し倒した。
 着ていたTシャツを脱がし、首筋から順に涼音の白い肌に唇を付けていく。
「涼音くんが水泳もう一度始めたのは嬉しいけど、跡つけれないのが残念」
「……来週は月曜日の練習休みだから、水曜日までに消えるやつならつけてもいいよ」
 涼音の言葉にパッと顔を上げた伊野は、少し恥じらった顔をする涼音の唇にもう一度キスをし、挿し込んだ舌でたっぷりと口内を舐め上げる。
「煽ったのは涼音くんだからね」
「はっ? そんなことしてな……あっ」
 伊野はあっという間に涼音の体中に赤い痕を散らし、太ももにつけたそれを指でなぞった。
「太ももの内側なら練習あっても大丈夫かな?」
「大丈夫じゃないし」
 独占欲の証のようなキスマークを付けられることは、正直、悪い気はしない。だが、以前のように体中につけられては水着になれないし、さすがに困る。
 だからこそ伊野に『ダメだ』と言い含めていたのに、自分からねだるなんて『どうかしている』と自分でも思う。
 涼音が自分のそんな変化にむず痒い心地でいる間も、涼音の体を撫でる伊野の手は止まらず、乳首をぎゅっとつまみながら、すでに固く反り立つ涼音のものを口に含んだ。
「んっ」
 舌を這わせながら上下にしごかれ、後孔にゆっくりと挿し込まれた指で、良いところをトントンと刺激されれば、つい鼻にかかるような甘い声が漏れてしまう。その快感に耐えるように伊野の頭に添えた手に涼音はグッと力を込めた。そんな抵抗もむなしく、狙いすましたように的確に与えられる快楽に涼音の脳内は埋めつくされていく。
「あっはぁ、もうイっちゃうからぁ」
 後孔に差し込まれた指がもう一本増やされ、ばらばらと中を押し広げるような動きに腰が浮く。涼音はそのまま伊野の口内に吐精した。
 伊野はそれを当然のようにゴクリと飲み干して口を離すと、ぐったりと力の抜けた涼音の体を後ろに返して膝を立たせた。

 差し出されるように掲げられた涼音の白く小ぶりなお尻見て、伊野は堪らず喉を鳴らせた。
「本当にかわいい」
 伊野の掌より小さなその双丘を愛でるように撫で、揉みしだきながら二つに割り、伊野を欲してヒクヒクと震えるその奥へと舌を挿し込んだ。
「ひっ、それ嫌だってぇ」
 伊野の愛撫はいつも過剰なほどに長く、しつこい。
 もう口をつけられていないところなんてないんじゃないか……、あっ眼はさすがにないな、などと朦朧とする頭で思ってみるが、それを口に出したら、きっと眼球そこですら舐めようとする。そのくらい、伊野は涼音の全てを欲しがった。
 でも、その異常さに心を満たされている涼音の脳はまだバグっているのかもしれないと思う。
 そして、きっとこのバグは“伊野は涼音のものである”という条件が続く限り、きっと解消されない。

「涼音くん、挿れるよ」
 先ほどの体勢のまま、伊野は涼音の中にゆっくりと自分のものを埋めていく。
 徐々に腰を打ち付ける律動を早めると、それに合わせて涼音から漏れる声も艶を増していった。
「あっあんっ、いのっ、前むけてっ。顔みたいっ、んっ」
「かわいいこと言ってくれるね」
 後ろから突かれるのももちろん気持ちが良いし、嫌いではないが、やはりどこか獣じみていて余計に喰われているような感覚に陥る。
 本能のままに喰われていくのも悪くないが、愛する人の顔を見ながら体をつなげられるのはヒトの特権だ。
 涼音は伊野の顔に手を伸ばして頬に添えると、伊野はその手をそっと掴んで掌に唇を付けた。
「好きだよ、涼音くん」
 そのまま覆いかぶさった伊野の首に両腕をまわして伊野の耳元に唇を寄せると、ほとんど吐息のような小さな声で囁く。
「僕も好きだよ、緋雨」
「えっ…?」
 驚いた伊野は少し体を離そうとしたが、涼音はそれを拘束するように首に回した両腕を引いて唇を重ね、差し込んだ舌を激しく絡め合わせる。
 そして、体力が尽きるまで何度もむさぼり合った。


「涼音くん、こっちに短冊あるよ」
 翌日、『デートしよう』と連れ出され、二人でまた水族館に来ていた。
 七夕の前だということもあり、館内には大きな笹が飾られ、来館者たちが書いた短冊が吊られている。
 伊野は涼音にも何か書くように促し、自身も楽しげな顔でペンを走らせていた。
 何を書こうか、と少し考えてから、ふと思い至ったことを書き上げると、伊野に見られないように少し隠れたところにさっと吊るした。
「もう吊るしたの? なんて書いたの?」
「……伊野は?」
「俺はもちろん『涼音くんとずっと一緒にいられますように』だよ。まぁ、直近の目標は、涼音くんにもう一回名前で呼んでもらうことだけどね」
「叶うといいねぇ」
 相変わらず恥ずかしげもなく涼音への愛情を真っ直ぐと向ける伊野を軽くあしらい、大きな水槽の中を自由に泳ぎ回る魚たちへと視線を移す。
 深く青い海の中をのぞいているようなその情景は、今なら何分でも、何時間でもずっと見ていられる気がした。

 水槽を見上げる涼音のきれいな横顔を見ながら、伊野は思わずその頬に手を伸ばしかけるが、周囲にいる人の声でハッとここが公共の場であることを思い出し、ぐっと手と、邪な自分の心を抑え込むように握りしめる。
「涼音くん、少し早いけどショーの場所取りしに行こうか」
 日曜日の午前中だということもあり、水族館には家族連れや、カップルなど大勢の人が行きかっている。
 開始までまだ時間があるにもかかわらず、イルカショーが開催されるプールを臨むスタジアムはすでに席が埋まりつつあった。
「前はあの辺座ってずぶ濡れになったね」
 今回はその時の反省も踏まえ、中央寄りの前から五列目に腰を下ろした。
 去年、まだ“上書き”を始める前に同じようにここへ来た時、まさか“恋人”という関係になってもう一度ここに来ることになるは思いもしなかった。
 その“恋人”をちらりと横目で見ると、その視線に気が付いた涼音は穏やかに笑顔を向けた。


「そういえば、短冊には結局なんて書いたの?」
 うまく流せたと思っていた話を蒸し返され、涼音は思わずグッと一瞬息を止める。やはり伊野は簡単にごまかせるほど甘くはないらしい。
「人に言うと叶わなくなるらしいよ」
「大丈夫、そんなん迷信。七夕の願い事っていうのは、『叶えてもらうもの』じゃなくて、『自分で叶えるもの』だからね」
 伊野の言葉にきょとんと眼を丸めた涼音に伊野は手を伸ばし、触れた指先で梳いた髪を耳へとかけた。
「俺も、俺の願いは自分で叶えるよ。絶対にね」
 涼音を見据える伊野の眼には、いつもの優しさだけではなく、狙いを定めた獲物を見据えるような鋭さが混じる。その瞳に涼音の心臓はトクンと小さく震えた。
 それをごまかすように伊野から視線を逸らし、緩みそうになる口元をグッと引き締めた。
「伊野は割と有言実行だよね」
「でしょ? 涼音くんも俺のこと好きになったしね」
「ソウデスネー」
 涼音はあとどのくらいでショーは始まるのかとスマホの時計に目をやると、ちょうどスタジアムのスピーカーからショーが始まることを告げるアナウンスが流れた。
 軽快な音楽と共に、水面を切るように二頭のイルカがプールに現れるとスタジアムからは歓声が上がる。

「僕のお願いは実現したら教えてあげるよ」
「え~~。でもまぁ、待つのは得意だし、ずっと一緒にいればいつかは聞けるか」
「そんな先のことでもないと思うよ。伊野がいてくれたらね」
 ふっと涼音が柔らかい笑顔を伊野に向けると、ちょうど涼音たちの前を通り過ぎて行ったイルカの尾ひれが盛大にプールの水を空へと舞い上がらせた。
 それは陽光を反射させながらまるでスローモーションのように降り注ぎ、二人の足元を濡らした。
「ここは大丈夫なんじゃなかったっけ……?」
「うーん……足だからセーフ?」
「ふっ、あははっ、セーフだね」
 そう言って笑った涼音は、伊野の心を奪ったあの日と同じように、太陽の光を浴びて眩しいほどキラキラと輝いていた。


 涼音が記した“願い”は『祈り』でなく、『実現させたい夢』だ。

 幼い頃の夢。そして、新しくできた夢。
 それが涼音ぼくの願い。

『イルカになって、サメと一緒に泳げますように』


 おわり
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