きみの隣まで、あと何歩。

なつか

文字の大きさ
上 下
9 / 13

八歩目.話、聞いてくれる?

しおりを挟む
 あー、やっちゃった、やっちゃった、やっちゃった。
 私は自分の部屋で悶えていた。
 レオンさんと踊っている途中から記憶がない。ステップを教わっても、足を踏みまくってしまった。「大丈夫ですよ」と言われて、持ち上げられて、足がつかないまま、くるくる回って。
 ああ、あれで酔いが回ったのかなあ。
 誰が連れ帰ってくれたんだろう。うう、謝りに回らないと。

「マリア、いつまで寝てるの?」
「はーい、すみません」

 久しぶりにミルルに起こされてしまった。慌てて着替えて、食堂へ。フランチェスカさんは何か変な匂いのお茶を飲んでいる。

「マリアもいるかい? 二日酔い覚ましのお茶だよ」
「いえ、大丈夫です」

 普通に朝食を取る。

「おや、案外、酒に強いんだね。昨日の様子じゃ、今日は起きてこないかと思ったのに」
「あの、すみません。昨日の夜、最後は記憶がなくて、ご迷惑をかけたんじゃ」
「私たちは大丈夫」
「もしかして、レオさんには」
「うちまで運んでくれたけど、役得だって笑ってたよ」
「うう」

 お詫びしなくちゃ。いや、お礼しなくちゃ。

「それより、これ」

 フランチェスカさんに渡されたのは一枚の新聞だった。この世界にも号外ってあるんだ。と、記事に目を通し、びっくりした。

『エスメラルダ・アルバ嬢、新たな魅力でパーティーの主役へ』
 エリアード学園の卒業パーティーにおいて、主席で卒業されたエスメラルダ・アルバ嬢は短い髪に新しいスタイルのドレスで登場し、男性も女性も魅了した。ダンスを求めるのは男性だけでなく、いまだかってない長い行列ができた。その新しいスタイルはデルバールの髪結師マリアとデザイナー、アーネットによるものと記者の調査で判明した』

 エスメラルダさんが絶賛され、婚約破棄には触れていない。ブライアン王子とシャーロットの名前が載っていないのは大満足だが、私とアーネットさんの名が載ってる!

「こ、これ」
「王子の名を出して、不敬と疑われたくないから、エスメラルダ様のスタイル中心で記事をまとめたんだね。おかげで朝から問い合わせがうるさくてしょうがないよ」
「す、すみません」
「いいよ、いいよ。みんな、エスメラルダ様を力づけたいと思っていたんだ」
「でも、やり過ぎじゃないか」

 口を挟んだのはジェシーさんだった。

「勝手に入ってこないでください」

 ジェシーさんの後ろでミルルが抗議している。

「おはようございます。どうしたんですか」

 私が尋ねると、ジェシーさんはわざとらしくため息をつき、号外をポンポンと叩いた。

「これを見て、慌てて来たんだよ。こんなに目立って、落ち人とバレたらどうするの」
「でも、エスメラルダ様をあのまま、放っておくなんて私には無理です」

 心配して来てくれたのは嬉しいけど。

「どうせ、自分の店を開いたら、バレてしまうと思います」

 私のヘアサロンはこの世界には異質なものになる。遠い国から来たと言い張っても無駄かもしれない。

「このまま、デルバールで働くのじゃ、駄目なのか? 危険をおかすより、例えば、結婚とかは考えないのか? 考えるなら」

 ジェシーさんの言葉の最後の部分はよく聞こえなかった。バタバタと今度はアーネットさんが駆け込んできたからだ。

「急いで。エスメラルダ様の依頼よ」

 私の手首をつかんでグイグイ引っ張っていく。

「何をする」

 ジェシーさんが止めようとした。

「仕事なんだから、邪魔しないで。陛下に呼び出されたそうなの。今日もきれいにしてあげなきゃ、意味がないでしょ」
「もちろん! でも、私、こんな格好で」
「構わない。馬車の中で着替えてもらうから」
「待って、道具を取ってこなくちゃ」

 私は慌ててワゴンを取ってくる。

「私も行くよ」

 フランチェスカさんも一緒にエスメラルダ様のお屋敷から迎えに来た立派な馬車に乗り込むと、アーネットさんが持ってきた衣装箱が一杯積まれていた。

「売れると思って、あれから、いくつもドレスを直しててよかった」

 そう言うアーネットさんの目にクマができている。うわっ、あれから働いていたの?
 着替え終わった頃にエスメラルダ様のお屋敷に着いた。
 馬車から降りるのに背の高い騎士がエスコートしてくれた。

「マリア様ですね。ありがとうございます。おかげさまでお嬢様の名誉は守られました」
「いえ、そんな。様なんて、つけないでください」

 お屋敷の使用人だろうか。ずらりと並んで頭を下げている。その中を通って、屋敷に入った。
 パーティーの時に付き添っていた侍女に案内され、エスメラルダさんの部屋に入る。

「マリアさん、アーネットさん、それから、フランチェスカさん、来てくださってありがとうございます。お聞きかと思いますが、急に登城することになりまして、昨日のような姿にしてほしいんです」
「おまかせください。昨日より、さらにお美しくして差し上げます」

 フランチェスカさんが代表して答えた。アーネットさんと私はうんうんとうなずく。

「今日は爽やかな感じにまとめましょう」

 アーネットさんがパンツタイプじゃないドレスを取り出すと、エスメラルさんは首を振った。

「昨日のようなズボンのドレスをお願い」

 水色のパンツタイプのドレスをアーネットさんが素早く着せつけた。シースルーの袖がついている。
 次は私の番。
 髪は洗ってきれいに乾かしてあるので、ヘアアイロンだけで良さそうだ。

「昨日、婚約破棄を宣言されことより髪を切られたことの方が辛かったわ。でも、あなたが私を救ってくれた。綺麗な髪にしてもらって、生まれ変わったみたい。スッキリした」

 エスメラルダさんが笑う。化粧する前ということもあって、年相応に見える。今日のメイクは昼間だから、ラメは無しでアイシャドウはドレスと同系色の水色にしよう。

「私の故郷の国では失恋したら、髪を切る人が多かったんですよ。踏ん切りをつけるためとか」
「そうね。私の気持ちも定まったわ。男性を支え、女性らしく。そう教育されてきたけど、気持ちが自由になったみたい。私、辺境伯を継ぐわ。女性でも継いでみせる。その決心の証として、このまま、短い髪でいようと思うの。それで、私の専属になってくれない?」
「えっ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

あなたの隣へ一歩ずつ。

なつか
BL
あの人と初めて会ったのは、校庭の桜の葉が青々と茂り始め、強くなっていく太陽の日差しで汗ばむ季節が近づく春の終わり。 態度がでかいとか、生意気だとか、何かと俺のことが気に食わない部活の先輩方にいわゆる“いびり”を受けている最中だった。 「おい、邪魔なんだけど」 後ろから聞こえてきた苛立ちを帯びた声に驚いて振り向くと、そこにいたのは思わず目を奪われずにはいられないような人だった……。 ◆◆◆ 男子高校生の両片思いを攻め目線から書いたお話です。 本編11話+おまけ3話。 Side Storyを3話追加しました。 受け目線はこちら。 ↓↓ 「きみの隣まで、あと何歩。」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/199356113/646805129

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

合鍵

茉莉花 香乃
BL
高校から好きだった太一に告白されて恋人になった。鍵も渡されたけれど、僕は見てしまった。太一の部屋から出て行く女の人を…… 他サイトにも公開しています

目標、それは

mahiro
BL
画面には、大好きな彼が今日も輝いている。それだけで幸せな気分になれるものだ。 今日も今日とて彼が歌っている曲を聴きながら大学に向かえば、友人から彼のライブがあるから一緒に行かないかと誘われ……?

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...