きみの隣まで、あと何歩。

なつか

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一歩目.もっと話しがしてみたい。

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 昨日話をしてから、なぜか頭の中に高槻がずっといる。だから、もう一度話がしてみたいと思ったんだ。
 
 遊びに来いよ、なんて軽く誘ったけど、高槻が所属するバレー部はいわゆる全国レベルの強豪で、朝練から始まり、毎日夜遅くまで練習漬けだって聞いた。
 学校のルールとして部活は一応夜の七時までと決まっているけど、俺はだいたい校舎が利用できる九時ごろまで部室に残っている。
 体育館の利用可能時間も同じはずだから、もしかしたらギリギリまで練習をしているのかもしれない。ということは、他の部活に顔を出す暇なんてないだろう。
 ちょっと浅はかだったかなと今になって思う。

 そんなことを考えながら部室に向かうと、体育館の前でまた高槻が上級生に囲まれていた。
 昨日牽制をしたつもりだったんだけど、結局またやってる。
 俺は昨日と同じように後から声を掛けようとしたけど、今日は高槻の様子がちょっと違うことに気が付いた。なんと、上級生に反論している。

「部室を使ったら使ったで絶対に文句言いますよね。ってか、俺がどこで着替えようと先輩たちに関係ありますか?」
 今まで一度も反抗しなかった高槻が突然言い返したせいで、上級生たちは明らかにたじろいで見える。強い口調の高槻はかなり迫力がある。集団でしか行動できないやつらなんて、簡単に蹴散らせてしまいそうだ。

「おっお前、なんだよその態度!」
 上級生が言った、負け犬のテンプレみたいなセリフにちょっと笑いそうになるけど、そこはさすがに我慢。

「文句があるなら言えと言われたので、その通りにしただけです。それに、ここに溜まるの邪魔だって昨日言われたばっかりなんで、もう体育館入ってもいいですか」
 何も言い返せなくなった上級生が、今にも高槻の胸ぐらにつかみかかってきそうな雰囲気になったので、ここでようやく止めることにした。

「そうだぞー、邪魔だって」
 昨日と全く同じ状況だ。完全に分が悪い上級生は、チッと舌打ちをして体育館の中にさっさと引っ込んでいった。

「昨日に引き続き、すみません」
 高槻はまじめに謝っていたが、さっきの様子とのギャップに俺は少しだけからかってみたくなった。
「高槻はキレると怖いタイプな」
「……キレてません。先輩が昨日言っていたことを実行してみただけです」
 昨日言ってたこと? もしかして“出る杭”のことか? 俺は、思わず声をあげて笑ってしまった。

「あははっ。最高だな、お前」
 俺の言葉で反論してみようと思って即実行に移すなんて、かっこいいやつだ。上級生たちには申し訳ないことをした……、いや、ざまぁみろ、かな? 

 笑っている俺を見て、高槻は何やら不服そうな顔をしているけど、それがかわいらしい。
 かっこよくて、かわいいなんて、最強だ。
 でも男に、しかも俺より背の高いイケメンに“かわいい”なんて思ったら失礼かな。まぁ心の中で思う分にはいいよね。

「あっそうそう、今日、練習終わったあとに時間あったら、少しだけそっちに行ってもいいですか」
「あぁいいよ。俺は九時くらいまでいるから」
 顔が自然とにやける。本当に来てくれるなんて…! 俺はウキウキしながら部室へ向かった。


 視聴覚室の時計が八時を回り、eスポーツ部の部員は俺を残して全員帰宅している。俺は一人暮らしの家の電気代を節約するためにも、だいたい九時くらいまでいつも残る。高槻がいつ来れるのかはわからないけど、ギリギリまで待っていようか。
 でも、ここに高槻が来たら二人っきりだな…なんて、何を考えてるんだろう俺。
 自分でも、高槻のことを考えると、ちょっとフワフワしているなって思う。これが何なのか、いまいち理解できない。

 そんなことを考えながら一ゲーム終えると、教室のドアの開く音が聞こえ、高槻が入ってきた。
「おう、来たな! ちょうどよかった、これ一緒にやろ」
 手招きをして高槻を隣に呼び、どうしてもにやけてしまう顔を取り繕って、必死で平常心を装う。
「俺ゲームほとんどしないんで、下手だと思いますよ」
「大丈夫、一緒にやりたいだけだからさ」
 高槻は部活漬けだからきっとゲームをしている時間なんてないんだろう。スポーツはいくらしていても、きっと叱られたりはしないんだろうな。ふと過ってしまった暗い記憶を振り払い、俺は高槻に操作方法なんかを説明してゲームを始めた。

 確かに高槻は『うまい』とはとても言えないような腕だったけど、それでも、必死になっている姿がやっぱりかわいらしくて、そんな様子を見るのがとても楽しかった。
 誰かと一緒にいて、こんなに嬉しい気持ちになるのは久しぶりだった。

「そろそろ帰るか」
 気が付けば時計は九時を回り、もう校舎を閉めないといけない時間。楽しい時間はあっという間だ。
「バレー部は明日も練習あんの?」
「はい、明日は午後からですね」
「いいよなー、うちは学校休みだと部室使えないんだよ。新校舎だったら使えるのになぁ」
 eスポーツ部は俺が高校一年生の時に立ち上げた部活だから、学校内ではいわば“新参者”で、新校舎には使える場所がなく、この旧校舎の視聴覚室に収まった。
 他にも旧校舎を部室にしている文化部はあるけど、旧校舎は普段使用していない校舎だから、休みの日は開けてもらえない。だから、旧校舎を利用する部活は、土日に学校では活動ができない。土日もできれば、電気代もっと節約できるんだけどな。

「あの、また来てもいいですか」
「なんだよ、改まって。別にいつ来てもいいよ」
 また来てくれるのか。それだけで、胸が高鳴って、フワフワした気持ちになる。
 これ、本当に何なんだろう。俺は今どういう顔をしているんだろう。
 外はもう真っ暗だから、高槻に変な顔をしているところを見られなくてよかった。

「あれ、高槻? まだいたの」
 とりとめもない話を二人でしながら、校門に向かって歩いていたら、急に後ろから呼び止められた。

「あっ相原さん、今帰りですか」
「あぁ、部誌書いてたら遅くなってさ」
 声をかけてきたのは、相原あいはら 浩平こうへいだった。
 相原は一年生からレギュラーとしてバレー部の全国大会出場に貢献しているバレー部の絶対的エース。その活躍と、いわゆる“イケメン”と言われる見た目も相まって、他校の女子が応援に来るほど人気がある。
 
 でも、俺はこいつには会いたくなかった。

「えっと、火月かつき、久しぶり。お前ら知り合いだったのか」
 俺が目線を合わせずにいたのに、なんで話しかけてくるんだよ。
 そのまま俺は答えずに、『話しかけるな』という雰囲気を出してみる。高槻に変に勘繰られたくない。

「えぇまぁ。そちらこそ、仲いいんですか?」
「あぁ、幼馴染なんだ」
「よくない」
 余計なことを言うなよ……。明らかに高槻はどう反応していいのか困っている。
 
 これ以上相原と話したくなかった俺は、さっさと帰ることにした。
「瀬良さん、ちょっと待って……」
 高槻に声を掛けられ、ふと俺は相原がバレー部の部長だったことを思い出し、立ち止まってくるっと高槻と相原のほうを向きなおした。

「お前さ、高槻が部活のとき体育館の外で三年に絡まれてるの知ってんの」
「えっ?!」
 やっぱり知らないのか。驚いたような相原の反応に、思わず大きくため息をつく。

「やっぱりな。どうせまた自分が好きなように構うだけで、肝心なところは見てないんだろ。部長だったら部の雰囲気悪いことくらい気づけ」
 相原は俺に対してもそうだった。きっと本人は気が付かないだろうけど。
 俺はそれだけ言って、一人で校門を出た。
 
 高槻と一緒に帰れるかなと思っていたのに……、相原のせいだ。 
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