星の降る日は

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16. 【本編最終話】星の降る日は※

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 オズワルドが起こした事件から数カ月が立ち、すっかり街は冷気に包まれ、吐く息を白くさせる。
 今日も変わらず、王都フィーレンはその街を覆う結界により護られていた。

「なんか最近体が痛い」
 朝日の差し込むベッドの上に座りながら、アレクシスはキシキシと痛む腕や足を撫でた。
「昨日はそんなにしてませんよ」
 寝室にアレクシスを起こしにきたエルバルトはベッドに腰を掛け、一緒になってアレクシスの手足を撫でながら、不思議そうな顔をする。
「そういうことじゃない」
 確かに毎晩のようにエルバルトに求められるせいで腰も痛むが、手足に感じる痛みはそれとは違うものだ。
 取り敢えず服を着ようとシーツに身をくるんだままベッドから降りて立ち上がると、まだベッドに座ったままだったエルバルトにぐいっと腕を引かれ、その腕の中へと抱え込まれた。
「アレクシス様、背が伸びていませんか?」
 そういうとエルバルトも立ち上がり、背を比べて見せた。
 アレクシスは魔塔の主の役目を受け継いだ16歳のころから成長が止まっており、メキメキと縦にのびたエルバルトと並ぶと頭一つ分を超える身長差がある。でも今は並んでみるとちょうどエルバルトの顎のあたりに頭のてっぺんが来る。
「本当だ……なんで……」
 驚いてエルバルトの顔を見上げると、いつもと変わらない優しい碧い瞳と目が合った。
 朝の陽を含んで鮮やかに光るその碧を吸い込まれるように見つめていると、エルバルトの右手がアレクシス頬を包み、唇が重なる。顔に掛かるエルバルトの髪が少しくすぐったい。そんなことを思っているとしばらく重ねられていた唇が離れ、再び優しい視線が降り注いだ。
「少しキスがしやくすなりましたね」
 アレクシスへの愛情が目いっぱい詰まったようなその視線に、未だにそれが気恥ずかしいアレクシスは、それをごまかすようにわざといたずらっぽい顔をして見せた。
「このまま伸びたらもしかしたらお前を超すかもしれないな」
「フフッ、それは楽しみですね」
 そう言ってエルバルトは勢いよくアレクシスを自分の目線よりも上に抱き上げた。
「そうなったら、あなたからキスしてくださいね」
 いつもアレクシスはエルバルトからのキスに応えるだけで、自分からすることはほぼない。アレクシスからしなくてもエルバルトはしょっちゅうキスをしたがるし、そもそも物理的に届かない。
 冗談で言ったが、エルバルトより背が高くなれば、確かに今よりもずっと簡単にアレクシスからキスをすることができる。

 ――でも……。

 アレクシスは抱え上げられたせいで今は自分よりも下にあるエルバルトの頬に手をあて、短いキスをした。
「キスはするよりされる方がいい」
 そんなふうにこてんと首を傾げてかわいらしく言い放つ銀髪の小悪魔を、エルバルトは抱えたまま再びベッドへと戻し、圧倒的な体格差で組み敷いた。
「ではご希望通り、たくさんしましょうか」
「希望してない……。だいたい、朝飯に呼びにきたんじゃなかったのか」
「朝食なんて後でも問題ありません」
 せっかく用意したものが冷めてしまうだろう、とアレクシスは言おうとしたが、その口はすでに塞がれ、差し込まれた舌が絡まり合う。
「ん……あっ、はぁ‥‥」
 噛みつくような激しいキスに、その唇が離れた時にはアレクシスの息は上がり、体に熱がこもり始める。
 体を隠していたシーツをはがされ、朝日の元にあらわになったアレクシスの白い肌には、昨晩散々愛された無数の痕が赤く残っていた。
 その体中に残る赤い痕を、まるで上書きするかのようにエルバルトが唇をつけるたび、アレクシスは体をピクリと小さく震わせ、あえかな声が漏らした。
「こんなにも痕を付けられて、昨晩はどんな獣に襲われたんですか」
「んっ……碧い眼のでっかいやつ。本当に厄介この上ない……っ」
 その厄介な碧い眼の猛獣はアレクシスの太ももへの“上書き”を終えると、持ち上げた足の間を舌先でなぞっていく。その瞬間、アレクシスの体が大きく跳ねた。ゾクゾクと背筋を這う快感と共に、足の先に力が入る。
「あっ! やめ……はんっ」
 せめてもの抵抗に足の間に埋まる大きな獣の頭を両手で押してみるが、すでに力の入らない体ではピクリともしない。その間もエルバルトの舌先はそこをほぐすようにかき回し、抗えない快感がアレクシスの体をビクビクと震わせる。
「も…う、いい……っ。やめろって……!」
 息も絶え絶えの制止にエルバルトはようやく口を離したが、その視線が自分に向けられていることに気が付き、アレクシスは赤く火照った顔を悟られないように腕で隠した。
「なんで隠すんですか」
 無駄な抵抗だと言わんばかりに易々とほどかれた腕はエルバルトの大きな手に絡め取られ、欲のこもる碧い瞳がキスと共に降りてきた。
 明るい時間に肌を重ねることはこれまでに何度もあったが、アレクシスはどうしても羞恥心を捨てきれないし、正直乗り気ではない。
 それでも、獲物を目の前にした獣のような獰猛さを帯びる碧い瞳が、ゾクリとアレクシスの欲を刺激する。
「挿れてもいいですか?」
 一瞬、ダメだと言ったらやめるのだろうか、と思案する。それでも結局、拒んだことなどこれまでに一度もない。もうどうしようもなく、この美しい碧い瞳に弱いのだ。



「でも、なぜ急に背が伸びたんでしょうか」
 温め直された朝食を囲みながら、先ほどはうやむやになった疑問を再度考察することにした。
「おそらく、結界を直すために建国の魔導士の力もかなり消費したから、制約が少し解けたんじゃないかとは思うが、そもそも前例がないからよくわからない」
 アレクシスの体の成長が止まっていたのは、大きすぎる建国の魔導士の力をその身に宿す代償なのだから、その力が弱まればその分体の成長が進む、という理屈は通るが、建国当初から張られている結界に問題が生じるのも、張り直しを行うのも、魔塔の主の力が一人の体に長年保たれたままなのも、全てにおいて前例がないから、検証のしようもない。
 今のところアレクシス自身は体がきしむくらいで他に不調は感じないが、エルバルトが不安そうに見つめてくる。その不安が重なって、また抱きつぶされる毎日が続いたりしたらたまったものではない。
 でも、エルバルトはアレクシスが「大丈夫だ」と言ってもそう簡単には信じてくれない。だから、ここは第三者の意見を聞くのが一番だ。 
「とりあえず、明日神殿に行ったときに、念のためリシュカに看てもらおうと思う」
「そうですね、そうしましょう」
 ほっと息を吐いたエルバルトを見て、アレクシスは密かに胸をなでおろした。


 翌日、アレクシスはエルバルトを伴い、神殿の地下にある一室を訪れていた。
 窓のない薄暗い部屋の格子で区切られた向こう側には、アレクシス誘拐犯であるフランクスがいる。
「久しぶりだな、アレクシス。相変わらずお前は美しい。会えてうれしいよ。後ろの碧いのは余分だがな」
 フランクスは以前より艶の衰えた面持ちで、アレクシスの後ろに立つエルバルトをギロリと睨む。
 でも、アレクシスもエルバルトもそんなもので怯んだりはしない。
「それはどうも。ですが、今日はその碧いのについて聞きに来ました」
 エルバルトが自分に魔力を分け与えていることがわかってから、アレクシスはいろいろと調べて回った、だが、過去の文献にも魔導書にも『魔力を分け与える力』に関する記述は見つけられなかった。
 また、その力が誰にでも通じるものなのかも試してみようともしたが、それに関しては『アレクシスに渡す分が減る』とエルバルトが頑なに拒否して結局実現していない。
 完全に行き詰っているところに、フランクスがエルバルトの碧い眼について何か含みのある言い方をしていたことをリシュカから聞いた。それに加え、オズワルドも“碧い眼”を気にしていたという。
 そのため、“魔力を分け与える力”と“碧い眼”に関係があるのかもしれないと考え、事件の後、神殿に地下に収監されているフランクスに話を聞きに来たのだ。

 フランクスがアレクシスに向ける視線があまりにも不快で、エルバルトは自分が話すことを告げ、アレクシスを自分の後ろに隠し、フランクスを睨みつけた。
「俺の眼を汚らわしい言っていたが、どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。もしかして、自分でも知らないのか? 碧眼は建国の聖女の血筋だろう」
「建国の聖女?」
 建国の聖女とは、エクドラル王国の建国神話に登場する神力を授かった女性だ。
 だが、建国に大いに貢献したにもかかわらず、その後の足跡については記録が残されていない。
「建国の聖女は神を裏切った罪深い者だ。その子孫も当然同様であろう。まぁそれを知る者は神殿でも数少ないがな。これ以上は私の口から話したくない。大神官のみが閲覧できる書庫に文献があるから、それを見ればいい。アレクシス、お前なら許可が下りるだろう」
 二人はすぐに書庫の閲覧許可を得て、フランクスに言われた文献に目を通した。
 そこに書かれていたのは思いもかけない事実であった。


 建国の聖女。
 彼女は神から授かった力で建国に貢献した後、その力を使い、王となる男と共に国を支えよとの神命を受けた。
 しかし、建国の聖女が愛したのは王となる男ではなく、後に建国の魔導士と呼ばれる男だった。
 ところが、魔導士は王都となる場所へ結界を張るために力のほとんどを使い果たし、国が建ってすぐ、命の終わりを迎えるのを待つだけのように深い眠りに落ちてしまう。

 聖女は神命と愛する男の命を天秤にかけ、愛する男を選んだ。
 神から授かった力を全て魔導士に捧げ、その命を救った。
 そして、神命に背いた罪を負い、魔導士が目覚める前に国を去った。

「つまり、アレクシス様が受け継いだ建国の魔導士の力は、もとは建国の聖女様の力ってことですか?」
 アレクシスはリシュカに体の状態を診てもらいながら、先ほど読んだ文献の内容を話していた。その場にはもちろんリシュカの護衛騎士であるアーロンと、なぜか今代の聖女、高野美織とその護衛騎士のレオンがいる。
「あぁそういうことらしい。建国の魔導士の命は救えたが、そもそもが神力だから、その後力を引き継いだ魔塔の主たちの体にはなじまなかったのだろうな」
「で、エルバルトさんはその初代聖女様の子孫だから、同じように魔力を分け与えることができる、ということですか」
「あくまで、『かもしれない』という話で確証はないがな」
 文献にあった聖女の容貌は『黒髪、碧眼であった』と記述されていた。髪と瞳の色はその血筋によって受け継がれるものであるし、フランクスの言っていたことも含めれば、エルバルトが建国の聖女の子孫であることはおそらく間違いないだろう。
「エルくんが大神官様に嫌われていたのは、神命に背いた聖女の子孫だったからってことね」
「そうかもしれないですね。こちらからすれば知ったことではありませんが」
 建国の聖女は神命に背いて王となる男を選ばず、他の男に全ての力を捧げた。その後の国の権力者としては心象の良いものではない。だから、伝承にも残っていないのだろう。
 だが、エルバルトはそんな話をこれまで聞いたこともないし、知らない先祖のせいで悪態をつかれる謂れもない。だから関係ない。そう冷ややかに考えるエルバルトとは正反対に、美織はうっとりとため息を吐いた。
「なんかもうめっちゃ『運命』って感じですよねぇ!」
「はぁ? なにがだ」
「だって、ご先祖様が救った人の力を持ってる人と、またその子孫が出会って、同じように助けてるんですよ。運命といわずしてなんというんですかぁ」
 美織は興奮しながら、なぜかニマニマと満足気な顔でアレクシスとエルバルトを見る。
「確かに。しかも、自分の力を全部捧げてでも愛する人を助けたなんて、完全に血筋を感じるわよねぇ」
 リシュカまで美織に乗じてニマニマとし始め、アレクシスは何ともいたたまれない気持ちになるが、エルバルトは相変わらずツンとした態度で、面倒そうに二人の話を聞き流しているように見える。その余裕そうな表情が少しだけ面白くないアレクシスは、エルバルトに話の矛先を無理やり向けてみた。
「いろいろ言われているが、いかがですか聖女の子孫サン」
 でもまぁ、リシュカや美織の軽口など気にするエルバルトではない。
「俺がアレクシス様と一緒にいるのも、魔力を渡しているのも俺の意思であって、運命とか血筋とかどうでもいいので特にコメントはありません」
 顔色も声色も少しお帰ることなく、エルバルトはそうしれっと答えた。
 アレクシスとしては少し意地悪をしたくなっただけだったのだが、そのぐうの音も出ない回答に物申せる人などいるはずがない。アレクシスはもちろん、軽口をたたいていた美織とリシュカも黙るしかなかった。
「それよりも、アレクシス様の体の状態はどうなんですか」
 エルバルトからすれば、自分の血筋や運命なんかより、アレクシスのことの方がよっぽど大切なのだ。
「あっ、はい、体の状態ね。えっと、確かに背は伸びていますが特に問題ありませんよ。魔力も安定してますね」
「そ、そうか。ならいい」
 なぜか二人とも動揺が隠せず、しどろもどろになる様子をエルバルトは不思議そうに見ているから、原因が自分にあることは気が付いていないのだろう。
 全てにおいてアレクシスを優先するエルバルトのストレートな愛情表現が、アレクシスはこそばゆくもあり、心地よくもある。だからと言って、慣れるものではない。
「あっそうそう。今日は流星群が来るそうですよ。きっと塔の上からならきれいにみられるんじゃないかしら」
「へぇ、なんだかんだ見たことないな」
 わざとらしく話をそらし、場を繋いだところで、神殿での目的を果たしたアレクシスとエルバルトは塔へと帰路についた。


「さっむい……!もう戻りたい…」
 頭から毛布にくるまりながら縮こまっているアレクシスを、エルバルトは自身が羽織っている毛布でさらに包み、後ろから抱え込んだ。こういう時、背が伸びてよかったと思う。腕の中にすっぽりと納まるアレクシスはかわいいし、何よりエルバルト自信が安心する。いつくしむように回した腕に少しだけ力を込めた。
「まぁまぁ、せっかくですから。もう少しだけ我慢してください」
 リシュカに聞いた流星群を見ようとエルバルトが誘い、寒空の中、塔のてっぺんにある屋上に出てきていた。魔塔はこの国で一番背の高い建物だから、流星群を見るには絶好の場所だ。
 空には星が瞬いている。肉眼では見えないが、そこには結界があるはずだ。アレクシスがエルバルトと共に張りなおした結界は、今も問題なく機能している。”王都を守っている”などということに感慨はないが、アレクシスの助けになれたことが、エルバルトにとって何よりも嬉しくて、誇らしかった。

「そういえば今日神殿で聖女がしていた話ですが」
「運命がどうのこうのとかいうやつか?」
「はい。あれから少し考えていたんですが、今こうして一緒にいるのは俺の意思ですが、あなたに出会ったのはやっぱり運命だったのかなって思ったんです。あの日、俺を見つけてくれてありがとうございました」
 あの日、アレクシスがエルバルトを見つけたのは、魔塔の近くの森の中。めったに外に出ないアレクシスが、たまたま出かけたその日の帰り道に、森の中で倒れているエルバルトを見つけた。
 偶然が重なることをそう呼ぶのならば、二人の出会いはやはり“運命”だったのだろう。
「いや、礼を言うのは俺ほうだ。お前のおかげで俺は今も生きてるんだから。そう思うとやっぱりお前の血筋にも感謝しないといけないかもな」
 二人でフフッと笑いあい、そのまま唇を重ねる。
 その瞬間、眼を閉じていてもわかるほどの光が空から降り注いだ。
「すごい……」
「すごいですね、あなたの魔法みたいだ」
 降り注ぐ星たちに見とれながら、その金色の光に照らされて碧く光るエルバルトの瞳を見た時、アレクシスは唐突に気が付いた。
 エルバルトを森で見つけ、塔の部屋に運んだあの日、初めて目が合ったもうその時からこの美しい碧い瞳に恋をしたのだと。
 アレクシスがエルバルトの頬にキスをすると、少し驚いたような顔をしながらエルバルトは優しい瞳をアレクシスに向けた。
「来年もまた見に来ましょう」
「あぁ、そうだな」

 晴れの日も、
 雨の日も、
 雲がかかる日も、
 風が吹く日も、
 星の降る日も、
 来年も、その先もずっと、
 二人で一緒にいよう。
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