星の降る日は

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12. 暗雲立ち込める日は

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 神殿で爆発音がした後、エルバルトが煙の上がる方へ向かうと、そこには大型の魔獣がいた。
「どうして魔獣が…」
 周囲には倒れている騎士が数名。逃げ惑う人々の叫び声が響く。
 そして、魔獣の目の前には座り込む、紅いドレスの女性がいた。アメリアだ。
「王女殿下!」
 エルバルトは叫び、魔獣の牙を剣で受ける。
「今のうちに逃げてください!」
 アメリアがその場を離れたことを確認すると、エルバルトはその体長が優に3メートルを超える大型の魔獣の首を一閃で落とした。
 ケガ人を神官たちに託し、すぐに人々が避難している先に駆け付け、アレクシスを捜す。
 だが、そこにアレクシスの姿はない。

「エルくん!」
「リシュカさん! アレクシス様は?!」
「それが、ここに来るまでにはぐれてしまって…。ずっと探しているのだけど、見当たらないの」
 リシュカは顔を青くし、震えている。
 エルバルトはすぐにアレクシスと別れた美織の部屋へと走った。
「アレクシス様、アレクシス様!」
 大声で名前を呼びながら探し続けたが、その返事は返ってこない。
 その後も神殿内を探し回ったが、結局見つけることがでなかった。もしかしたら塔に戻っているかもしれないから、というリシュカの言葉に従い塔へと戻ったが、そこにもアレクシスの姿はなく、夜が明けても戻ってくることはなかった。


 翌朝、今にも雨が降り出しそうな暗雲を背に、エルバルトは再び神殿へと急いだ。
「申し訳ありませんが、昨日の事件の調査のため、関係者以外は入れません」
 神殿の門の前に立つ衛兵に止められたのだ。
「俺は昨日の事件の際に神殿内にいた。部外者じゃない!」
「申し訳ありません。神殿に属するもの以外は入れないように言われいます」
 エルバルトは高ぶる感情を抑え、努めて冷静に振舞うが、衛兵は承知しない。
「なら、医官のリシュカさんを呼んでくれ」
「できません。お帰り下さい」
 エルバルトは奥歯を噛み、抑えられない感情が手を剣に誘う。
「エルくん!」
 アーロンと共に神殿の外へと出てきたリシュカに連れられ、ひとまず、神殿の外にある厩舎へと場を移すことになった。
「やっぱり塔にも戻ってないのね…。昨日もあれからずっと、聖女様と一緒にアレクシス様を捜したんだけど、ひどい混乱状態だったから見たという人もいなくて…」
「クソっ」
 エルバルトは近くにあった樹を拳で思いっきり打つ。
 今にも崩れ落ちそうなエルバルトの肩をリシュカは強くつかんだ。
「エルくん、しっかりして! 王都の結界は問題ないことが確認できてるわ。アレクシス様はちゃんと生きてる!」
 だが、たとえ命があったとしても、痛い思いをしているかもしれない、苦しい思いをしているかもしれない。
 どうしてあの時側を離れてしまったのか…津波のような後悔がエルバルトに押し寄せる。
「とにかく、こっちのことは私たちに任せて。何かわかったらすぐに塔に行くわ」


 一人で過ごす塔は静かすぎて、なぜか広く感じる。
 エルバルトはアレクシスのベッドに倒れこみ、自分の無力さとふがいなさに押しつぶされてしまいそうだった。
 俺は結局何もできない…声にならない叫びが涙となって流れ落ちていく。

 その日もアレクシスが塔に戻ってくることはなかった。



 ――体が動かない…。ここはどこだ…?……エルは……。

 暗闇に漂っているような感覚がし、目を開けることも、体を起こすことも、声を出すこともできない。
「さすがの魔塔の主様もこの結界には勝てないようですな」
「おい、近づくな。今アレクシスは浄化中なのだ。あの薄汚い魔力を早く取り除かねば」
「はいはい。魔塔の主様のことはお好きにどうぞ。こちらは勝手にやらせていただきますからね。ただし、逃がさないで下さいよ」
 二人の男たちの声が聞こえる。どこかで聞いたような声だが…思い出せない。
 アレクシスの意識はまた闇の中に沈んでいった。


 翌朝、一睡もできないままアレクシスのベッドで一人夜を明かしたエルバルトの耳に、塔のベルの音が聞こえた。
 急いで階段を駆け下り、ドアを開けると、そこにいたのはリシュカとアーロンだった。
「エルくん、ひどい顔よ…」
 ドアの外にいたのが望む人でなかったために、明らかに落胆の色を見せるエルバルトの顔には疲労の色がにじむ。
 この二日間、全く眠ることができていないのだから当然だろう。
 食事も、アレクシスがどんな状態でいるのかもわからないのに、一人でとる気になどならなかった。
 アレクシスがいなくなってからたった二日で、美しかった碧眼はくぼんで陰り、精悍さをなくしたその顔つきはこの国最強の騎士の見る影もない。
 この国を守る結界が維持されているということはアレクシスの命が脅かされている状況ではない。だが、このままではエルバルトのほうが先に限界が来てしまう…リシュカは焦りを覚えた。

「何かわかったんですか」
「えぇ、少しだけど、違和感を覚えることがあったから、あなたに話しておこう思って」
 この二日間、リシュカは美織を伴って徹底的に神殿内を調べた。
 もし、アレクシスが魔力を使っていれば、その残滓を美織が見つけられるかも知れないと考えたからだ。
 だが、それでもアレクシスの痕跡は一切見つからなかった。
「そもそもなんだけど、アレクシス様を連れ去るって、相当難しいのよ。というか、ほぼ無理。あの人が本気になったらエルくんだって勝てないでしょう? それなのに、何の痕跡もなくいなくなった。その時点でおかしいのよ」
「確かに…でも自分でいなくなるとは思えないし…」
「そうね。だから、もしかしたら連れさられたのではなくて、誰かに付いていったのではないかしら」
「付いていった…?」
「えぇ。誰かについて行って、何かしらの罠にはまった。そう考えるのが一番自然だわ」
 アレクシスは王都フィーレンを覆う結界を一人で維持することができるほどの魔力を持つ、この国の最高位の魔導士だ。
 そんな人を何の抵抗もなしに連れ去ることができる人などこの国にはいない。
 だから、リシュカの考えは一理ある。
 ただ、もしそうだとしても、あのアレクシスが誰かに大人しくついていくことなんてあり得るのだろうか…エルバルトには想像がつかない。
「それに神殿の対応にも違和感があるわ」
 リシュカたちはアレクシスがいなくなってすぐ、神官を束ねる神官長にそのことを報告したという。
 その場では神官長はすぐに捜索隊を組むと言っていたが、二日たった今でもアレクシスを捜しているのはリシュカたちだけなのだ。
 今朝も塔に来る前、もう一度神官長のところへ行ったが、神殿に魔獣が現れた原因の調査に人手が割かれ、適任がいないため、アレクシスのことはリシュカに一任すると言われた。
「とりあえず、結界には問題がないからアレクシス様は大丈夫だと思っているのかもしれないけど、ただの医官である私に捜索を一任するって相当おかしいわ。何か後ろで動いている気がしてならないの」
 アレクシスの失踪には考えていた以上に神殿が関わっているのかもしれない。
 塔の中に沈黙が流れる。

 〈リンリン〉
 再び塔のベルが鳴り、慌ててエルバルトはドアを開ける。
 そこにいたのは、美織とその護衛騎士である、レオンだった。
「うわっひっどい顔してる。イケメンが台無しだわ」
 エルバルトの顔を見た美織は、リシュカと同じような反応をするが、エルバルトはなんとなく腹が立ったので、ドアを閉めた。
「ちょっと!なんで閉めるんですか!」
 入り口ですったもんだしていると、見かねたリシュカが止めに入る。
「ちょっとエルくんやめなさいよ。聖女様はどうしたの?何かわかったのかしら」
 そうだった、美織は聖女だからもしかしてアレクシスの痕跡を見つけたのかもしれない。
 そう思いなおし、エルバルトも今度は素直にドアを開ける。
「アレクシス様の方はまだ…。でも、魔獣の方は思い出したことがあるんです! だから、今から王宮に行きますよ!」
 美織は好奇心の塊であり、そして行動力の塊でもあった。

 さすがに王宮には先触れを出していたようで――実際にはレオン急いでが手をまわしたのだが――通された応接間にはヴィンフリートとアメリアがいた。
 エルバルトを見つけた途端、アメリアはあからさまに表情を明るくし、一直線にエルバルトへ駆け寄った。
「エルバルト! やっと来たのね、待ちくたびれたわ!」
 まるで約束をしていたかのような言葉に、全員が首をかしげる。
「呼ばれた覚えはありません」
 エルバルトはアメリアから距離を取り不快感をあらわにするが、アメリアはきょとんとした顔で扇子を開いた。
「あら、邪魔者がいなくなったから、わたくしのところに来たのでしょう?」
「邪魔者……?」
 エルバルトがにわかに殺気立つ。
「違いますよ、王女様。今日は皆さんにお話ししたいことがあって、私が呼んだんです」
 アメリアを睨みつけるエルバルトを後ろに押しやり、重い空気を跳ね返すように、美織の明るい声が響く。
「アメリア、戻りなさい。聖女様は初めてだね。この国の王太子である、ヴィンフリート・カイ・バルテンだ」
 アメリアも兄であるヴィンフリートの言葉にしぶしぶと元居た場所に戻り、エルバルトもレオンに宥められ、美織の後ろに下がる。
「は、初めまして。高野美織です。急に来てしまってすみません」
「いや、かまわないよ。聖女様ならいつでも大歓迎だ」
 ヴィンフリートは焦る美織の手を取り、その甲にキスをした。
 通常、あいさつでは唇が触れないようにするが、わざわざヴィンフリートは口をつけて見せた。
 それは、美織の後ろに控える、自分と同じ髪の色をした護衛騎士の反応を見るためであったが、ヴィンフリートの思惑は外れ、レオンは涼しいをしている。
 つまらないな…と思ったが、美織の慌てる様子は面白かったので、それで良しとすることにした。
「それで、今日はどのような用件で?」
 ヴィンフリートは、美織とリシュカにソファへ座るよう促し、自身もアメリアと並んで二人の前に座った。
「神官長様にこの間神殿に出た魔獣から出てきた魔石とか言うものを見せてもらいました。というか持ってきちゃったんですけど」
「えぇぇぇぇ!!」
 隣に座るリシュカが飛び上がる。
 今朝、塔に行く前にリシュカが美織と一緒に神官長のもとへ訪れた際、確かに二人で魔石を見せてもらった。
 だが、持って行っていいとは言われていない。
 きっと、神殿では魔石がなくなったと大騒ぎだろう。
 神殿の状況など素知らぬ顔で、美織はコトンッと紫色の水晶のような石をテーブルに置くと、慌てるリシュカを気にも留めず話を続けた。
「私はその人の持っている魔力が見えます」
 美織は神から授かった神力によって、人が持つ魔力を色によって区別することができた。そしてその魔力の色は、その人の瞳の色と同じ色である。
 そう説明すると、他人事のように美織の話を聞いていたアメリアの顔色がさっと変わった。それを横目で見つつ、美織を離しを続ける。
「この石には、二つの色の魔力が残っています。まず黒色の魔力。そして、もう一つは緑色です」
 ヴィンフリートは驚いているように見えるが、アメリアは目線をそらしたまま反応はない。
 美織は正面に向けていた体をアメリアの方に向け、さあ、ここからが正念場、とぐっと拳に力を込めた。
「魔獣が神殿に現れた日、朝から王女様は私に会いに来てくれましたね。その時あれって思ったんです。その前に会った時、王女様はとってもきれいな緑色の光の粒に囲まれていたのに、その日は黒い靄みたいなものがかかってた。この石を持っていたからだったんですね。なぜ王女様が持っていた石が、魔獣から出てきたんですか?」
 アメリアは青い顔をして立ち上がる。
「そんなでたらめ! 私を貶めようとしているのね!誰か、この不届き物を捕らえなさい!」
 しかし、部屋の中にいる騎士たちで動くものは一人もいない。
「お、お兄様…!」
 アメリアは縋るような眼でヴィンフリートを見るが、ヴィンフリートの瞳は冷気を漂わせていた。
「お兄様! この者の言っていることはすべてでたらめですわ!」
 取り乱し、喚き散らすアメリアを横目に、ヴィンフリートは机の上に置かれた魔石を手に取り、小さな声で呪文を唱え始めた。
 石の周りに美しい緑色の粒が広がり、そして消える。

 ――まさか隠ぺいする気…?!

 美織は焦って立ち上がろうとしたが、ヴィンフリートの鋭い目線に怯み、ビクンと体が震えて動かない。
 しかし、美織の焦りをよそに、ヴィンフリートはギロリとアメリアを睨んだ。
「聖女様が言う、黒い方って言うのはわからないけど、確かにこれからはアメリアの魔力を感じる」
「おっお兄様…!違うのです!」
「これをどうやって手に入れた」
「違うのです! 私もあんなことになるとは知らなかったのです! わたくしはただ、これに魔力を込めれば、エルバルトがわたくしの許へ来てくれると、そう言われて…!」
「どういうことだ?」


 アメリアが初めて美織を訪ねた日、偶然アレクシスたちと鉢合わせたのではなく、当然、そこにエルバルトがいることを知ったうえでの行動だった。
 エルバルトは、他人には常に冷ややかで、必要最低限の会話しかしない。
 その態度は、王女であるアメリアを前にしても変わらなかった。
 いつも必要以上に褒めたたえ、媚びへつらう人々に辟易としていたアメリアにとってそれは新鮮で、とても好ましく思えた。
 ところが、その日そこにいたエルバルトは、優しく、愛に満ちた瞳で銀色の髪をした男を見つめていた。
 その瞳は、自分には決して向けられたことのないものだった。
 アメリアはそれを見るまで、エルバルトは王族である自分にただ遠慮しているだけで、護衛騎士になることを拒むのは本心ではないと本気でそう思っていた。
 それはただの自惚れであり、勘違いであることに、その日ようやく気が付いたのだ。
 初めて味わった恥辱は怒りに変わり、王宮に戻った後、自室にあったありとあらゆるものを投げ、壊しまわった。
 そんなとき、そこへ男がやってきて、この魔石を渡されたのだ。
「次に神殿に訪れた時、もし黒の騎士がいたら、これに魔力を込めてみてください。そうすると、邪魔者は消え、黒の騎士はすぐにあなたの許へやってきますよ」
 ただし、屋外で使うように、とだけ言い含められ、その男は去っていた。


「言われた通りにしただけよ! そうしたら、本当にエルバルトは来たわ! 今日だって、わたくしに会いに来たのでしょう?」
 常軌を逸したように叫ぶアメリアに、相対するように冷えた殺気をまとわせたエルバルトは静かに剣に手をかけるが、ヴィンフリートが先に口を開いた。
「アメリア、その石は誰に渡されたんだ」
「そ、それは、神官のオ…………あぁっ!!」
 ところが突然、アメリアが涙を流しながら震え、苦しみ始めた。
 それと同時に突然黒い靄が現れ、アメリアに巻き付いていく。
「なんだこれは?!」
 騒然とする部屋の中、リシュカはアメリアに手をかざして感知魔法をかける。
「こ、これはもしかして魔術…?!」
 魔術とは、魔力のこもった石、つまり魔石を核として、魔法を発動させる術式である。
 魔力の少ない者でも、術式を使えば大きな魔法を使うことが可能だが、そもそも魔石は貴重なものであり、その術式も複雑で難解なものであったため、今ではエクドラル王国に魔術を扱う『魔術師』と呼ばれる者はいないはずだ。
「魔術なら核があるはずだ。わかるか、リシュカ!」
「くっ…わかりません…力が強くて跳ね返されちゃう」
 アメリアの周りには他からの干渉を拒むように、風が渦巻き、靄に巻き付けられているアメリアは苦痛に満ちた悲鳴を上げる。
「どうしたら…」
 何とかアメリアに近づこうとするヴィンフリートとリシュカの前に、小さな影が立ちはだかる。
「こういう時はやっぱり聖女の出番よね!」
 神によってこの国に召喚され、唯一無二の神力を持つ、美織だ。
「ミオリ様! いけません、危険です!!」
「大丈夫ですよ、レオンさん。私は聖女なんですから。ピンチには強いって決まってます」
「何言ってるんですか?! 状況をちゃんと見てください!」
 だが、行動力の塊、美織に制止の声は届かない。
 美織はアメリアに向かって掌を向け、叫んだ。

「黒いのだけ~~吹っ飛べ!!!!」

 その瞬間、あたりは目を開けていられないほど眩い金色の光に包まれ、まるで竜巻のようにアメリアの周囲に巻き上がる。
 その光が消えると同時に、アメリアに巻き付く靄は消え、苦痛に満ちた顔から穏やかな表情に戻り、その場に倒れた。
「ほら、できた!」
 得意げな顔を向けるミオリであったが、息が切れ、足元がふらついている。
 こらえきれず倒れこむのを、レオンが抱き留めた。
「滅茶苦茶するから……本当に肝が冷えましたよ」
「フフフッ。でも、うまくいったでしょう」
 美織は額に汗を滲ませながら、自分を抱えるレオンに向かってVサインをして見せた。
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