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翔の場合 2.
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夏休みになる少し前、うっかり部活中にケガをした。ジャンプの着地に失敗したメンバーを受け止めてやろうとして自分がケガをしたんだからざまぁない。
大したケガじゃなかったけど、夏の大会前だから大事をとれって言われて一週間体育館に入るのも禁止されちゃって。
テストも終わったばっかりだからわざわざ勉強する気にもならないし、明希は学校終わったらすぐ帰っちゃうから、久々に何もやることがなくて。暇つぶしに図書室に行くことにした。
まさか、そこでこれからの俺の人生を一変させる出会いがあるなんてその時は思いもしなかった。
「何読んでるの?」
その時、カウンターに座って本を読んでいた彼に話しかけたのは、いつもの”優しい俺”の一環。たまたまクラスメイトと会ったのに、スルーしたりしたら、みんなの思う『諏訪野 翔』じゃないから。こんなところでも”今の俺”がすっかり身についてしまっっていることに、ちょっと笑える。
その彼、三星くんは高校に入ってからのテスト順位でいつも俺の一つ下にいるし、今は同じクラスだからもちろん名前は知ってる。でも、彼の印象はそれ以上何もなかった。しいて言うなら、教室でいつも本を読んでいるから、本が好きなんだろうなってくらい。
彼への興味は、一年生の時に当時のクラスまでこっそりと見に行った時点で失われていたし。これまで話したこともないから、驚かれるかな? くらいにしか思ってなかった。
それなのに、驚かされたのはこちらの方だった。
俺の声に呼応するようにぱっと向けられた大きな瞳から零れ落ちた一筋の涙に、俺は思わず息をのんだ。
打ち鳴る心臓の音に混乱して、何も言えずに固まっているうちに、彼はうつむくこともなく涙を軽く指でぬぐった。
「何かご用ですか?」
まるで氷でできた剣のように鋭くて冷たい声と俺を睨みつけるその瞳に込められていたのは、明らかに強い嫌悪だった。
「なんかあった?」
思わず漏れたため息に、向かいに座る明希が花のような形をしたレンコンを口に入れながら、俺の顔を覗き込んだ。今日も明希の弁当はうまそうだ。
「眉間にしわが寄ってる」
珍しい、と明希は自分の眉間をトントンとさした。
確かにいつもはあんまり素の感情を表に出さないようにしてるから珍しいのかもしれない。明希の前だとやっぱりちょっと気が緩む。
「なんか悩み事?」
「うーん、悩みっていうか……最近気になる人がいてさ」
「へぇ、俺の知ってる人?」
「うん。あの、いつも窓際で本読んでる……」
視線を三星くんの席ほうに向ける。彼はいつも昼の時間には教室にいないけど、明希はちゃん誰のことを言っているのかわかったようだ。
「えっ、あいつ? なんで??」
驚いた顔をする明希に、俺は図書館での出来事を話した。嫌われてるっぽいことは何となく言えなかったけど。
「それから気になっちゃってさ」
「へぇ……」
明希の戸惑うような反応に、俺は意外だな、と思った。明希なら、「仲良くなれるといいな」とか、俺を励ますような肯定的な反応をすると思ったのに。
「……その、気になるっていうのはどういう……?」
どういうも何も、そのままの意味だけど、と首をかしげながらも少し考えてみる。
あの時、涙を流す三星くんに、確かに俺の心臓は高鳴った。それはまるで、
「一目惚れ……?」
恋に落ちたときの衝撃とはきっとあぁいうことを言うのだろう。
その証拠に、あれから俺は気が付けば三星くんを目で追うようになっていた。
泣いていたのは、読んでいた本のせいかな。白くてなめらかな頬を伝っていく透明な雫がとてもきれいで。
感動の涙かな? それとも悲しい涙? 何を読んでいたんだろう。話してみたいな。
でも、そんな想いも、あの嫌悪のこもった瞳を思い出すとしおしおとしぼんでいく。
本を読むのを邪魔したから? だとしてもあんなにも怒らなくても……。もしかしたら、そもそも嫌われてたのかも。
”今の俺”にだってたまに敵意を向けてくるやつはいる。それは大抵は嫉妬が原因。好きな子が俺のことを好きだといっている、とか言って。
もしかして、三星くんもそういうたぐいなんだろうか。ひたすら本を読んでいるだけの普段の様子からは全然ぴんと来ないけど。
それとも、テストで一位が取れないのは俺がいるせいだって思ってるとか? 中学の時、二位だった子にそんなようなことを言われたことがある。後で八つ当たりだったって謝られたけど。
とかなんとか、一人で原因をぐるぐる考えたところで当然答えなんて見つからない。
俺は三星くんのことを何も知らないのだから。
恋に落ちた瞬間に失恋したも同様の状況に、心の中で自嘲していたら、カランカランと何かが落ちた音がした。
明希を見てみればどうやら箸を落としたらしい。そのまま口を開けて固まっている。
これまた予想外の反応。
「明希?」
俺の声にハッとした明希は、落とした箸を拾うや否や「洗ってくる」と足早に席を立って行った。
そんなに驚くことかな? と思ってしまったけど、そういえばこれまで明希とは恋愛の話なんてしたことはなかった。
俺は容姿のおかげで好意を向けられやすくはあるが、恋愛には発展しない。”観賞用”だから、ガチ恋の対象にはならないんだって。
明希もそういうことには興味なさそうだから、話をふってきたりしないし。
それがいきなり、クラスメイトの男相手に一目惚れ、というのはまぁ驚いても仕方がないか。
「悪い」
戻ってきた明希に、軽く頷きながら箸を進める。何に対しての謝罪だったのかな、なんて思いつつ、もう一度三星くんの席に視線を移す。
一目惚れ、なんていったものの別に付き合いたいというわけではない。ただ、話はしてみたいと思う。
そうしたら、嫌われてる理由くらいはわかるかな。
大したケガじゃなかったけど、夏の大会前だから大事をとれって言われて一週間体育館に入るのも禁止されちゃって。
テストも終わったばっかりだからわざわざ勉強する気にもならないし、明希は学校終わったらすぐ帰っちゃうから、久々に何もやることがなくて。暇つぶしに図書室に行くことにした。
まさか、そこでこれからの俺の人生を一変させる出会いがあるなんてその時は思いもしなかった。
「何読んでるの?」
その時、カウンターに座って本を読んでいた彼に話しかけたのは、いつもの”優しい俺”の一環。たまたまクラスメイトと会ったのに、スルーしたりしたら、みんなの思う『諏訪野 翔』じゃないから。こんなところでも”今の俺”がすっかり身についてしまっっていることに、ちょっと笑える。
その彼、三星くんは高校に入ってからのテスト順位でいつも俺の一つ下にいるし、今は同じクラスだからもちろん名前は知ってる。でも、彼の印象はそれ以上何もなかった。しいて言うなら、教室でいつも本を読んでいるから、本が好きなんだろうなってくらい。
彼への興味は、一年生の時に当時のクラスまでこっそりと見に行った時点で失われていたし。これまで話したこともないから、驚かれるかな? くらいにしか思ってなかった。
それなのに、驚かされたのはこちらの方だった。
俺の声に呼応するようにぱっと向けられた大きな瞳から零れ落ちた一筋の涙に、俺は思わず息をのんだ。
打ち鳴る心臓の音に混乱して、何も言えずに固まっているうちに、彼はうつむくこともなく涙を軽く指でぬぐった。
「何かご用ですか?」
まるで氷でできた剣のように鋭くて冷たい声と俺を睨みつけるその瞳に込められていたのは、明らかに強い嫌悪だった。
「なんかあった?」
思わず漏れたため息に、向かいに座る明希が花のような形をしたレンコンを口に入れながら、俺の顔を覗き込んだ。今日も明希の弁当はうまそうだ。
「眉間にしわが寄ってる」
珍しい、と明希は自分の眉間をトントンとさした。
確かにいつもはあんまり素の感情を表に出さないようにしてるから珍しいのかもしれない。明希の前だとやっぱりちょっと気が緩む。
「なんか悩み事?」
「うーん、悩みっていうか……最近気になる人がいてさ」
「へぇ、俺の知ってる人?」
「うん。あの、いつも窓際で本読んでる……」
視線を三星くんの席ほうに向ける。彼はいつも昼の時間には教室にいないけど、明希はちゃん誰のことを言っているのかわかったようだ。
「えっ、あいつ? なんで??」
驚いた顔をする明希に、俺は図書館での出来事を話した。嫌われてるっぽいことは何となく言えなかったけど。
「それから気になっちゃってさ」
「へぇ……」
明希の戸惑うような反応に、俺は意外だな、と思った。明希なら、「仲良くなれるといいな」とか、俺を励ますような肯定的な反応をすると思ったのに。
「……その、気になるっていうのはどういう……?」
どういうも何も、そのままの意味だけど、と首をかしげながらも少し考えてみる。
あの時、涙を流す三星くんに、確かに俺の心臓は高鳴った。それはまるで、
「一目惚れ……?」
恋に落ちたときの衝撃とはきっとあぁいうことを言うのだろう。
その証拠に、あれから俺は気が付けば三星くんを目で追うようになっていた。
泣いていたのは、読んでいた本のせいかな。白くてなめらかな頬を伝っていく透明な雫がとてもきれいで。
感動の涙かな? それとも悲しい涙? 何を読んでいたんだろう。話してみたいな。
でも、そんな想いも、あの嫌悪のこもった瞳を思い出すとしおしおとしぼんでいく。
本を読むのを邪魔したから? だとしてもあんなにも怒らなくても……。もしかしたら、そもそも嫌われてたのかも。
”今の俺”にだってたまに敵意を向けてくるやつはいる。それは大抵は嫉妬が原因。好きな子が俺のことを好きだといっている、とか言って。
もしかして、三星くんもそういうたぐいなんだろうか。ひたすら本を読んでいるだけの普段の様子からは全然ぴんと来ないけど。
それとも、テストで一位が取れないのは俺がいるせいだって思ってるとか? 中学の時、二位だった子にそんなようなことを言われたことがある。後で八つ当たりだったって謝られたけど。
とかなんとか、一人で原因をぐるぐる考えたところで当然答えなんて見つからない。
俺は三星くんのことを何も知らないのだから。
恋に落ちた瞬間に失恋したも同様の状況に、心の中で自嘲していたら、カランカランと何かが落ちた音がした。
明希を見てみればどうやら箸を落としたらしい。そのまま口を開けて固まっている。
これまた予想外の反応。
「明希?」
俺の声にハッとした明希は、落とした箸を拾うや否や「洗ってくる」と足早に席を立って行った。
そんなに驚くことかな? と思ってしまったけど、そういえばこれまで明希とは恋愛の話なんてしたことはなかった。
俺は容姿のおかげで好意を向けられやすくはあるが、恋愛には発展しない。”観賞用”だから、ガチ恋の対象にはならないんだって。
明希もそういうことには興味なさそうだから、話をふってきたりしないし。
それがいきなり、クラスメイトの男相手に一目惚れ、というのはまぁ驚いても仕方がないか。
「悪い」
戻ってきた明希に、軽く頷きながら箸を進める。何に対しての謝罪だったのかな、なんて思いつつ、もう一度三星くんの席に視線を移す。
一目惚れ、なんていったものの別に付き合いたいというわけではない。ただ、話はしてみたいと思う。
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