俺の友人は。

なつか

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明希の場合 2.

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授業が終わると友人らへの挨拶もそこそこに、俺はダッシュで学校を出た。
照り付ける日差しがまだ夏の面影を残しながらも高く澄んだ青空を背に、汗だくになりながら駆けつけたかいあってゲットした戦利品、おひとり様一つ99円の卵12個パックと198円のトイレットペーパーを抱え、足を乗せるたびに安っぽい音のする白い塗装のはげたアパートの階段を上る。
今時インターホンもない、絵にかいたボロアパートの二階、奥から二部屋目。いつものように鍵が開いたままのドアノブをひねり、乱雑に置かれたスニーカーに眉を顰めながらその隣にそろえて靴を脱いで部屋の中に入る。
玄関を入ってすぐ左側がトイレと風呂で、右は俺の部屋。薄暗い廊下の先にはダイニングキッチンと部屋続きの和室がある。
間取りで言えば2DK? 二人暮らしには十分な広さだ。

自分の部屋を素通りして、ダイニングへと続くドアを開けば、開け放たれた窓からほんの少しだけ涼しい風が吹き混んでくる。
それに息をつく間もなく、テーブルに荷物を置くと、俺はそのまま和室へどしどしと足を進めた。
「明希ちゃんおかえり~」
たくさんの本が積まれた和室の真ん中で寝転がりながら、こちらをちらりとも見ずにいる暢気な声の主に近づき、その頭上に掲げられていた本を取り上げた。
「孝太郎、また鍵開けっぱだったぞ。いつも かけろって言ってるだろ」
「ちょっ、何すんの?! 読んでんだけど!!」
長い前髪をパイナップルのようにゴムで縛り、丸出しになっている孝太郎のデコに取り上げた本の角をごつんとぶつけてやれば、いったー!と大げさに頬を膨らませている。
ため息をつきながら取り上げた本を見れば、案の定だ。


~~~気づけばタカシは突然現れた触手に両手足を縛れていた。何とか逃れようと身をよじるが、抵抗すればするほど触手は食い込んでいく。
「いい格好だな、タカシ」
目の前に立つ黒づくめの男の笑みに呼応するように、さらに数を増した触手はタカシの服の中へと入り込んできた。
「な、なんだよこれ! あんっ!」
触手はぬめりを帯び、まるで舐め回すようにタカシの白い肌の上をずるずると這っていく。その艶めかしい感触にタカシはぶるりと体を震わせた。~~~~


こっちが、なんだよこれ! だわっ!! 
バシンと閉じれば、ぬるぬるした感じの緑色の触手を体に巻き付けられ、涙を浮かべたかわいらしい少年が、怪しげに笑う黒ずくめの男に背後から抱きすくめられた表紙絵に思わず眉をひそめた。
タイトルは……うん、やめよう。
畳の上に積まれた本も似たように男同士が絡み合ったものばかりだが、触手は初めて見たよ、パトラッシュ。
「返してよ! って閉じてるし!!」
「お前、これ、また新しいの借りてきたのか……」
「そうなの!これ今月の新刊でさ~触手は今まであんまり興味ひかれなかったんだけど、一回は読んだ方がいいってのんちゃんに言われたんだよね。前に読んだ悪役令息モノと同じ作家さんなんだけど、それはすごいよくてさ~」
とか何とか早口で語り始めたので、俺はくるりと孝太郎に背を向けた。聞いてよ! とかわめいているが無視だ、無視。聞き始めるととてつもなく長いし、興味もない。

そして、このパイナップル頭の男、孝太郎。
残念ながら、俺の友人である全方位イケメン、諏訪野 翔の想い人である三星 孝太郎と同一人物である。

彼は男同士の恋愛を描いた作品、いわゆるBLを嗜む腐男子なのだ。
つまり、翔が一目ぼれをしたときに涙ながらに読んでいた本も、今日真剣な顔をして読んでいた本もすべてBL。今朝聞いていたのはおそらくBLのドラマCDとかいうやつだ。
ちなみに、例の涙ながらに読んでいたのは、前世で結ばれなかった二人が生まれ変わって再び出会い、恋に落ちる転生ものだったそうだ。孝太郎曰く、涙なしには読めないんだとか。ふーん。

孝太郎がBLにはまったのは小学生の頃。この部屋の右隣に住む自称漫画家のお姉さん、通称のんちゃんからの布教により、どっぷりとその沼に落ちたらしい。それ以来、本やCDを貸してもらう代わりに情報提供をしているとか。どんな情報かは聞いたことはないし、今後聞く気もない。

ここで一つ、誤解をしないでほしい。
俺は孝太郎が腐男子だから翔の恋を応援できないわけではない。個人の趣味は他人がとやかく言うことではないからね。
それに、腐男子だからと言って恋愛対象が男なわけではないという人も多いらしいが、孝太郎はいわゆるバイらしく、むしろ全く問題ではない。

「あっていうかさ、今日も諏訪野、俺のことめっちゃ見てたでしょ?」
しかも孝太郎は翔が自分に好意を抱いていることに気が付いているのだ。
ここまで来たら何ら問題ないように見える二人の仲ではあるのだが、どうしても俺は応援できない。

「あれ、いい加減やめさせてくんない? いつも言ってんじゃん。キラキラ王子様系は好みじゃないんだって。俺はね、ツンデレヤンキーをひいひい言わせたいんだよ!」
知らねぇよ。という気持ちになるが、まぁ好みや性癖も過ぎたものでなければ人がとやかく言うことではない。
孝太郎がおそらくBLで言うところの『攻め』であることは多少問題になるかもしれないが、大きな問題ではないだろう。知らんけど。
では何が問題か。それはもちろん孝太郎本人にある。

「あの嫌味なくらい綺麗な顔をぐちゃぐちゃにするのも楽しいかもしんないけど、何しても『大丈夫だよ(ニコッ)』って言いそうだもんなぁ、あいつ。あー想像しただけでイラっとする」
なにより、まず孝太郎本人が翔のことを好いていない。どころか『嫌い』な部類に入るらしい。本人曰く、翔のやることなすこと癇に障るんだとか。

「この間のテストの結果発表の時だってさ、俺のところにわざわざ『いつもすごいね』なんて言いに来てさ。ほんと嫌味!!」

進学校をうたっているうちの学校は、今時珍しく学期末テストの成績上位五十名が公表される。その中で孝太郎は入学からずっと二位。そして一位はずっと翔だ。
ちなみに、俺は大体、四位か五位。
実はこのテストの順位、俺と孝太郎にとってはとても重要なのだ。

俺と孝太郎は父子家庭。ボロアパートに住んでいるくらいだからお察しの通り貧乏だ。
いろいろあって離婚した父親が俺を連れてこのボロアパートに住み始めた少し後に孝太郎たちが隣に引っ越してきた。それからもいろいろあったけど、貧乏ながらなんとか暮らしている。
ところが、中学卒業を間近に控え、高校進学を考えるようになったころ。このボロアパートから徒歩で通える公立高校がないことが発覚した。
気づくの遅くない? って突っ込みは入れてはいけない。この地域の高校生は電車通学が一般的らしいが、地域とのつながりが薄い父子家庭にそんな情報は入ってこない。
一番近い公立校でも自転車で二時間はかかる。それなら、バイトしながら電車通学をするのが最適か……、と考えていたとき、徒歩圏内にある私立高校に特待生制度があることを中学の教師が調べてきてくれた。
入試で優秀な成績をとれば入学金も免除。おまけに金のかかる制服のない、私服校。入学後も成績上位者は学費や学校運営費など諸々が免除される。さらには、同じ制度のある付属大学への進学も有利ときた。
幸い俺も孝太郎も勉強はできる方だったこともあり、これに飛びついた。
そうして無事に特待生として入学し、成績上位をキープしたまま高校二年生の秋を迎えたところである。
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