ロイレシア戦記:赤の章

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第二十四話

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 剣がぶつかり合う音と肉を引き裂き、甲高い断末魔で囲まれている。
 王城の近衛部隊はあっけなく打ち取られていく。実戦が初めてのような新兵達という事は武器の振り方を見れば一目瞭然だった。
 私が一歩進めば肉体から血しぶきを上げて地面に倒れる。捨て身で私の目の前までたどり着く者も居たが、ヴァンのクレイモアで身体を分断されている。
 これが近衛兵とは情けない。貴族の後継者以外が多く入団すると聞いていたが、これほどとは思わなかった。
 動きやすい様にスカートの丈を膝が隠れる程度の短くした真っ赤なドレスに身を包んで、腰には私のサーベルを携えて、大広間まで進む。
 父上や兄様と姉様達は防衛部隊が大広間を簡易的な要塞として時間稼ぎをしている。
「歯向かうものは全員切り捨てろ!捕虜は要らん!」
血塗れのクレイモアを右手に握りしめて、左手で指さして指示を出しているヴァン。その後ろに私はいる。
 伝令兵によれば、おおよそ8割がたは制圧できたという報告をもらっている。
 順調だ。外部に通じる大門と通路は全て塞いだ。逃げようとする者は容赦しないようにと命令してある。
 そうして、大広間の大扉の前に到着した。数名の兵士達はこじ開けようとしているようだった。
「どいてください。私が開けます」
そう言うと皆が大扉から距離を取る。大扉は焦げ茶色の木材を主に使用して鉄で補強してある程度。手で触れると年季を感じられるほど焦げ茶色の木材は硬くなって、鉄は所々錆と釘が打ち直してあるのが見える。
 この程度であれば、燃やし尽くせる。
 そう確信すると手に力を込める。そうすると煙を上げたのちに木材に赤い筋が走り炎が舞い上がり、鉄は黒くなり床に落ちると細かい小さな破片になって砕けた。
 炎が天井まで上がると私は数歩下がって、大扉が砕けるように壊れて行った。ヴァンの方に視線を送ると彼を頷いてから中へと先に兵士達が入る。
 私が最後に入ると中には10名ほどの衛兵と父上達が一番奥に椅子を用意されて座っていた。
「ヴァイオレット!貴様、この反乱が許されると思っているのか!?」
そして、真っ先に声を発したのはレイウス兄様だった。
 私の兵士達が剣の切っ先を衛兵達に向けた。私も含めて8名だが練度から考えて、あっという間に制圧できるだろう。
「私は王になる事を目的に戦ってきましたが、私の弁解もまともに聞かずに王位継承権は剥奪されました」
レイウス兄様を睨みつけると思いっきり怒りを噛み締めた感情を私に向けている。
 冷ややかな視線で見ていると、エルロイ兄様が剣を抜いてから私に向けて衛兵達に命令した。
「奴らを殺せ。王家と国家に対する反逆者だ。遠慮はいらん!」
衛兵達は視線を交わすと、衛兵隊長が号令を出す。
 私達に向けて駆けだしたが、あっという間に終わった。
 私の兵士に首を切り落とされる者、胸の真ん中を貫かれる者様々で怒りと決心の表情のままで床に倒れていく。石造りの床はあっという間に鮮血で染まる。
「力量さも考えずに情で兵士に命令を出すなんて、この者達は本当に報われませんね。エルロイ兄様は王族としてふさわしくない!」
剣に付着した血を払い落している兵士達の前に出て、驚きの表情を浮かべているエルロイ兄様へと言葉を投げかける。
 その言葉に表情は怒りを浮かべたエルロイ兄様は剣を力強く握りしめて、私の方へと全力で走って向かう。私を上から叩き切るつもりで剣を振り上げている。
「姫様!お下がりください!」
ヴァンがクレイモアを再び構えて、私に声をかけたが左手で手出し無用と指示する。
 私はサーベルを抜いた。切っ先を床に向けて、体は自然体で力を抜いてリラックスする為に息を深く吸い込む。そして、眼から光を消して冷たい視線を向ける。
 剣術の基本を忘れてしまったのだろうか。ただ、私を頭から叩き切るという行動だけで、どうぞ殺してくださいと言わんばかりの動きだ。
 両手で剣を頭の上まで振り上げて、真っ直ぐに振り下ろす。
 剣は重い。一度、攻撃に移れば途中で止める事は難しい。
 一方、私のサーベルは細くて致命傷を与えるには技術が必要だ。その分だけ、攻撃は素早い。
 振り下ろす瞬間に私は姿勢を低くして、大きく踏み出す。
 握るサーベルに力を込めて、一気に振り上げる。
 肉を裂いて、骨を断つ感触が手に伝わった。
 地面に倒れこむエルロイ兄様とすれ違うように横を抜けた。
 剣が握られたままの両手が床に転がり、痛みと起きた事が理解できないといった表情を浮かべている。
「ヴァイオレットっ!貴様ぁああああ!」
憎しみを浮かべた表情を私に向ける。
 ああ、もう醜い。これ以上は見ていられない。
 切り落としたサーベルを再び力強く握り、喉を突き刺して、怒りの表情を浮かべたまま命の光が消えた。
「大人しくして頂ければ、痛みなく殺してあげますのに」
血生臭い大広間に静寂が訪れる。うんざりするかのように小さく溜息をした。
 ヴァン達は剣を抜いたまま、私が行う様子を黙って見ている。大広間の端の方に移動していたのは邪魔にならないようにという配慮だろう。
 次に視線を移したのはレイウス兄様だった。
 エルロイ兄様の様に感情を顔に出さず、冷たい表情。身を守ってくれる衛兵は全て居なくなった。次の一手をどうするべきかを考えているのだろう。
 確かに次期国王に支持される理由はわかる。どんな時も冷静で最善の一手を打ってくる。私はそれを行わせるわけにはいかない。
 私が側へ近づくと、レイウス兄様は距離を取ろうと一歩下がる。
「逃げないで頂ければ、嬉しいのですが」
そして、更に一歩進む。
 何処からか取り出したナイフを私に向けて伸ばした。腕を真っ直ぐ伸ばして、私の心臓の位置へと最短距離で突き刺そうとする。
 私が予想できない事を仕掛けて来るかと思っていたが、不意打ちとはがっかりだ。
 サーベルをナイフを持った右腕へと振り下ろした。
 腕全体ががずり落ちるように床に落ちる。左手で傷口を押さえつけていた。
「ヴァイオレット。お前は何をしているのかわかっているのか?」
相当な激痛なはずなのに、冷たい表情を続けている。
 レイウス兄様が居なければ私が王座に付くことが出来たはずなのに!私を陥れた事は許せない!
 サーベルを振って、今度は両膝の上を切り裂いた。
 丁度、脚の筋肉と腱が集まっている。そこを切れば治療しなければ歩くことは出来ない。
 両ひざを床に付けて、私の前に跪いているような姿だ。
「くっ!あいつが!あの者がしくじらなければ!」
レイウス兄様の口から出た言葉は後悔だ。
 そのままにしておいても出血多量で力尽きるだろう。けれど、それでは私の気が済まない。
「私に謝罪をして頂けませんか?今すぐに楽にしてあげます」
サーベルの切っ先を喉元へと向ける。切っ先が喉の皮膚にほんの少しだけ突き刺さり、赤い筋が垂れる。
 彼の謝罪の言葉はプライドを全て折ってしまうという事。
 レイウス兄様の口は開くどころか歯をきつく閉じて食いしばっている。
「貴様は許せない。王族の血は純潔でなければならない!妾から生まれた貴様はあの時に死ねば良かった!」
その言葉がレイウス兄様の最後の言葉だった。私はレイウス兄様の顔色が青くなり、糸が切れた人形のように床に倒れると体が僅かに痙攣して動かなくなった。
 次にサーベルを向けたのはイネヴァ姉様だ。
「今度は私の番なのね?ヴァイオレット」
小さな椅子に座って、これから死ぬというのに何処か堂々としている。
 姉として母上の代わりのような存在だった。どこか冷たく、どこか暖かい言葉で私を成長させてくれた。
 けれど、私と同じ血が流れる存在が居るという事は、いつか私を討伐するための旗頭に持ち上げられる。それは本人の意思とは関係なく。
「イネヴァ姉様には色々世話してもらいました。けれど、今日が別れの日です」
2人の兄様の様に抵抗する様子は無かった。そうですかと呟いて目を閉じて、死を受け入れた表情になった。
 サーベルを持ち上げて胸に突き刺して心臓を切り裂く。背中までサーベルが突き出るとそのまま引き抜いた。
 胸から赤い血が吹き出て、床に倒れこむ。
 2人の兄様からは残酷さをイネヴァ姉様からは優しさを教えてもらった。
 次は父上だ。顔に浴びた血をそのままにサーベルに付いた血を振り落とす。
「ヴァイオレットよ。お前も俺と同じ道を進むのだな」
光をほとんど失っている眼で私を見つめた。大体の位置しかわからないというのに。
 この国をずっと率いてきた。しかし、私の母上は隔離されて殺された。
「私は父上とは違います。王になるのは私です」
そして、首を切り落とした。父上達を切り裂いたサーベルから血が床に滴る。
 私の表情はとても酷いものになっているだろう。後は遠征で国を離れているルイ兄様だけだ。時期に帰ってくるだろう、その時が決着の時だ。
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