ロイレシア戦記:赤の章

方正

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第二十二話

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「もう一杯、紅茶を頂けますか?」
朝食を済ませたばかりで、皿を片づけている使用人に言った。はいとだけ言って、一杯目とは少しだけ冷めた紅茶が注がれる。ティーカップに触れると暖かいが湯気が立つほどの温度ではなかった。
 片手で手に取って、ストレートのままゆっくりと飲む。
 いつもの朝のルーティンだ。朝食後は仕事か鍛錬を行いたいが、今日は各貴族に対する報奨を与える式を昼前から行う予定だ。
 鍛錬も仕事もやるなら明日から。
 二杯目の紅茶も空にすると、使用人に渡して片づけて貰う。そして、朝食で使った食器を全部片づけた使用人と入れ替わる様にヴァンが入ってくる。
「おはようございます。姫様」
「おはようございます。ヴァン、今日の予定は?」
いつも通りのやり取りをして、ヴァンからの返事を待つ。
 真っ白な鎧に身を包み、クレイモアを背負い、腰にはショートソードを携えている。私の日常が戻ってきたように感じた。
「本日は報奨を与える式典が昼前から行い、終わった後は戦後処理についての会合がございます。それ以外はございません」
そうですかと呟いて席から立ち上がる。部屋の姿見で着ているドレスと髪型を整えて、母上の形見であるレットベリルのネックレスを首からぶら下げた。
 部屋からヴァンと共に出ると式典が行われる大広間へと向かった。
 戦いに参加した貴族達はまだ大広間へと入っている最中だった。父上と兄様と姉様、四人は既に席に着いている。私の椅子が置かれている一番端の方へと進み座る。隣にはイネヴァ姉様が座っていた。
 椅子の後ろにはそれぞれの騎士が立っている。私の後ろにはヴァンが背負っていたクレイモアの柄を握り、石突を床に当てていた。
 全員が大広間に入ると使用人が号令を発した。
「これより、授与式を執り行う!名を呼ばれたものはマクバーン様の元へお越しください!」
一人一人が名を呼ばれると父上の前で跪いて、戦果とそれに見合った報奨を与えられる。報奨は金銭や勲章、階位が上に繰り上がったりなど様々だった。
 フィオが呼ばれて父上の前で跪く。
 今回の戦果と報奨が読み上げられた。立った戦果はやはり、敵の師団の撃滅とオズワルド将軍との一騎打ちで勝利した事だろう。
 父上にフィオが肩を軽く叩くと立ち上がる。私の方を見て視線が重なると微笑んだ。
 この式典が終わり次第、再び会える日は当分先になるだろう。同じように戦える日々があるのだろうか。
 昨日の様に星空の下で共に食事をした事はきっといい思い出になる。
「これより、ヴァイオレット指揮下の評価を行う!」
全員の報奨が終わり、今度は私の番だ。使用人に名前を呼ばれて席から立ち上がる。
 私と同時にレイウス兄様が立ち上がり、皆に確実に聞こえる声で言葉を発した。
「お待ちください。父上様。ヴァイオレットが起こした軍規違反について報告があります」
皆が視線をレイウス兄様に釘付けになり、大広間は静まり返った。
 昨日の宴の段階で不在だったことを気にはしていたが、やはり調べさせて置くべきだっただろうか。今更、後悔しても遅い。
 なにか、対策を練らなければ。
レイウス兄様が三回、手を叩いて鳴らすと大広間の大扉から一人の兵士が一人の少年を連れてくる。
 兵士は第三師団のレイウス様指揮下で、少年は見るからに農民の子だろう。体を小さくして周囲を目だけで見て、おびえている様に見える。
「少年。名前は?」
レイウス兄様が少年の元に近づくと膝と腰を折って、視線の高さを同じにした。
 私が聞いた事ない優しい声で語り掛けている。
「マルコ・グローリーです。レイウス様」
少年は自分の名前を名乗る。皆が視線を少年に向けていたが、私は開きっぱなしの大広間の大扉で立っているフードを深く被った男に視線を向けた。
 男はフードの先端を指で摘まむと、後頭部へと降ろす。
 私が諜報員で連絡係として使っていたカエル顔の男だった。私の視線に気が付くと歯を見せて憎たらしい笑顔を私に向けた。
 諜報員は国益を何よりも優先して動く兵士だ。まさか、レイウス兄様と繋がっていたとは思わなかった。
 今すぐにその首を私のサーベルで刎ねてしまいたい。
「マルコ。いいかい?ここで嘘を着いたら、どんな人であれ処刑される。素直に全部話すんだ、いいね?」
ここでは虚偽の話は出来ない。仕来りでありルールだ。
 戦いの最中で物資の補給を得るために、いくつかの村を襲い敵国の負傷兵を殺害し、匿ったとして村人は全員処刑したはずだった。まさか、生き残りが居るとは夢にも思わなかった。
「まずは、君の村で何が起きたか詳しく聞かせてくれ」
少年は不安そうな表情を浮かべてから、ゆっくりと話し出した。
「大人達が一斉に村の人達と父と母を殺しに来ました。負傷した兵隊さん達もまとめてです」
私が思考を回転させている間にも話が進んでいく。
 見方を変えれば一般市民を虐殺したという風にも解釈できる。拳を作ってきつく握りしめて、口の中が切れてしまうのではないかと思うほど歯を嚙み締めた。
「辛い事を思い出して、勇気を出して話してくれてありがとう」
少年の肩を軽く叩いて、レイウス兄様は立ち上がり父上の方へと視線を移す。皆が様々な憶測を小声で交わしている。少年の言葉を信用する人や否定する人様々だ。
「この少年は督戦隊が保護しました。そして、ヴァイオレットに質問がある。丁度、陣内に居なかったという報告を受けているが何処に言っていたのか教えてくれないか?」
レイウス兄様を聞いて、私に視線が映る。
 何を答えるべきだろうか。督戦隊
 噓の証言にならず、この場を乗り切る方法は何かないだろうか。
 口から発する前に思考を巡らせるが答えを出す事は出来なかった。
「マルコよ、後で詳しく話を聞かせてくれ。一旦、この度の式はここまでとする。ヴァイオレットについての追及や調査は後ほど行わせて頂こう」
 父上がこの大広間の沈黙を破るようにそう言った。
 少年は共に来た兵士と共に大広間を出て行った。
 そして、父上が合図を送った兵士二人に挟まれて、私は立ち上がると大広間の外へと連れ出される。
 ヴァンが私に必死に声をかけていたが、なんて言っていたのか全く頭に入らなかった。イネヴァ姉様に制されている様子だけが見えていた。
 自身はなんて無力なのかという表情を浮かべて。
「ごめんなさい。母上」
小さく呟いて、連れてこられたのは私の部屋ではなく、庭園の端にある小さい離宮だった。この離宮は子供の頃に母上が良く本を読み聞かせて貰っていたところだ。
 扉を開けると壁には本棚があり隙間なくぎっしりと本が詰められている。そして、4枚ガラスの大窓。天井には部屋を照らすためのランプがぶら下げられていた。床には小さいテーブルと椅子に一人サイズの真っ白なベット。
 母上が亡くなってからはここは仕置き部屋として、利用されていた。調査が終わるまでここで私は隔離される。中に入るようにと兵士から言われて、深く頷いて中へと入る。
 扉を閉められて、外から鍵を掛けられる音がした。
 着替えや食事は使用人が訪れた際に行うという。
「ヴァン……」
ベットに腰を落として、すぐさま横になる。
 今は何も考えたくないというのに、ヴァンが助けに来てくれるのではないかと期待してしまう。
 夏だというのにひんやりと冷えている部屋の中。チリチリとランプがオイルを燃やす音と私の息を音だけが聞こえる。
 レイウス兄様はそこまでして、私を王位に付かせたくない理由は何だろうか。やはり、腹違いの兄妹が許せないのだろうか。それとも、私の母上は平民だからだろうか。
 一度瞬きをして、思考を巡らせた。
 何よりも許せなかったのはあのカエル顔の諜報員だ。私を裏切った。
 シーツを掴んできつく握りしめる。
 自然と涙が零れて、シーツの色を変えて水玉がいくつも出来ていく。
「戦いに勝利するために必要な犠牲でした。それなのに!」
胸が張り裂けてしまいそうな感情に溺れていく。
 また、もう一人の私が語り掛ける。
ーーー私の邪魔をするのであれば、殺してしまえばいいではありませんか?
 今までの様に言葉だけではなかった。冷たい笑みを浮かべて、私の頬に冷たい手が触れる。
 頬に当たった手に重ねる様に手を当てた。しばらくの間、重ねているといつの間にか、冷たい手の感触は消えた。
 いや、私の中に戻ってきたのだった。
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