ロイレシア戦記:赤の章

方正

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第十八話

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 城門の一つを制圧するのは容易かった。
 不意を突いたという事で相手が動揺していたという面もあるだろう。
 城門の守備部隊と制圧部隊の二手に分かれて、次々に行動を始めていた。
 いくら優秀な兵士が多くても、いくら要塞が強力でも使いこなせる人物が居なければ役に立たない。
 城門前に広がる敵兵の死体達。
 私の部隊が殺した。けれど、無能な上官に殺されたとも言える。
「姫様。要塞内部の鎮圧を始める準備が整いました」
束ねた赤い髪が揺れる。顔の前で揺れていた前髪を右手で払いのけた。
 ヴァンと十名の兵士たちが私に向かって跪いて、深く頭を下げる。
 彼らの服には血の跡が着いていた。赤黒い塗料で服を染めたのだろうかと思うぐらいに。
「これから、要塞内の敵兵の討伐と要塞の城主であるマクシミリアン将軍の捕縛、殺害行う事が目標です。作戦を開始しますが、よろしいですか?」
彼らは頷くとたくましい声で了承の返事をくれた。全員が私を信頼して国の為に戦ってくれている。
 彼らを導くために旗を持って先頭を進むだけだ。
 場内に入る大きな門を兵士たちが開いてくれた。場内はオレンジ色のレンガ造りで所々に彫刻が施された柱や、壁に大きな人物や風景の油絵が掛けられている。灰の色をした石造りの床。白い天井につるされたシャンデリア。
 奥には、真っ直ぐと伸びた階段があった。階段の先は何も見えない。
 要塞というよりは城だ。戦うための城ではなく、宴や客人を招く為の城に思えた。
 広場には私たちの侵入を想定した簡単な防御陣形として上へと昇る階段で横一列に並んでいる。盾と短剣を持った鎧をしっかりと着込んだ兵士が前衛で長剣を両手でしっかりと握りしめた軽装備の兵士が後ろだ。
 敵兵の数は大体私達の倍ぐらいだろう。
「投降するなら命は取りません!敵対するのであれば容赦は致しません!」
私の後ろから兵士たちが入り、整列したのちヴァンの掛け声とともに武器を抜いた。
 時が止まったかのように空気が張り詰める。
 私が問いかけた声を聴いても、盾も剣も捨てて投稿する者は誰一人も居なかった。
 睨み合いが続くが緊張を解いたのは相手からだ。一人が私に向けて雄叫びを上げて走り出す。
「貴様さえいなければ、こんな事には!!!」
私達の圧に対して耐えきれなかったようだ。白く光る長剣の切っ先に対して私はサーベルを抜かずにただただ傍観する。
 殺そうとしている彼は私と同じぐらいの年齢だろう。綺麗な軍服を身にまとって、長剣は新品同然で綺麗だ。
 代わりにヴァンが動いてくれた。素早く私の前に出るとその分厚いクレイモアを振り下ろす。
 長剣は二つに折れて、細かい破片が宙を舞う。そして、右肩から左腰にかけて二つに切り離された。
 綺麗に磨かれた灰色の床に赤い液が床に広がる。
 これを見せられると敵が次に取る行動は二つ、次に殺されるのは自分だと思って逃げ出すか味方の死を糧にして戦いを決意するか。
 彼らがとった行動は後者だった。
 一人が声を出して元の陣形に戻る様に指示しているがもう遅い。火が付いた油の様に一気に燃え上がる。
 人の心を動かすのは容易い。心理を徹底的に追い詰めれば簡単に操れる。
 敵味方入り乱れる戦場が出来上がる。
 敵兵士の雄叫びは次第に断末魔へと変わる。
 武器と武器がぶつかり合う音。鎧が砕ける音。肉を裂いて骨ごと断ち切る音。
 血に塗れる彼らの瞳は虚空だ。
 あっという間に敵兵の死体だらけになった。
 赤い塗料で灰色の床が染まる。
 敵は誰も動かない。誰一人立ち上がって武器を再び握りしめる者はいない。
 この惨状を見れば同じぐらいの歳の女の子はどう思うだろうか。
 敵兵を倒して勝利に喜ぶだろうか?それとも残酷だと嘆くだろうか?
「ここからは二手に分かれましょう。半分は下の階層から制圧してください。もう半分は私と共に上階を目指して進みましょう」
人選はヴァンに任せた。私とヴァンと共に上へと昇るグループと下層から制圧するグループの二手に分かれる。
 私が頷くと彼らは横の通路へと姿を消した。残った私たちは上の階層に向かって歩みを進める。
 ヴァンと彼らは駆け上がると上で待ち構えていた敵兵士たちと刃を交えた。
 一回目の攻撃は防げても二回目、三回目では対応できずに切り殺されてしまう。
 やはり練度が低い。場内ではそれなりの手練れが出てくると思っていたが、訓練を終えた新兵ばかりに感じる。
 国の為に戦いたいという情熱で志願したのか。名声を求めて兵士になったのか。
 私の足元に転がる死体となった彼を見ると哀れに感じた。
 生き残る事は自身の存在意義にならないのだろうか。
「姫様!」
ヴァン達の攻撃をすり抜けた一人が私に向かってくる。
 彼も同じだろう。信念を元にして武器を手に取って戦う事を選んだ一人だ。
 彼には礼儀を持って私が止めを刺してあげよう。
 殺される覚悟が無い者が人を殺してはいけない様に。
 サーベルを抜くと長剣を握りしめている両手首を切り落として、肩を掴むと心臓を突き刺した。
 私に体重を預けられると、だらりと腕を下垂れる。サーベルで開けられた胸の穴からは血が垂れ流れていた。
 左腕で払いのけると、血痕を残して階段を転げ落ちていく。
「大丈夫です。先に進んでください」
彼らが進んだ後を私が進む。今にももう一度動き出しそうな死体が階段に転がっている。
 彼らの血に濡れた階段を一つずつ踏みしめて上り続けた。粘り気のある赤い液で濡れた階段を。
 サーベルに着いた血を振り払って鞘に納めてから、階段を上り終えると両開きの扉があった。
 階段の下から足音がする。振り向いてみると敵兵士の増援だった。
「ヴァンと私が中に入ります。任せましたよ?」
三名の兵士達の横をすり抜けてから、扉を開く。
 小さく、頑張ってくださいと呟いた。
 扉を開いた先はまるで玉座の様な部屋だった。大理石の床に綺麗に磨かれた白い柱と壁。
 天井には女性や風景などを様々な色のガラスを使って表現してあるステンドグラスが施されている。
 ここからすべての方角が見える。外は丸見えだ。
 この部屋の一番奥には大きな椅子があり、そこに一人座っている。
 白髪と白く長く伸びた髭。明らかに肥満体型で顎と首の境目が見えないほど太っている。
 彼がここの管理と統治を任せられているマクシミリアンだ。
 そして、彼を守る様にして数名の兵士たちが長剣を抜いていた。
「お久しぶりです。マクシミリアン将軍」
束ねていた赤い髪の付けていた髪留めを解くと、首を左右に軽く振った。
 軽くお辞儀をすると彼に対して微笑む。彼の表情は怒りに燃えている。
 自堕落な生活を送っていると密偵達から聞いてたが、彼と部屋の様子を見れば明らかだろう。
 豪勢な生活を送り、統治者という身分を使って好き勝手に生きている。
「ヴァイオレット……ヴァイオレット・エヴァン・イシュタール!何をしておる!打ち取らんか!」
マクシミリアンの掛け声に反応した兵士たちが、私達との距離を詰める。
「ヴァン?お願いします」
ヴァンに視線を送って、声を掛けるとクレイモアを再び握りしめた。
 私は半歩後ろに下がるとサーベルの柄に左手を載せる。彼に任せれば私が戦うまでもないだろう。
「来い……!」
一人目は、体の上半分が宙を舞った。残りの四人は走って距離を詰めるのを止めた。
 二人目は、頭を割られ両膝を着いて横たわる。三人目は、首が飛んで床を転がる。
 残りの二人は武器を捨てるところだったが、もう遅い。ヴァンのクレイモアは戦場の洗礼を容赦なく与えた。
 四人目は左腕を飛ばされ、五人目は顔をクレイモアの切っ先で貫いた。
 残ったのは静寂だ。ヴァンは静かに息を吹き出すと顔についていた血を手で拭き取る。
「投降するなら、命までは取りませんがいかがなさいますか?」
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