ロイレシア戦記:赤の章

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第十五話

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 私に跪いた彼。今すぐにでも休ませてあげたいところ。
「ヴァン。そろそろ、時間ですから馬の操縦をお任せしますがよろしいでしょうか」
彼は頷くと馬に乗り込むと私に手を差し伸ばして、その手を握って後ろへと乗り込む。
 同じ馬に二人で乗るのは何時ぶりだろう。
 今はそれを考えている場合ではない。
「フィオ!時間がありません!乗ってください!」
彼女たちに声を掛ける。このままでは私が立てた作戦で自ら焼かれてしまう。
 敵将軍の一人は討ち取った。後は全力でここから麓へと駆けるだけ。
 フィオ達に声を掛けると彼らはもう一匹の馬に乗り込んだ。
 彼女たちの先を走る。
 ヴァンの腰を左手で掴み、右手は後ろに回して馬の動きに振り落とされない様にバランスを取る。
 ガルバード要塞の統治者であるマクシミリアンは貴族出身の将軍と聞いている。
 かつて能力も有能だったと。一度、帝国側との交渉することになった際に見たことがあったが、堕落してしまっているように感じた。
 地位も名誉もあれば、隙にできてしまう。権力の毒に侵されてしまったと考えていい。
 それに、彼の部下であるオズワルドも気になる所。
 隣国の敵将を一騎打ちやら、戦術やらで討ち取り自身の腕だけで成り上がったという話を聞いている。
 視線を後ろに向ける。私達を見下すようにそびえ立つ大要塞。
 この大要塞は幾重にも重ねられた煉瓦と鉄の壁。
 攻城兵器として投石器や大砲を使う事になるわけだが、横に広がり高く積み上げられ、所々にはバリスタや砲台を設置してある。
 城壁の防衛施設で敵の攻撃を弾き、弱ったところを一気に叩く。
 私が軍師ならそうする。だからこそ、その上を行く一手を考えなければ。
 暫くして森が開けてくる。目の前は自軍の陣営だ。
 兵士達のどよめく声を無視して、陣営に入り込んで馬から飛び降りる。
「第二段階は成功しました!投擲を始めなさい!」
私は大声で叫んだ。声に反応した分隊長がラッパを鳴らす。
 火球が音を立てて、森へと打ち込まれ、あっという間に燃え広がった。
 次は防衛部隊への指示。
「用意した弾はありったけ打ち込みなさい!防衛部隊は逃れて出てきた敵兵に警戒してください!」
私の声を聴いた分隊長クラスの兵士達が部下達へ指示を出して、伝令兵へと別の部隊への指示を出していた。
 フィオの方を見ると先に降りていた兵士達と合流して、話をしている。
 後から話す機会はいくらでもあるだろう。今は現状への対応が先。
 私は真っ先にサマル軍師の元へと向かう。
 私達が戻ってきた事により、陣営内は慌ただしく人が行き来していた。
 前線への武器や食料の補給へ向かう台車や後方で待機していた兵士達。
 それとは逆に後方へと負傷した兵士の治療を行うために運ばれる者もいた。
 私とヴァンはそれらを合間を縫うように進む。
「サマル殿。状況の報告を」
「これはヴァイオレット様。ご無事で安心しました」
私に向かって緑の長いローブを着こんで特徴的な白く長い髭は前に出していた。
「状況はご覧の通り、投石器を使用して森を焼き払う事ができております。それと両翼の敵兵の撃退を完了できたとの事ですが……」
私は彼を睨みつけた。言いにくい事があるのだろう。
 きちんと伝えてもらわなければ、私としては知らなかったという事は許されない。
 しばらく睨み合いを続くと彼は話し出した。
「左翼の損害が大きく、連れてきた兵士や傭兵を半数近く失ったとの事でした」
「そうですか……」
軍隊の再編成がまた必要。これは戦い、損害は覚悟していたがしょうがない。
 ここからは中央も両翼も見渡せる。全体から声や武器がぶつかり合う音やマスケット銃を使用する音が聞こえた。
 フィオが言っていた言葉を思い出す。仕留めるのであれば一撃でなければならない。
「私からもいくつか報告があります、お時間をよろしいでしょうか?」
サマル軍師は近くの護衛兵に手招きをして、耳打ちをした。
 今後の指示を伝えているのだろう。
「お待たせしました。テントの中がよろしいでしょう」
テント入口の垂れ布を開いてくれた。私が中に入るとヴァンは一礼をして反対側を向く。
 中は蝋燭でぼんやりと明るい。昼間に入った時と比べて全く別の空間に感じた。
 話が終わるまで護衛を行ってくれるのだろう。
「ヴァイオレット様が森の中へ駆けて行ったことでしょうか?」
椅子を引いて、座るように手で催促してくれた。
 私が椅子に座るとティーカップを二つ用意して火に当てていた小さい釜土からお湯を組み上げて、ティーポッドへ入れると砂時計を逆さまに回した。
 紅茶かハーブティーか。数分すれば出来上がるだろう。
「申し訳ありませんが、茶菓子はございません」
笑みを浮かべてで私に言う。
「構いません。今は戦地ですから贅沢は言ってられませんから」
そうですかと言って、しばらく沈黙が続いた。
 砂時計の中身がすべて落ち切ると、透き通った薄緑色をした液がティーカップを満たしていく。
 匂いからして、ハーブが入っているのだろう。
 私の前に一つ、向かい側の席に一つ置いた。
「これは商売目的で訪れた商人から購入したものです」
一口だけ啜って飲み込んだ。王城で飲むものと比べれば質が良くないが悪くはない。
「久しぶりにお茶を楽しめそうです。……本題に入りましょう」
サマル軍師も一口だけ啜ると、テーブルに置いた。
「バンディット・キース将軍を討ち取りました」
彼はその言葉を聞くと大きく目を開いた。再び、ティーカップを口に運んでハーブティーを飲み込む。
 自身の指と指を絡めて、腕をテーブルの上に乗せる。
「それは驚きました。あのお方に数々の騎士や軍人を討ち取られておりましたから。討ち取ったのはヴァン殿ですか?」
私は横に首を振る。脳裏に思い浮かんだのはフィオの騎士のクロウだ。
 騎士団の正規兵が学ぶ剣術でも地方兵が学ぶ剣術でもない。
 相手の攻撃を受け流し、速さで相手の先手を取る技術。
「フィオラ・ライト・イエルハートの騎士であるクロウも共に討ち取りました」
その言葉を聞くと声を出して笑い出す。
 白く長い髭を撫でながら、笑った表情を抑える。
「いやいや、怪物を狩ることができるそのような者がまだこの国にいるとは思いませんでした。それだけでしょうか?」
英雄級の敵将軍が討ち取られたという事。その場には敵国内でも名が知れているイエルハート家が居た事。
 サマル軍師と考える事は全く同じだろう。
 敵陣営の内部をかき乱す。戦場に嵐を起こす。
 相手の注目を集める
「イエルハート殿を利用する気ですか?」
一度目を閉じた。私の目的はこの戦いに勝利して女王となる事。
 フィオは私の為に戦場に出てくれた。
 ヴァンは私に忠誠を尽くすために戦ってくれている。
「その通りです。フィオラは次の戦いできっと鍵になってくれるはずです」
そう言うと小さく息を吐く。次は何をすればいいのかが重要。
 私が依頼した彼らもそろそろ戻ってくるはずだ。
 それでこちらには手札がすべて揃う。
「ヴァイオレット様。軍を指揮する者の一人としては無謀な作戦は容認いたしかねます」
彼のいう事ははっきりと理解できる。勝利したのにすべてを失っては意味がない。
「姫様。かの者が返ってまいりました」
ヴァンが垂れ布を開ける。その後ろには例の三人の影が見えた。
 これでいい。これで後は実行するだけ。
「サマル殿。これで勝利の要はすべて揃いました」
私は微笑みながら残りのハーブティーを飲み干した。
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